61「転生前の事件(後)」
「そんな事出来る訳ないだろ!」
当然反発するティーパだったが――
「いやいや、それじゃあ、妹を殺すしかないねぇ」
「!」
――男はそう言うと、ポケットからナイフを取り出した。
鈍く光る凶刃に、ティーパは息を呑み――
「ヒッ!」
――凶器と共に近付いて来る男に、杏奈が小さく悲鳴を上げる。
杏奈の眼前に立った男が、ナイフを振り翳して――
「わ、分かった! 食べる! 食べるから、妹には手を出すな!」
――間一髪の所で、ティーパが必死に止めた。
「そうそう、お兄ちゃんは、妹のために、そうやって必死にならないとねぇ」
男は、再びティーパの下へ歩み寄って来ると、杏奈のパンツを、これ見よがしに、床に転がるティーパの顔の前にぶら下げた。
「そうそう、食べるんだよねぇ、お兄ちゃん」
まるでペットに餌をやるような構図だが、気にしている余裕はない。
妹の命を救うためなのだ。
首を伸ばして、ティーパがパンツに噛み付くのを見た男は、目を細めつつ、手を離した。
「くっ!」
パンツを自発的に食べなければいけないという、屈辱的な状況だが、羞恥心や怒りといった感情を押し殺して、ティーパは、まずは、パンツ全体を口内に入れて、咀嚼を始める。
咀嚼して。
咀嚼して。
咀嚼して。
何度も。
何度も。
何度も。
咀嚼して。
咀嚼して。
咀嚼して。
だが、何度噛もうと――
(飲み込めない……!)
――〝布〟であるそれは、普通の食べ物とは違い、噛み切る事も出来ず、故に細かくなることも無くて――
「そうそう、そうやってたくさん噛んだら、そろそろ飲み込めるよねぇ?」
「!」
男が催促する。
(とにかく、やるしかない!)
ティーパは、必死に飲み込もうとするが――
「うっ!」
飲み込めない。
もう一度、挑戦するも――
「うぅっ!」
やはり、飲み込めず。
三度目の正直とばかりに挑むが――
「ぐぇっ!」
無理だった。
そんな彼の様子を見た男は――
「いやいや、それじゃあやっぱり、妹を殺すしかないねぇ」
「!」
――手に持ったナイフを軽く振りながら、ゆっくりと杏奈に近付いて行き――
「ま、待て! 飲み込むから!」
男を必死に止めつつ、強引にパンツを飲み込もうとしたティーパは――
「うっ! おえええええええ!」
――嘔吐してしまった。
嘔吐物と共に床に吐き出されたパンツを見た男は――
「いやいや、お兄ちゃんが、大好きな妹のパンツを吐き出すとか、無いよねぇ」
――ナイフの刀身を指でなぞったかと思うと――
――勢い良く振り下ろして――
「きゃあ!」
――杏奈のワンピースを、ズタズタに切り刻んだ。
そして――
「そうそう、罰として、妹を犯した上で殺してあげないとねぇ」
「!」
――そう言うと、ブラジャーも切って――
「いやああああああ! やめて! お兄ちゃん! 助けてええええ!」
「杏奈! やめろ! 食べるから! ちゃんと食べるからやめろ!」
悲痛な声を上げる兄妹を無視した男は――
「いやいや、これは全部、お兄ちゃんの愛が足りなかったせいだからねぇ」
「いやあああああああああああ!」
――裸の杏奈へと、手を伸ばして――
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
――ティーパの目の前で――
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!」
――犯した後――
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
――ナイフで胸を刺して――杏奈を殺した。
そして――
「そうそう、天国では、ちゃんと妹に対して、愛情を持って接してあげる事だねぇ」
「………………」
――男は、口の端を歪めて笑うと――
――叫び過ぎて喉が嗄れて、声を出す事すら出来なくなったティーパを――
「ねぇ、お兄ちゃん」
――刺殺した。
激痛と共に――
――意識が遠のき――
――真っ暗になり――
――真っ暗に……なり……――
――真っ暗……に……な……り………………――
――………………――
――………………――
――………………――
※―※―※
気付くと、ティーパは――
――上下前後左右全てが真っ白な空間にいた。
どこまでも、永遠に続く空間。
そこで、〝魂のみ〟の存在になっていた彼は――
――女神に会った。
そして――
<……何が……いけなかったんだ……?>
<……俺が……パンツを食えなかったのが……いけないのか……?>
<……俺が……パンツを食えていたら……違った結末に……なっていたのか……?>
虚無感の中、ブツブツと〝思念〟で呟く彼に、女神は――
「其方、そんなにパンツを食べたいのかのう? では、〝下着喰らい〟の才能を与えた上で、転生させてやるのじゃ」
<………………は?>
――盛大に勘違いをした。
「辛い思いをした其方に対する、妾からの贈り物じゃ」
<いや、ちょっと――>
「良いのじゃ良いのじゃ、皆まで言わずとも。妾の寛大なる処置に感動して、咽び泣いておるのじゃろう? 魂だけで顔は見えずとも、伝わって来るのじゃ!」
<いや、違――>
「では、其方を異世界に転生させるのじゃ! 〝下着喰らい〟の発動条件は、其方の頭の中に情報を突っ込んでおくからのう。安心するのじゃ。今度こそ、幸せになるのじゃぞ、〝下着喰らい〟よ」
<いや、待――>
――他人の話を聞かない女神によって――
――ティーパは、眩い光に包まれて――
――異世界に転生した。