13「直談判」
「……見ての通り……なの……。……リカの……病気は……〝血死病〟……。……身体中の……穴という穴から……出血する病で……罹ったら最後……確実に……死に至るの……」
出血。吐血。
呼吸と同じくらい自然と流れ出る鮮血。
その身のみならず、ワンピースタイプの布の服も、ブランケットも、シーツも、全てを赤く染め上げるそれは――
――まるで彼女から命そのものが流れ出しているかのような、そんな錯覚を覚える。
「……この血液に……触れる事で……感染するの……」
――しかし、不思議なことに、致死の病魔に侵されていながらも、微笑みすら浮かべるその姿からは、絶望しているようには感じられない。
――もしかしたら、絶望などという段階はとうに通り過ぎてしまっただけなのかもしれないが。
衝撃的な光景に――
――しかし、ティーパは眉一つ動かさない。
「リカ。お前の脱ぎたてパンツを食わせろ」
堂々と放たれた台詞に、「……聞いていた……通り……変態さん……なの……」と、どこか可笑しそうに笑うリカは、ティーパをじっと見詰めると、臥せったまま小首を傾げた。
「……どうして……怖がらないの……? ……リカの……この姿を……見た人は……みんな……怖がるか……気味悪がるの……」
「病気だと聞いていたからな。怖がって欲しいのか?」
「……そうじゃないけど……。……変な人……なの……」
理解不能だと、困惑するリカだが、ティーパは意にも介さない。
「リカ。お前には、僧侶の才能がある。高度な回復魔法と治癒魔法を扱う力が。俺がお前の脱ぎたてパンツを食べれば、お前の才能は開花する。そうすれば、高度な治癒魔法を発動出来るようになり、自分で病気を治せる。だから、俺にパンツを食わせろ」
「……話聞いてたの……? ……リカの血に……触ったら……病気が……うつるの……。……リカの……才能が……開花する……前に……あなたも……病気になって……リカと……一緒に……死んじゃうの……」
先程リカは、『身体中の穴という穴から出血する病』だと述べた。
その説明からすると、顔だけでなく、下半身――大事な所からも同様に絶え間なく血が出ているのだろう。
そうすると、パンツを食べるという行為は、彼女の血液に触れる――どころか、彼女の血を飲む事と同義、という事となる。
「案ずるな。パンツに貴賎は無い」
「……えっと……パンツの……問題じゃ……なくて……血液の……問題なの……」
この男には、〝死〟への恐怖心は無いのだろうか。
それとも、頭がおかしいのだろうか。
(……でも……どちらでも……良い事なの……)
(……だって……もう……これで……)
息を一つ吐くと、満足したとばかりに、リカは笑みを浮かべた。
「……一度……話して……みたかった……だけなの……。……やっぱり……パンツは……食べさせ……られないの……。……期待……させたなら……ごめん……なの……」
「そうか。また来る」
「……うん……また……。……って、え……? ……また……?」
呆然とするリカを残して、ティーパは部屋を出て行った。
小屋の前で、また来る旨を伝えつつ、ティーパは、ケミーの顔を見詰めた。
「お前は、リカの血液に触れないように気を付けて生活して来た。だから、お前だけは、症状が出ていないんだな」
その言葉に、ケミーは、目をパチクリと瞬かせると、プッと吹き出した。
そして、全身の筋肉を弛緩させて――脱力すると――
「お前、それは……」
――ケミーの左目から、血が流れ出て来た。
「あたいだけ逃れられる訳ないだろ? ずっと一緒に暮らしてるんだ。どれだけ気を付けたって、限度があるのさ。まぁ、普段は、薬と、後は気合いで抑えているけどね。でも、本当はこの通り。あの子だけじゃない。あたいも、残り時間はそう無いのさ」
「そうか……」
言うべき言葉が見付からないまま、ティーパは、その場を後にした。
※―※―※
その日から、今度は、リカに直談判しに行く日々が始まった。
リカは、特に嫌がる事も無く、ティーパを部屋に招き入れ、話をした。
「……お姉ちゃんは……すごいの……! ……腕の……良い……薬師で……お姉ちゃんの……薬は……評判が……良くて……! ……擦り傷や……風邪ぐらいしか……治せない……リカの……魔法と……違って……お姉ちゃんの……薬は……効果覿面……なの……! ……リカが……今こうして……生きて……いられるのは……お姉ちゃんの……おかげなの……! ……美人で……優しくて……頼りになって……お姉ちゃんは……リカの……誇りなの……!」
何という事も無い雑談(主に、リカによる姉自慢と姉への感謝、そして姉に関する雑多な話)だったが、ティーパは、リカとの会話を積み重ねていった(が、パンツに関しては、彼女は首を縦には振らなかった)。
※―※―※
そして、リカとの直談判(と雑談)、十日目。
「……たまには……あなたの……話も……聞きたいの……。……何で……〝聖魔石〟が……欲しいの……?」
いつものように、ベッドから見上げるリカに、相変わらず無表情なままのティーパは、話し始めた。
「俺は、こことは違う世界――異世界から来た、転生者だ」
「……!」
――が、その声は僅かに震えており――普段感じられない、形容し難い〝何かしらの感情〟が発露して――
「俺は、以前いた世界で――殺された」
「……!!」
――その双眸に、仄暗い光が宿った。




