60「転生前の事件(中)」
「……ん……」
――ティーパが目を覚ますと――
「そうそう、お兄ちゃんは先に起きなきゃねぇ」
「うわあっ!?」
――見知らぬ中年男が、至近距離で顔を覗き込んでいた。
爬虫類を思わせるような、長身瘦躯と細長い目を併せ持つ不気味な男に、思わず距離を取ろうとするティーパだったが――
「いやいや、動こうとしても、無駄だねぇ」
「!?」
――両手両足を縛られて床に転がされており、思うように動けない。
殺風景な部屋の中、気を失う直前の事を思い出したティーパは――
「さ、さっきのは、お前がやったのか! 杏奈はどこだ!」
――恐怖で震える声で、しかし妹の安否を確認しようとする。
「そうそう、お兄ちゃんは、妹を案じなきゃねぇ」
男は、うんうんと頷きながら、床視点のティーパでも見えるように、身体をずらした。
すると、そこには――
「杏奈!」
――まだ意識を失ったままの妹が、自分と同様に手足を縛られて、床に転がされていた。
妹の無事を確認したティーパは、ここからの脱出を画策する。
「こ、こんな事して! 分かってるのか? は、犯罪だぞ! い、今すぐ俺たちを解放しろ! そうしたら、け、警察には言わないでおいてやるから!」
ここがどこかも分からず、身体を拘束された状態で、相手は大人の男。
絶望的な状況の中で、必死に考えた上での〝打てる手〟が、〝精一杯虚勢を張った上での交渉〟だった。
――が。
「そうそう、お兄ちゃんは、妹を守るために、そうやって必死にならなきゃねぇ」
男は、聞く耳を持たない――というより、どこかズレている気がする。
暴力とはまた違った〝気色悪さ〟による恐怖を感じて、ティーパは全身が粟立つ。
怯みそうになる心を叱咤して、兄妹二人で生き延びるために、ティーパは声を張り上げた。
「な、何でこんな事するんだ!」
「そうそう、理由ねぇ。お兄ちゃんは気になるよねぇ」
男は、細長い目を更に細めると、恐ろしく長い舌で、舌舐めずりした。
「そうそう、ショタロリが好きなんだよねぇ」
「ショタ……ロリ?」
「そうそう、ショタとロリがイチャイチャするのが、堪らなく好きなんだねぇ。幼い少年と少女のイチャイチャは至高なんだよねぇ」
「………………」
男は重度の変態だった。
今までの会話内容が奇妙だったのも、それなら納得だ。
「と、とにかく! 俺たちを解放しろ!」
男の嗜好は全く理解出来なかったが、何れにしても、この状況を打破するためには、絶対的優位に立っている男との交渉以外に手はない。
「そうそう、お兄ちゃんはやっぱり、そうやって、『何でもするから解放して』って言うべきだよねぇ」
「……え?」
そんな事は一言も言っていないが、男は勝手に話を進める。
「そうそう、〝妹に対するお兄ちゃんの愛〟を試させて貰うねぇ」
「?」
そう言うと、立ち上がった男は、杏奈に近付いて、屈むと、両脚を縛っていたロープを手際よく解いた上で――
「!?」
――ワンピースのスカート部分を捲り上げた。
純白のパンツと、健康的な太腿が露わになる。
「何やってるんだ!? やめろ!」
ティーパが怒号を上げるが、意にも介さず、男は杏奈のパンツに手を掛ける。
――と、その時。
「……んん……」
杏奈が目を覚ました。
「……え? 誰!?」
杏奈は、見知らぬ男が、ワンピースのスカート部分を捲り、パンツに手を掛けている事に気付き――
「きゃあああ! いや! やめて!」
悲鳴を上げ、必死に脚を動かして、抵抗しようとするが――
「そうそう、妹は恥じらいが大事だよねぇ」
――男は構わず、一気に脱がした。
「いやああああああ!」
羞恥心で喚く杏奈の両脚を再びロープで縛って動きを封じた男は、立ち上がり、再度ティーパの下へやって来て、屈む。
「お兄ちゃん……」
「杏奈……」
自分と同じように床に転がされている兄の姿に気付き、声を上げる杏奈。
ティーパは、如何に今の自分が無力であるかを痛感しながらも――
「大丈夫だからな! 絶対に俺が助けてやるから!」
「お兄ちゃん……! うん、分かったわ!」
――そう声を掛けずにはいられなかった。
「そうそう、お兄ちゃんはやっぱり、妹を思いやっていないとねぇ」
男は、身勝手に頷きながら、ティーパに問い掛けた。
「そうそう、お兄ちゃん、助かりたいよねぇ?」
これまで、こちらの言うことを全く聞く気がない様子だったために、男から〝譲歩〟とも取れる発言が為されたことに、一瞬理解が及ばず、ティーパの反応が遅れる。
「あ、当たり前だ!」
男は、「そうそう、お兄ちゃんは、妹のために、絶対にそう答えるよねぇ」と呟きつつ――
――杏奈から奪ったパンツを、ティーパの目の前に掲げて――
「お兄ちゃんなら、〝大好きな妹のパンツ〟を食べる事が出来るよねぇ?」
「!?」
――そう問い掛けた。