第三話
「今日は全然面白くないな。」
影山は誰の耳にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。
今日もオークションが行われており、最初の出品のプレゼンテーションが終わった。
影山の今日の仕事は、同じ部署の人間が主催を任された定期オークションのサポートだった。
最初の出品物はなんの変哲もない、ただの競馬依存症の自殺だった。
借金を返せなくなったギャンブル中毒者が、頭を下げて闇金から借りた10万円で、1番人気の馬から馬券を買って借金の返済に充てようとした話。
結果は大荒れ。
他にも何人か自殺者が出たのかもしれないが、この日がきっかけの自殺で出品されているのはこの出品物だけだった。
「自殺当事者の関係者であれば誰でも出品が可能とはいえ、あまりにありきたりすぎて反吐が出る。」
あまりのつまらなさに心の声が思わず漏れそうになった。
「こんなものは大物アーティストのオープニングアクトにもならない。不出来なリコーダーの演奏よりも価値が低い。」
そんなことを思いながら会場を見つめていた。
案の定、この商品に買い手はつかず価値無しで終了となった。
この他今日のオークションには十数点の出品物が並んだが、オークションは特に大きな盛り上がりも見せず、淡々と進んでいった。
欲望の亡者たちが1カ所に集まって、張り付けた笑顔の裏で肉に群がるハイエナのような卑しい目線を向けている場にしては、大草原のように静かなオークションとなった。
本日の最高額は365万円。
今月で最も売り上げが少ない一日となってしまった。
定期オークションへの準備不足を露呈してしまった今日の主催者は、オークション終了後に悲壮感を漂わせながらオフィスに戻っていった。
リーダーである森川はすぐさまフォローに入っていたが、今回のオークションはさすがに不出来だった。
森川のフォローも尻目に、オフィスの奥から出てきたその男は、本日の主催者を会議室へと誘った。
その男は、チューインガムおじさんという別名で社内ではもはや共通語にもなっている、林田健だった。
彼のねちねちした言い方でミスを責め続けられた人間は立ち直ることすら叶わないと言われるほど、彼の責任追及の仕方は執拗だった。
「今日の担当が自分じゃなくて本当によかった。」
影山は、今日が当番ではなかったことを心の底から安堵した。
「さてと、片づけますか。」
同じ部署の人間のミスを少しでも和らげるのがメンバーとしての役目と感じた影山は、残りの任務を片付け始めた。
「こんな日に残業をするととばっちりを食らいそうだ。」
そう感じた影山は、片付けが終わるや否やそそくさと帰宅の準備を始めた。
大事になる前に逃げろ、これが影山のポリシーの一つだった。
煌々と光る会議室を尻目に、影山はオフィスをあとにした。