59「転生前の事件(前)」
「……実の妹? ……は?」
更に混乱した様子のアンに、ティーパは、「俺と杏奈は、年子の兄妹だった」と言うと、何が起きたのかを、ぽつぽつと語り始めた。
※―※―※
転生する前。
ティーパ、小学六年生。杏奈、小学五年生。
現代日本に暮らす彼らは、どこにでもいるような、ごく普通の兄妹だった。
ただ一点を除いて――
「あたしは、お兄ちゃんの事が好き! 異性として!」
――杏奈は、実の兄妹でありながら、〝恋愛対象〟として兄に好意を寄せていた。
艶やかな黒髪ロングヘアをふわりと揺らしながら告げる杏奈に、ティーパは戸惑う。
「何言ってんだ? 意味が分からねぇよ!」
まだ幼かったティーパにとって、杏奈の発言は理解を超えた物だった。
また――
「お兄ちゃん、どこ行くの? あたしも行く!」
――男友達と遊ぶ方が何倍も楽しかった彼は、どこに行くにもついて来る妹の事を、煩わしく思っていた。
「またコイツ、妹連れて来てるぞ!」
「お前のシスコンも重症だな」
「違う! コイツがブラコンなんだ!」
その度に男友達にからかわれて、ティーパは心底ウンザリしていた。
そのため、ティーパは、外出する際に、勝手について来ようとする妹を、どうにかして振り切ろうとした。
――が。
「ふっふっふ~! お兄ちゃん、甘いわね! 健康優良児を舐めて貰っちゃ困るわ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……チッ! クソッ!」
――運動神経抜群の杏奈は、全力疾走する年上の兄に悠々とついて来て、中々振り切る事が出来なかった。
※―※―※
そんなある日。
「今日も、お兄ちゃんと一緒にお出掛け! 楽しみだな~!」
(完全に舐めてやがる! 見てろよ! 今日こそ、振り切ってやる!)
外出したティーパは、いつもとは違うルートを選んだ。
そこは、街中の――
「……え?」
――路地裏だった。
明るい都市の中で、異質な雰囲気を放つ独特の空間へと、躊躇なく入り、駆けていく兄の姿に――
「……ここ、通るの……?」
――流石に躊躇ったらしく、可愛らしい桃色ワンピース姿の杏奈の足が止まる。
(良し! 作戦成功だ! このまま逃げ切る!)
チラリと背後を一瞥したティーパは、口角を上げつつ、昼間だというのに薄暗い道を爆走する。
「……でも、お兄ちゃんが行くなら!」
漸く杏奈も路地裏に突入、再び走り始めたが――
(もう遅い!)
既に路地裏の出口に近付いていたティーパは、そのまま路地裏を抜けて、左方向へと向かうが――
「きゃあああああああああああああ!」
「!?」
――突如聞こえた妹の悲鳴に、ティーパは、思わず立ち止まった。
「杏奈!」
迷わず、路地裏へと戻って行くティーパ。
〝もしかしたら、杏奈の罠――わざと悲鳴を上げたのかもしれない〟等とは、微塵も考えない。
杏奈の事は、誰よりも分かっていた。
そのような小細工をするような子ではないのだ。
いつでも、自分に真っ直ぐに気持ちを伝えて、ぶつかって来てくれる。
そんな妹に何かあったのだ。
自分が助けに行かずに、誰が行くというのか。
路地裏の中程まで進むと――
「杏奈!」
――杏奈がうつ伏せに倒れていた。
「杏奈! おい! しっかりしろ!」
屈んで、仰向けにして抱き起こすと――
「……良かった。気絶してるだけか……」
――呼吸はあり、脈もある。顔色も悪くない。
どうやら、命に別状はないと分かり、ティーパが胸を撫で下ろした。
――次の瞬間――
「そうそう、〝お兄ちゃん〟っていうのは、そうじゃなくちゃねぇ」
「!?」
――背後から不気味な声が掛けられて――
「がぁっ!?」
――背中に何かを押し当てられ、全身に高圧電流が流されて――
――ティーパは倒れ、意識を失った。