46「神殿」
吹っ飛ばされたティーパに駆け寄ったリカは――
「『セイクリッドヒール』!」
――最上級回復魔法で、アンによってつけられた傷と、ついでにディクセアの炎槍による火傷の両方を回復させると――
「お兄ちゃん! 大丈夫なの? 全く、酷い女なの!」
これ見よがしに、立ち上がったティーパに抱き着き、頬をスリスリする。
「誰が酷い女よ! っていうか、リカ、離れなさいよね! 〝聖魔石〟はすぐそこなのよ! そんな事やってる場合じゃないでしょ!」
「一番怖い化け物お嬢様はもういなくなったし、ピカピカ光る壁も無くなったの! もう、お兄ちゃんとリカの恋路を邪魔する者は誰もいないの! 後は、ゆっくりじっくり宝を手に入れて、二人で幸せに暮らすだけなの!」
「何で〝聖魔石〟の使用方法が限定されてるのよ! そんな事許さないわ! それに、あたしたちが獲得しようとしているのは、何でも願いが叶う〝聖魔石〟よ? 光の壁みたいな自動防御装置が、まだあるかもしれないでしょ!」
アンの言葉に、ティーパは首を横に振る。
「いや、あれだけ強力な自動防御装置を配置していたんだ。絶対の自信を持っていただろう。よって、これ以上、〝聖魔石〟獲得の障害になるような物があるとは、考えにくい――」
――が、その時、そよ風が吹いて――
「……これは……」
「?」
――アンが小首を傾げる中、何やら俯いて思考している様子のティーパに、リカも顔を見上げる。
「きっと、大丈夫なの、お兄ちゃん! だって、もし何かの防御装置があっても、お兄ちゃんがもう一度パンツを食べれば、リカたちはもっと強くなれるって分かったの!」
「どんな障害でも、ボッコボコにしてやるの!」と、やはり僧侶らしからぬ好戦的な発言をするリカに、ティーパは、「それは止めておいた方が良い」と告げた。
「さっきディクセアが〝鼻血〟を出していただろ? パンツ二回食い――『パンツ増幅』は危険なんだ。一度なら良いが、もう一度俺がパンツを食うと、食われた相手は、更なる力を手に入れられる代わりに、身体に多大な負担が掛かる。身体を壊してまで力を手に入れようだなんて、健全じゃない」
「パンツ食う男に〝健全じゃない〟って言われてもね……」
珍しくまともな意見を言うティーパに、だがアンが横から突っ込む。
そろそろリカを引き離そうとしたティーパが、優しくリカの両肩を掴むが――
「じゃあ、止めておくの! お兄ちゃんってば、やっぱり優しいの! リカのことをすごく大切に想ってくれるの! お兄ちゃんが怪我したら、リカが絶対に治してあげるの! 取り敢えず、まずは、さっき炎で火傷したお兄ちゃんの唇を、リカが癒やしてあげるの! んちゅ~!」
――背伸びしたリカが、目を閉じて唇を突き出しながら顔を近付けて来たため――
「ぶっ! もう! お兄ちゃんのい・け・ず! 恥ずかしがり屋さんなんだから!」
――ティーパは、その頬を手の平で思い切り押して、強引に身体から引き剥がした。
※―※―※
「行くぞ」
仕切り直しとばかりに、声を掛けるティーパに、仲間たちが答える。
「いよいよね!」
「お宝ゲットなの! 冒険の醍醐味なの!」
「どわはははははははは! ついに来たな!」
一方、魔王は、ふよふよと定位置――ティーパの頭の上に降り立って、座ると――
「まお……えっと……その……」
――暫く、まごまごとした後――
「さっきは、魔王が炎に巻き込まれないように投げた事、褒めて遣わすまお!」
――そう言うと――
「でも、投げるにしても、もっと優しく投げるまお! ビックリしたまお!」
――ポカポカと、ティーパの頭を叩いた。
「そうか、次は気を付けよう」
いつもながら無表情でそう呟くと、ティーパは、白亜の神殿に向かって歩いて行った。
幾つもの荘厳な支柱によって支えられた、巨大な神殿。
最奥にある台座の上には、光り輝く〝聖魔石〟が見える。
数段の階段を上って、神殿内に入る段になって――
「……ねぇ、確認だけど、〝自動防御装置〟は、もう無い可能性が高いのよね?」
先程のティーパの反応が気になっていたアンが、横を歩くティーパに問い掛ける。
ティーパが――
「恐らく、〝自動防御装置〟は無い。が――」
――スンスンと匂いを嗅いで――
「もっと強大な――手強い試練なら、直ぐそこに待ち構えている」
「!?」
――そう告げた――
――直後――
「フッ。強大且つ手強い試練、か。美しい我にこそ相応しい言葉だな」
「「「「!」」」」
――左手奥の支柱の陰から、恐ろしく美麗な女性が現れ、髪を掻き上げた。
年のころは、二十歳といった所か、プラチナブロンドの長髪をふわりと揺らしながら、〝聖魔石〟が置かれている台座の前まで歩み出た彼女は、銀の鎧に身を包み、腰には銀剣を差している。
長い睫毛に、強い意志を感じさせる銀色の瞳。
美の女神も嫉妬しようかと言う程の、整った顔立ちだが――
――彼女は――
「アンデッドね!」
――異常に白い肌、全身の至る所から出血をしており、目の下には濃い隈が出来ている。
「宝の守護者って所なの! ボス戦なの! 冒険なの! ワクワクして来たの!」
「どわはははははははは! ボスなら倒すまでだ!」
気合十分な仲間たちの中――
「……まおまおまおまおまお……!」
――ティーパの頭上で、プルプルと震えていた魔王が――
「あ、アイツは……! アイツまお……!」
――震える声で何事かを呟くと――
「フッ。お初にお目に掛かる」
――アンデッドの女性は――
「我は、シャウル――魔王を封印せし勇者だ」
「「「!」」」
――そう告げると、優雅に一礼した。