62「〝聖魔石〟再起動」
転生した後。
〝聖魔石〟の存在を知ったティーパは、幼少時代から必死にパンツを飲み込む練習をした(途中で喉につっかえて、何度か死に掛けながら)。
数年後。
初めてアンと出会った際に、彼女が杏奈の生まれ変わりである事に、ティーパは直ぐ気付いた。どうやら、〝魂〟で感じ取ったらしい。
※―※―※
そして、現在。
美しい夕焼け空の下、神殿だった場所にて、地面に散乱する瓦礫に座るティーパの仲間たちは、彼の話が終わった後、何と言って良いか分からず(魔王だけは、興味無さそうに、ティーパの頭の上で欠伸をしていたが)、暫し沈黙して――
「そんな事があっただなんて……」
アンが、口を開いた。
「でも、あたしは前世の記憶なんて無い! あんたは覚えてるのに! 何で?」
「転生にも色々あるらしいからな。前世の記憶持ちとそうじゃないのと分かれるんだろう」
「何よそれ!? あんた、すごく適当ね!」
「いや、今の流れからすると、適当なのはどう考えても女神だろうが」
ティーパが冷静に突っ込むと、横からマーサとリカが口を挟む。
「どわはははははははは! やっぱりティー兄の突っ込みは良いな!」
「本当、素敵なの! って、じゃあ、お兄ちゃんが生き返らせたい人って、妹の杏奈っていう子なの? キー! 泥棒猫なの! お兄ちゃんの妹はリカだけなの! 〝正妹戦争〟なの!」
「〝正妻戦争〟みたいに言うな。っていうか、実の妹を泥棒猫て。そもそもお前は妹ですらないから、戦争は起こり得ないだろうが」
ティーパの至極当然の指摘に、「リカはお兄ちゃんの妹なの! リカが妹だって言ってるから、妹なの!」と、まるで神の如き傲慢さを発揮した後、リカは、ふと、ぽつりと呟いた。
「もしかして……以前お兄ちゃんが言ってた『好きな人』って……杏奈の事なの?」
「!」
リカの言葉に、アンが目を見開き、固唾を呑んで見守る中――
「ああ、そうだ」
「!!」
――ティーパは首肯した。
「ずっと、一方的に好意を寄せられているだけだと思っていた。でも、杏奈が死んだ後、やっと気付いたんだ。俺の中にも、アイツへの大きな気持ちがある事に。だから俺は、この世界に転生した直後から、アイツを――杏奈を生き返らせるために生きて来た。だが、そのためには、力が必要だった。だから、〝下着喰らい〟だろうが何だろうが、使える物は全て使った」
グッと拳を握るその姿からは、沸々と迸る執念が感じられる。
そんなティーパに、複雑な想いを抱きながら、アンが問い掛けようとする――
「あんたが言う〝生き返らせる〟って――」
――が、その言葉は、とある人物の声で、遮られた。
「フッ。成る程な。中々興味深い話を聞かせて貰った」
一同が目を向けると、そこには――
「まだ貫かれたままだったのかよ」
――未だに魔王の〝雷槍〟によって身体を貫かれて地面に縫い付けられたままのシャウルがいた。
魔王が死ななかったがために消えなかった〝雷槍〟によって、ティーパの独白の間も、一人孤独に雷撃を全身に食らい続けていた彼女は――
「ああッ! 何だこの感覚は!? この美しい我が、このような拷問を受けるとは! 全身を襲う苦痛! 激痛! しかしアンデッドだから死ねない! 絶え間なく与えられ続ける、〝致死〟の刺激! ああッ! 何かに目覚めてしまいそうだ!」
「いやもう、いっそそのまま天国に行っちゃえよ」
瞳を潤ませ、頬を朱に染め、涎を垂らしながら息を乱す勇者の痴態に、ティーパが冷酷な言葉で突き放す。
※―※―※
その後。
「気になって話が続けられない」というアンからのクレームで、ティーパが魔王に命じて〝雷槍〟を消させようとして、勇者がとことん嫌いな彼女が渋り、そこにリカが口を挟み、「ん? どうしたの? やらないの?」「ヒイイイイ! 怖いまお……!」というやり取りを経て、魔王が〝雷槍〟を消滅させて、シャウルは久方振りに解放された。
「フッ。危うく〝新たな扉〟を開くところだったぞ」
「涎垂れてるぞ」
シャウルがその指先を使い、優雅に涎を拭った後。
「フッ。我も話に交ぜて貰おうか」
「あんた、その前に服着てくれるかしら? 男もいるのよ?」
パンツ一丁という格好にも拘らず、全く恥じらいの無いシャウルに、アンが苦言を呈する。
かくして、着替えタイムとなり――
「ちょっと! 見ないでよね! 変態!」と、頬を赤らめ、ティーパに向かって声を荒らげながら、アンは、銀鎧を脱いでシャウルに渡して、自分は地面に置いておいたプレートアーマーを装着した。
シャウルも銀鎧を身に付け、皆が元の格好に戻った所で、ティーパは、先程の話を続けた。
「杏奈を生き返らせようとしたが、〝聖魔石〟は力を失い、次にまた願いを叶えられるようになるのは、数年後だ。まぁ、仕方のない事だが」
その言葉に、シャウルが反応する。
「フッ。我の力を使えば、今すぐにでも叶えられるぞ?」
「何だと?」
怪訝な顔をするティーパに対して、シャウルは――
「『脱衣』!」
「何でまた脱いでんのよ!? さっき装着したばっかでしょうが!」
――再び銀鎧をバラバラに弾き飛ばして、パンツのみの姿となった。
そして――
「フッ。食え」
「うぐっ」
――素早く脱いだ自身のパンツを、ティーパの口の中に強引に突っ込んだ。
いつもの癖で、ティーパが思わず飲み込んでしまうと――
「フッ。なるほど。これはすごい」
――ティーパに脱ぎたてパンツを食べられた事で、身体中から力が溢れてくるのを感じたシャウルは――
「フッ。我はこの四百年間――」
「あ、その前に服着て。何すっぽんぽんで普通に話を進めようとしてんのよ」
――再度アンに横槍を入れられた。
その後。
銀鎧を身に纏ったシャウルは、仕切り直して――
「フッ。我はこの四百年間、常に〝聖魔石〟の傍に居続けて、〝聖魔石〟との〝繋がり〟を築いて来た。そして先刻、貴様の異能力によって、勇者としての力を底上げされた。今の我の力を以ってすれば、休眠状態にある〝聖魔石〟を強引に起動する事が可能になるのだ」
「「「!」」」
そう言って、シャウルは、神殿最奥――だった場所にある台座へと、一瞬で移動し、また戻って来ると、その手には、〝聖魔石〟が乗っており――
「フッ。見るが良い! はあああああああ!」
「「「!」」」
――シャウルの叫び声に呼応して――
「すごいの! また光ったの!」
――〝聖魔石〟が、その輝きを取り戻した。
「フッ。これで、今すぐにでも願いを叶えられるぞ。まぁ、強引に起動した事で、今回願いを叶えた後は、〝聖魔石〟は長い休眠状態に入り、次にまた力を取り戻すのは、百年後になるが、大した問題ではあるまい」
「サラッと重大なこと言ったな、おい」
アンは、ティーパをじっと見詰めると――
「……杏奈ちゃんを、生き返らせるの?」
そう問い掛けた。
「ああ」
その答えに対して、更にアンが何かを訊ねようとする前に――
「もし杏奈を生き返らせたら、アン姉はどうなるんだ?」
――横から、マーサが聞いた。
すると、ティーパは、徐に目を閉じて――
――開くと――
「アンの中にある〝杏奈の意識〟が覚醒して――」
――アンを真っ直ぐに見据えて――
「現在のアンの人格は完全に――消滅する」
「「「!」」」
――そう告げた。