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12「妹」

 安宿を探して宿泊し、翌日から、ティーパは引き続きケミーとの交渉を担当し、アンは、冒険者ギルドへと行き、依頼をこなす日々が始まった。


 ケミーは手強く、中々首を縦に振らず、そのまま数日が過ぎる。


 一方、アンは、地味且つ謝礼も大した額では無いものばかりだが、着々と依頼をこなしていった。


「ペットの捜索、今の所、〝馬、牛、豚、犬、蜥蜴、バッタ〟は何とか見付けたんだけど、〝猫〟だけ見付からないのよね。黒・茶・白・赤・青・緑の六毛猫むけねこで、かなり珍しいみたいだから、直ぐに見付かると思ったのに」

「前半四つは分かるが、後半二つおかしくないか? 特にバッタて。他のと見分け付かないだろ」


 尚、ケミーとの交渉役をティーパが申し出た理由を一応聞いたものの、それだけではない事は、アンも薄々気付いていた。


 何故なら、ケミーとの交渉が成功し、あの家の中に入る事が出来た時には、〝死〟の危険が付き纏うからだ。


 夜、(宿泊費を浮かすため、同じ部屋にした)宿で落ち合った際に、さり気無くアンは聞いてみた。


「『この家に足を踏み入れたら死ぬ』って、あの子は言ってたけど、大丈夫なの?」


 それに対して、ティーパは、いつも通りパンツを咀嚼しながら答える。


「大丈夫だ」

「本当に?」

「ああ。そもそも、もし本当にアイツが言う通り、『あの家に足を踏み入れたら死ぬ』と言うならば、何故アイツは生きてるんだ?」

「! ……確かにそうね」

「リカの病が伝染するリスクはある。だが、ケミーが普通に日常生活を送れている以上、〝家に入るだけ〟では、感染しない可能性が高い。勿論、〝肌が触れる〟等の、もっと直接的な接触があれば、うつるかもしれんが」


 『〝家に入るだけ〟では、感染しない可能性が高い』にも拘らず、アンを出来るだけあの家から遠ざけようとしているティーパ。

 そこから導き出される、彼の心情を考えると――


「もう……バカ!」

「何で俺、今、罵られたんだ?」

 

 頬を紅潮させたアンは、そう言うと視線を逸らした。


※―※―※


 その後。


「あんたも懲りないね」


 相変わらず、交渉のために家へと通って来るティーパに、呆れたようにケミーが呟いた。


 この頃には、包丁はもう持っていないのは勿論、玄関のドアも開けっ放しにして、更には、自分たちの事も、少しずつ話すようになっていた。


 それによると、どうやらケミーと二歳下――十四歳のリカは、数年前まで、ここから少し歩いた所にある、立派な家で、両親と共に暮らしていたらしい。


 だが、ある日。

 冒険者をしていた父親が、病気に臥せった。


 日を経ずして、母親も、同じ病に倒れた。

 

 更には、リカも発症した。

 

 病に侵された身体に鞭打って、両親は、様々な薬を取り寄せて、試した。

 また、冒険者ギルドに頼んで、この町で一番の僧侶を派遣してもらい、治癒魔法を掛けて貰った(怪我を治すのが回復魔法で、病気を治すのは治癒魔法だ)。


 しかし――


「そんな……!」

「くっ! 駄目か……」


 ――三人とも、病状は一向に良くならなかった。


 そして――


「いやああああああああああああああ!」

 

 ――両親は死んだ。


「ぐすっ……。ひっく……」


 悲しみに暮れるケミーだったが――


(リカだけは……!)


 ――歯を食い縛り、妹の命だけは、絶対に救うと決意した。


※―※―※


 伝染病を怖がる町の住人によって、両親と暮らした家を追い出され、この、北端の小屋に閉じ込められた後。


 ケミーは、両親が取り寄せた後、残っていた様々な薬を分析した。


 その結果――


「よしっ!」


 ――薬師くすしとしての才能があったらしい彼女は、自分でも薬を調合出来るようになっていった。


 色々な薬を、日夜調合し、作って、作って、作り続けて――


 ――ある日――

 

「やった……!」


 ――妹の病気の進行を、少しだけ遅らせる事が出来た。


 その後も、治療薬に改良を加え続けて――


 数年経った今でも、まだ、妹は何とか生き長らえている。


 ちなみに、そんなケミーは、そのまま薬師くすしを生業としているとの事だ。

 

 尚、ティーパたちが出会った不気味な老婆――スティナは、ケミーとリカが幼い頃によく遊んで貰った人物であり、生家の近所に住んでいるらしい。


 当時は朗らかな印象だったスティナだが、リカが伝染病に感染した後は、小屋に近付く者全てに、『近付くな。死ぬぞ』と警告しているとの事だった。


 嘗て懇意にしていた人物の変化を語るケミーは、切なそうな表情を浮かべていた。


※―※―※


 そして、ティーパたちによる最初の訪問から、一週間が経った、現在。


「妹に会わせてくれ」

「だから駄目だって言ってるだろ? 分かっておくれよ」


 最初と違い、辛そうに断るケミー。

 すると、この日、初めて――


「……お姉ちゃん……。……リカ……その人に……一回……会って……みるの……」

「!」


 ――家の中から、か細いが、確かに別の少女の声がした。


 慌てて家の中に入って行ったケミーが――


「本気かい? 相手は、『パンツ食わせろ』って言う変態だよ?」

「おい、聞こえてるぞ」


 ――発した言葉に、思わず突っ込むティーパ。


 戻って来たケミーは、顔を顰めながら告げる。


「リカが、あんたに会うと言っている。分かってると思うけど、あの子を傷付けるような事をしたら、ただじゃ置かないからね!」

「ああ、心得た」


 頷いたティーパは、脇にどいたケミーの前を通り過ぎ、家の中へと入って行った。


 薬の匂いが漂う、薄暗い家屋の中――

 どの部屋か――等と迷う事は無い。

 そもそも小さな建物であり、更に、開け放たれた左手の部屋のドアから、人の気配がする。


「入るぞ」


 一応プライバシーという概念を有していたのか、声を掛けた上で、ティーパが部屋の中に入ると――


「……あなたが……変態……パンツ男……なの……」


 ――ベッドに横たわっていた青髪セミロング少女――リカが、こちらを向いて――


「……はじめまして……なの……」


 ――両目・鼻・口・耳から絶え間無く血を流し続ける彼女が、真っ赤に染まった血塗れのベッドの上で、薄っすらと微笑んだ。

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