4「数年前からの企て」
まず、二人が向かった先は――
「わぁ~! 綺麗!」
――アクセサリー店だった。
指輪にネックレス、ペンダント、髪飾り、ブローチ、等々。
孤児院で暮らしていた時には見た事も無かった、光り輝く宝石を施した品々に目を奪われていたアンは、「はっ!」と我に返ると、何かに思い至ったように、ティーパを見た。
「って、まさか! あんた、アクセサリーで女の子を釣って、その隙にパンツを脱がそうってつもりじゃないでしょうね!」
「そんな金は無い。そもそも、装飾品なんて使わなくとも、パンツなんて幾らでも脱がせる」
「だから、無理矢理脱がせたら犯罪だって言ってんのよ!」
毎度の如くパンツを食べているティーパは、店の奥にあるカウンターまで行くと、妙齢の女性店主に話し掛ける。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい。今日も良い食べっぷりね!」
「先程、冒険者登録をして来ました」
「! じゃあ、いよいよなのね」
「はい。十二日、お願い出来ますか」
「勿論よ! 任せて!」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、本当、今までありがとうね!」
親指を立ててウィンクをする女性店主に、軽く会釈するティーパ。
(え? 十二日? お願い? どういう事?)
それを、アンは訝し気な表情で見守っていた。
※―※―※
次に訪れたのは、雑貨屋だった。
「こんにちは」
「いらっしゃい、ティーパ君。……あら? もしかして、今日が〝その日〟なのかしら?」
「はい。九日、お願い出来ますか」
「分かったわ!」
「ありがとうございます」
「それはこっちの台詞よ。ティーパ君、今までありがとう!」
(今回は、九日……?)
※―※―※
その後も、様々な店に顔を出し、その度に、二十三日、十五日、六日、等々と、ティーパは口にしていく。
最初の頃は、ティーパが何を言っているのか、意味がよく分からなかったアンだったが、終盤になって来ると、彼が一体何を〝お願い〟しているのかが、徐々に見えて来た。
(これって……そういう事?)
※―※―※
店から店へと移動している最中、中央通りの喧噪の中で訊ねると、ティーパは「そうだ」と首肯した。
「店主たちには、元々、俺が〝聖魔石〟探しの旅に出る事は伝えてあった。そして、その際には、『一年間の間、月に一度で良いので、孤児院へと妹たちの様子を見に行って欲しい』と頼んでおいたんだ」
だから、三十ヶ所だったのだ。
ウェーダン王国は、他国と同じく、一ヶ月が三十日だ。
ティーパの計らいにより、最年長者である彼とアンが不在の孤児院に、これから一年間、毎日大人が、誰かしらは様子を見に来てくれる、という態勢を整えた。
「でも、お店の人たち、よくそんなお願いを承諾してくれたわね」
「一年間と期間を限定したし、月に一度と、頻度が低いからな」
「それでも、よ」
すると、ティーパは、当然だと言わんばかりに、呟いた。
「そういう約束だからな。果たして貰わないと困る。そうじゃないと、俺がこの数年間、店主たちの店を無償で手伝って来た意味が無くなる」
「え!?」
数年前から、ティーパは、この日のために行動して来た。
店主たちは、給金を払うと言ってくれたが、ティーパは固辞し続け、決して受け取らなかった。
それは、相手に貸しを作る事で、見返りとして要求している『定期的に孤児院へ様子を見に行く事』を、必ず履行するように仕向けたかったからだ。
結果的に、借りを作ったと感じた店主たちは、自ら進んでティーパとの約束を守ろうとしてくれている。
ティーパの目論見通りになったと言って良いだろう。
『いつもブラブラして、ちっとも働かない』と、彼を痛烈に非難していたアンは――
「何よ、それ……。それならそうと、もっと早く言いなさいよね……」
――口の中だけで小さく呟くと――
「そこまで過保護だったなんて。あんたも大概シスコンね」
「そうか?」
バン、とティーパの背を叩いたのだった。
※―※―※
概ね狙い通りになったと思っていたティーパだが、想定外の事も起こった。
それは――
「何故、みんな商品をくれるんだ? 断っているのに」
店主たちが、餞別をくれた事だ。
アクセサリー、雑貨、回復薬、そしてパンツなど。
「良いから良いから! 頑張ってね!」と言いながら、何かしらの贈り物をくれるのだ。
「〝俺が無償で働いて来た事〟が、〝物を貰う事〟で、ある程度相殺されて、『借りがあるから、約束を実行しなくては』という思いが薄れるから、困る」
そう不満を口にするティーパに、アンは、溜息をついた。
「バカね。みんな、あんたを応援したいだけよ。約束だってちゃんと守ってくれるわ」
※―※―※
二十五カ所目は、行商人の男性――トスマルだった。
ウェーダン王国と東の隣国であるダギッシュ帝国を行き来する彼は、この日は王都にいてくれたため、挨拶が出来た。
「二十五日、お願い出来ますか」
「ガハハハハ! ったり前だろうが! 任せとけ! その日は休みだからな!」
トスマル商会という派手な看板が目を引く建物の前で、歯を見せて笑うトスマルは、「そういや」と、ティーパとアンを交互に見た。
「坊主と嬢ちゃんよ。お前ら、北東に向かうなら、まず目指すのはダギッシュ帝国だろ? もう少ししたら、丁度出発する予定なんだが、乗ってくか? 商品を積んだ荷馬車で、空いたスペースに座るのでも良ければ、だが」
「ありがたいですが、まずはここで冒険者パーティーメンバーを探そうと思うので」
「そうか。じゃあ、頑張れよ!」
ティーパが断ると、トスマルは爽やかに激励を述べた。
※―※―※
最後の二店舗で貰った品は、餞別という域を超えていた。
「良いんですか? こんな高価な物を貰って」
「気にすんな! ティー坊には世話になったかんな! 持ってけ!」
武器屋で貰ったのは、見るからに高そうな鋼の短剣だった。
まずは仲間を集めて、彼女らの力で簡単なクエスト等をこなして金を貯めつつ、その後に買おうと思っていたので、ここで入手出来る等とは思っていなかったのだ。
「ありがとうございます」
いつもの無表情ながら、ティーパは頭を下げた。
※―※―※
最後の店――防具屋では――
「似合っているじゃないか。やっぱり、冒険者をやるなら、防具が無いとな」
黒い下地に、胴体や肩などを覆う茶色い革鎧をティーパは貰った。
更に――
「お嬢さんも似合っているぞ」
「あたしまで……本当に頂いても良いんですか?」
「ああ、ティーパの仲間で、しかも同じ家で一緒に育った家族なんだろ? そんな子に、布の服で冒険なんてさせられないからね」
――全身(頭部以外)を覆う銀色のプレートアーマーを、アンは受け取った。
「本当にありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「いや、良いって事さ。防具は、命を落とす確率を下げるための道具だ。絶対に死ぬなよ、二人とも!」
「はい!」
「はい」
思いもよらぬ形で装備が充実した二人は、礼を述べると、店を後にした。
※―※―※
「本当、皆さん良い人たちばかりだったわね!」
「そうだな」
中央通りを軽やかに歩きつつ、満面の笑みを浮かべるアン。
肩紐を手にして背負う革袋には、何人かの店主から貰った干し肉と、水が入った革袋も入っている。
同様に、更に補充出来たパンツ(と干し肉と水)のために重くなった革袋を背中に感じつつ、ティーパも頷く。
「じゃあ、後は仲間探しね!」
「そうだ」
「って、冒険者としての才能がある女の子なんて、どうやって見付けるのよ?」
「それは――」
ティーパが答えようとした――
――瞬間――
「やっと、見付けましたわあああああああああああああああああああああ!」
「!?」
――頭上から叫び声が聞こえて、思わず二人が振り向くと――
――見るからに上等且つ豪奢な深紅のドレスを身に纏った、縦ロールの赤髪ロングヘアの巨乳少女が、空に浮いていて――
「さぁ、おパンツ男! 私の渇きを癒やして下さいましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「!」
――両手を天に翳すと、高空に巨大な炎が出現した。