5「不敬罪で死刑」
「ちょっ!? 何アレ!? あの子、あんたの知り合い!? 〝おパンツ男〟って言ってるわよ! 上品になってるようで、全然なってないじゃない!」
「どっかで見たような……」
アンが訊ねると、隣のティーパが、上空を見上げながら思考する。
その間に、空中に静止する赤髪少女の大声と異様な光景で、道行く人々が足を止めて――
「おい、見ろよあれ! ディクセア第一王女さまじゃないか!?」
「本当だ! 何で王女さまが? っていうか、魔法使えたんだな!」
「って、言ってる場合か! あんなの食らったら、一溜まりも無い! 死ぬぞ! 逃げろ!」
「確かに! うひゃあああ! 逃げろおおおおおお!」
「「「「「うわああああああああああ!」」」」」
「「「「「きゃああああああああああ!」」」」」
一人が叫び走り出したのをきっかけに、皆がパニックに陥り、出来るだけディクセアから距離を取ろうと、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
そんな中、唯一その場から動かないティーパとアンは――
「あ。思い出した。町娘たちの何人かのパンツを脱がして食べた時の一人が、アイツだった。今着てるのと違って、地味な服装だったから、思い出すのに時間が掛かった。御忍びって奴か。アイツ、王女だったんだな」
「〝王女だったんだな〟じゃないわよ! 第一王女のパンツを無理矢理脱がして食べたって、不敬罪じゃない! 死刑よ! 斬首刑よ! 何て事してくれてんのよ!」
そんなやり取りをしている間にも、ディクセアの頭上にて燃え盛る火炎は、更に膨張していき――
「流石にヤバいんじゃない……アレ?」
「ああ、ヤバいな」
――逃げ遅れた二人――の内、ティーパ――を、血走った目で見詰めて――
「死ぬのですわああああああああああああああああ!」
――今正に、巨大炎が放たれようとした――
――次の瞬間――
「姫様! そのような強大な魔法を使われては、街が破壊されてしまいますぞ!」
――執事であろうか、背後に現れた黒タキシードに身を包んだ白髪紳士が、声を張り上げた。
「爺、黙っていなさい! 知ったこっちゃありませんわ! 無限に溢れ出すこの力。幾多のダンジョンに潜って、どれだけモンスターを狩ろうが癒やせなかったこの渇き。こうなったら、私をこんな身体にした責任を、本人に取ってもらうしかありませんわ!」
振り向きもせず、凡そ臣民を束ねる王族とは思えぬ物言いで、ピシャリと言い放つディクセアに、しかし白髪紳士は、一歩も怯まず――
「新進気鋭職人〝パンパンアンティグー〟のアクセサリーも買えなくなりますぞ!」
「!」
――それならば、と掛けた言葉に、ディクセアの肩がピクッと反応して――
「………………それは困りますわ………………」
――彼女が背後を一瞥すると、高空の猛炎が消えた。
その間に――
「あ」
――中央通りにいたティーパたちは、路地裏へと逃げており――
「もう! 逃げられましたわ! ……では、面倒臭いけど、仕方ありませんわね」
スーッと地上に舞い降りたディクセアが、両腕を斜め下に伸ばすと、左右の手に、氷槍と雷槍が出現。
それを持ちつつ、スタスタと歩いて行ったディクセアは、ティーパたちがいた位置から一番近い横道を覗き込むと――
「ここかしら~?」
「ヒッ!」
――中央通りから、ぬらりと、顔だけを出したディクセアを至近距離で目にし、それまで息を殺して隠れていたアンが、思わず小さな悲鳴を上げる。
尚、その隣には――
「隠れパンツ」
(いや、それは流石に無理があるでしょ! 一瞬でバレるわよ!)
――革袋から出した大量のパンツで、全身を覆って隠れたティーパがいた。
身体は完全に隠れているものの、残念ながら頭――額から上――が出てしまっている。
「貴方、パンツを食べる〝おパンツ男〟を見なかったかしら?」
どうやら、アンの事は眼中になかったらしく、血走った目でそう問うディクセアに、アンの隣のティーパが――
「誤魔化せ」
(いやいやいや! だから無理だってば!)
――くぐもった声でそう呟くのを聞いたアンは、冷や汗を垂らしながら、答えた。
「あ、あっちに走って行ったわよ!」
震えながら、奥の方を指差すと――
「感謝いたしますわ! 待ちなさい! おパンツ男おおおおおおおおおお!」
(ええええええ!? 何故ええええええええええええ!?)
――ディクセアはそれを信じて、両手に氷槍と雷槍を持ったまま、走り去って行った。
「どうやら、強過ぎる力に飲まれて、知能が低下しているようだな。もしかしたら、元々かもしれんが」
更なる不敬を重ねながら、大量のパンツを素早く革袋に詰め込み直したティーパは、「今の内に移動するぞ」と言って、中央通りに再び出ると、左側――西側へと歩き出そうとした。
――が、その眼前を、西から東へと、二頭の馬が引く荷馬車が通り過ぎていき――
――その御者台の人物――行商人の男性を見て――
「とうっ」
「!?」
――咄嗟にティーパは、幌に覆われた荷台に飛び乗った。
「おわっ!? 何だ!?」
「トスマルおじさん、すいませんが、やっぱり乗せてってください」
「坊主か! すごい所から来たな! それは良いが、あの嬢ちゃんもだよな? じゃあ、嬢ちゃんを乗せるために、一旦馬車を止め――」
「いえ、スピードを上げて下さい」
「!?」
馬車の後ろから、金属音を立てながら走って追い掛けて来るアンが、トスマルに対するティーパの発言を聞き、「ちょっと! 何言ってんのよあんた!?」と、抗議の声を上げる。
「追われているので」とティーパが言うと、丁度遠くから、「おパンツ男、どこですのおおおおおおおおおお!?」と、獣のような咆哮が聞こえて来た。
その声に、本能的な恐怖を感じたトスマルは、「わ、分かった! はっ!」と、それまで街中であるが故にゆっくりと走らせていた馬車のスピードを速めると――
「速い! ってばああああああ!」
アンが顔を歪めて、必死に走って――
「お前なら出来る。走って跳べ」
「身軽なあんたと違って、あたしはプレートアーマーなのよ! 分かってんの!?」
「ああ。頑張れ」
「あんた、覚えていなさいよおおおおおおお!」
――息も絶え絶えで全力で走って、追い付いたアンが――
「たりゃああああああああああああああああ!」
――森の中で鍛えたその脚で跳躍――
――荷台に足を掛け、伸ばした手をティーパが掴んで――
「ッぷはぁ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
――荷台の中へと、共に倒れ込んだ。
「どこですのおおおおおおおおおお!?」と、尚も聞こえて来る叫び声に、上体を起こして座ったティーパが、「ディクセア、か。能力としては申し分無いが、人格に難ありだな」と呟くと、四つん這いになり汗だくで息を切らすアンが、「あんたもね」と、氷よりも冷たい視線で刺した。