8「綺麗な町の最北端にあるもの」
「〝強そうな才能を持っている女の子を見付けた〟って事よね? ディクセア王女みたいに、魔法使いの子?」
「いや、そういう意味での〝強い〟じゃない。〝冒険者としての強み〟を持っているという意味だ。これは、回復魔法と治癒魔法の匂い――〝僧侶〟だな」
「パンツの匂いでそこまで分かるのね。すごく便利だけど、悍ましい能力ね、それ……」
アンがげんなりとした表情を浮かべると、「こっちだ」と、ティーパは先導し始めた。
※―※―※
帝都キンティスの美しい街並みを見ながら、ティーパたちは、町の北部に向かって歩いて行く。
帝都キンティスは、年輪のように、〝三重の円〟によって、建物の種類が違っている。
一番内側の円――王城がある中央の巨大湖に近い場所――は、貴族たちの荘厳な住宅があり、二番目の円は、商店街が立ち並ぶ。
そして、一番外側にある三番目の円は、一般市民の住宅街となっている。
中央から延びている八本の運河に掛かっている橋を渡って行くティーパとアンが抱いた感想は――
「ゴミが、一つも落ちていないわ……」
――常軌を逸する町の清潔さに対するものだった。
ウェーダン王国王都クローズは、あちこちにゴミが落ちていた。
ティーパたちは、それが普通だと思っていた。
だが、ここではその〝当たり前〟が無い。
露店で買い食いをする者はいる。
が、ゴミは出ない。
――否、出るのだが、一瞬で消える。
その理由は――
「あ。まただわ」
――食べかすを落とした者が、胸元や革袋から取り出した布で包んで、家に持ち帰るからだ。
串焼きの串などを落とした場合も、勿論、そのままにする者はここにはいない。
きちんと拾って、持って帰る。
更に――
「みんな、熱心。すごいわね……」
――露店や、軒を連ねる商店の店主や従業員たちが、店の前――のみならず、周辺の清掃をしているのだ。
「本当、トスマルさんが言っていた通り、みんなすごく綺麗好きなのね!」
「ああ」
(異常に、だがな)
心の中で付け加えるティーパ。
※―※―※
そのまま北上を続けたティーパたちは、更に東へと向かった。
そうして辿り着いたのは、巨大湖の丁度真北の――先端。
袋小路になっているそこは人気が無く、心做しか、周囲よりも薄暗く感じる。
他の住宅から少し離れた所――右手に、それはあった。
「ここだ」
「え? ここ……?」
三メートル程の塀により、外部から遮断された場所。
ただの塀ではない。
明らかに、外から板が何枚も打ち付けられているのだ。
荒々しく。不揃いな板が、何枚も、何枚も。
まるで、何かを隔離しようとでもしているかのように。
「………………」
板塀を見つつ、少し先へと進むと――
「あ」
――塀の端――この町の最北端――に、申し訳程度の隙間があった。
何とか、人一人が通れるくらいの隙間が。
そこから見えるのは――
「あのお家にいるって事よね?」
「ああ、そうだ」
――繁茂する雑草の先にある、薄汚れた小屋だった。
人の気配がしない、どんよりと濁った空気を纏った小屋。
「行くぞ」
「えっ? あ、うん」
不気味なそれに、何の躊躇もなく近付こうと、ティーパが板塀の隙間へと歩みを進め、慌ててアンがその後を追おうとした。
――直後――
「その家には、近付かん事じゃ」
「!」
――背後から声が聞こえて、思わず振り返った二人が見たのは――
「不用意に近付こうものなら――死ぬぞ」
「!?」
――杖を持つ、腰が曲がった老婆だった。