37「マーサ無双」
「どわはははははははは! 筋肉! 筋肉! 筋肉!」
「「「「「ギャアッ!」」」」」
「何で魔王の言うことを聞いてくれないまお!? 魔王は本物の魔王まお! 信じて欲しいまお!」
「もぐもぐ」
「たくさんい過ぎなの! お兄ちゃん、リカ怖くてもう走れないの! お姫様抱っこして欲しいの!」
「良いから、黙って前見て走りなさい!」
闘気を纏ったマーサが、その幼い見た目に反した豪腕でモンスターたちを蹴散らして行き、その直ぐ後を、頭に魔王を乗せて口にパンツを詰めたティーパ、リカが続き、殿をアンが務める。
※―※―※
そのまま暫く、走り続けた後――
「筋肉女! ストップまお!」
「分かった!」
――〝筋肉〟に反応したマーサが、踵で地面を抉りながら急ブレーキを掛けて、止まった。
「ここに魔王城があるまお!」
「ここに? 何も見えないわ。でも、まーちゃんが言うんだから、間違いないわね!」
認識阻害魔法によって、主以外には〝不可視〟且つ〝触る事が出来ない〟魔王城の何か――扉だろうか――を、ティーパの頭上からペタペタと触りながら、魔王が告げる。
「筋肉女! 今からこの魔王が、魔王城に掛けられた認識阻害魔法を解除するまお! それまで、襲い掛かって来る不届きなモンスターたちから、魔王を守るまお!」
「分かった! 任せて!」
荒野のど真ん中にて、マーサが、縦横無尽に駆けまわり――
「どわはははははははは!」
「「「ガアアアアアアアアアアア!」」」
――ゴブリンキング、トロール、そしてサイクロプスが恐ろしい膂力で巨大な棍棒を振るい、轟音と共に彼女に迫るが――
「どわはははははははは!」
――風を切るそれらを、まるで少し大きめの玩具であるかのように、超スピードと跳躍により、すれすれで躱しながら――
「どわはははははははは! 筋肉! 筋肉! 筋肉! 筋肉! 筋肉!」
「グボッ!」
「ガァッ!」
「グァッ!」
――ゴブリンキングの腹部に拳を減り込ませ、トロールの横っ面を殴打、サイクロプスの顎を撥ね上げて、それぞれを遠くへ吹き飛ばす。
「「ガアアアアアアアアアアア!」」
間髪を容れず、キマイラが大口を開けて火炎を吐くが、傍にいたゴーレムの打ち下ろしの右拳を止めて掴んだマーサは、丁度良いとばかりに、ゴーレムの身体全体を持ち上げると、思い切りぶん投げて、飛来する猛炎を防ぐと同時に、キマイラにぶつけて撃破、その隙を突いて噛み付こうとする魔氷熊の顔面を鷲掴みにすると、左側から長剣で斬り掛かって来るオーガに向かって全力で投げて、オーガの長剣で胴体を突き刺された魔氷熊が絶命すると同時に、オーガにも致命傷を与える。
「すごいわ!」
「もう、あの子だけで良いんじゃないの?」
超人的な戦闘力に、圧倒される仲間たちだが――
「いや、一人で戦うには限界がある。怪我ならリカが治せるが、体力と気力は回復しない」
見ると、ティーパの指摘通り、マーサは大量の汗を掻いており、息も荒く、時折闘気が不自然に揺らぎ、小さくなり掛けて、その度にマーサが険しい表情を浮かべて力を込めると、また元に戻った。
「一刻の猶予も無い」と呟くティーパに、魔王は胸を張り、仰け反って告げる。
「案ずるでないまお! 直ぐに魔王城を出現させてみせるまお! 中に入れば、安全まお!」
魔王は、そこに確かにあるらしい、扉に触れながら――
「では、行くまお!」
――厳かに、言の葉を紡いだ。
「開け~ゴマ!」
「どっかで聞いたことがある呪文だな」
――すると――
『呪文が違います』
――どこからか、声が聞こえて来て――
『罰を与えます』
――頭上から――
『雷』
「ぎゃああああああああああああああ!」
――雷が落ちて、魔王のみを襲った。
断末魔のような悲鳴を上げて地面に転がる、黒焦げになった魔王。
「ふぅ。危なかった」
額の汗を拭うティーパ。
『呪文が違います』の時点で、嫌な予感がして、密かに魔王から距離を取っていた彼は、事なきを得た。
「『セイクリッドヒール』! 魔王、死んじゃダメなの! 自分が設定した呪文を間違って死ぬとか、格好悪過ぎるの!」
ピクピクと痙攣していた魔王は、リカの最上級回復魔法で怪我が完全回復して、復活した。
「し、死ぬかと思ったまお……」
その間も、マーサは孤軍奮闘しており――
――とうとう、〝闘気が消えてまた元に戻って〟を繰り返し始めて――
「魔王。本当に時間が無いぞ。早くしろ」
「分かってるまお!」
催促された魔王は、浮き上がる事もせず、地べたに座ったまま――
「ちちんぷいぷい~」
『呪文が違います。罰を与えます。雷』
「ぎゃああああああああああああああ!」
「『セイクリッドヒール』!」
「アブラカダブラ」
『呪文が違います。雷』
「ぎゃああああああああああああああ!」
「『セイクリッドヒール』!」
「ビビデバビデブー」
『呪文が違います』
「ぎゃああああああああああああああ!」
「『セイクリッドヒール』!」
「エロイム――」
『違います』
「ぎゃああああああああああああああ!」
「『セイクリッドヒール』!」
異世界転生者の悪影響でも受けたのであろうか、連続で外した魔王は、その度に裁きの雷を受け、リカに命を救われた。
「まーちゃん、頑張って! でも、何度も死に掛けるまーちゃんも素敵よ!」
「この惨状を見て何で笑顔なんだよ。もう病気だろ。もぐもぐ」
「パンツ食ってるあんたにだけは、言われたくないわよ!」
アンとティーパが、五十歩百歩の言い争いを繰り広げた後――
「魔王さまを騙る無礼者め! 許さんぞ!」
――突如、空から声が聞こえて――
――一同が見上げると、どうやら人語を放せるらしい、最上級モンスターのダークエルフが――
「八つ裂きにしてくれるわ! 『ウィンドブレード』!」
――両手を翳して、風刃を放った。
「や、八つ裂きまお!? そんなのイヤまお! イヤまお!」
――迫り来る風刃に、蒼褪めた魔王は、素早く立ち上がって――
「お願いだから、開くまお! 開くまお!」
――涙を浮かべながら、必死に――
「開くまお! 開くまお! 開くまお!」
――不可視の扉を叩き続けて――
「開くまお! 開くまお!! 開けまお!!!」
『呪文を確認しました』
――その瞬間――
「「「「!」」」」
――漆黒の巨大な城が突然――
――ティーパたち一行をその〝内部に迎え入れる形で〟出現して――
――その外壁で、ダークエルフの魔法を弾き、幾多のモンスターたちを吹っ飛ばした。
「た、助かったまおおおおおおおおおおおおおおお!」
へなへなと座り込む――どころか、床に倒れ込んでしまう魔王。
「初めて役に立ったな」
「そうね、初めて役に立ったわ! やったわね、まーちゃん!」
「初めて役に立ったの! へなちょこの癖に、なかなかやるの!」
「頑張ったのに、酷い言われようまお!」
そんな彼らを、一人で守り続けたマーサは――
「ッかはぁ! はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」
肩で息をして、滝のような汗を掻いており、かなり辛そうだ。
「守ってくれて、ありがとうね! 暫くゆっくりと休んでいて!」
「どわ……はは……は……! 分……かった……」
マーサが、無理に笑みを浮かべた。
――直後――
『ようこそ。〝黒魔石〟を御所望ですね』
――先程の声が、また聞こえて――
「え?」
「場所が変わったの!」
「空間転移魔法だな……」
「ここは……玉座の間まお!」
――一瞬で玉座の間――内の、中央へと空間転移させられたティーパたちは――
「アレまお! アレが〝黒魔石〟まお! 世界中のモンスターを生み出しているのが、アレまお! 膨大な魔力が込められているから、あの魔力を吸収すれば、かなり力を取り戻せるまお!」
数多の蝙蝠が飛び交う玉座の間の最奥――にある玉座の更に後ろの台座に置かれている、怪しい黒き輝きを放つ魔石――それが、〝黒魔石〟だった。
「これで、完全復活に大きく近付くまお!」
意気揚々と、飛行魔法で〝黒魔石〟を取りに行こうとする魔王だったが――
「待て」
「ぐえっ」
――ティーパに襟首を掴まれて、小さく悲鳴を上げる。
「何するまお! 危うく窒息死する所だったまお!」
――口を尖らせて抗議をする魔王だったが――
バクン。
「……へ? バクン……まお?」
――すぐ後ろを、何かが物凄い勢いで下から上へと移動した気配がして――
――恐る恐る振り向くと、そこには――
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」
「で、出たまおおおおおおおおおおお!」
――小山かと見紛う程の巨躯を誇る、虹色のドラゴンが、大量の蝙蝠を咀嚼していた。




