第ニ話
自分の名前は、影山夜。
いかにも暗そうな名前だが、決してそんなことはない。
学生時代は、部活動の部長を任されていたし、大学ではサークルでそれなりに輪の中にいた。
太陽のように明るいかと言われると、それはそれで否定してしまうが、人並みの明るさとコミュニケーション能力は持ち合わせている。
就活でもこの持ち前のギャップを活かして、内定を3社もらっている。
自分で言うのもあれだが、なかなか優秀だと思う。
影山は今日も通勤のための電車に揺られながら、自身の長所を探していた。
電車の中は、淀んだ水たまりのような、陰湿は空気が流れていた。
まるで、人を轢いてしまった事故車両かと思ってしまうほど空気が重たく感じた。
ああ、そうか。
今日はまだ火曜日だよな。
まだまだこれから長い一週間を過ごす社会人にとっての火曜日は確かに苦痛であった。
そんな空気を楽しむかのように電車が鈍い音を出しながら、ダンスを踊っているかのように駅へと向かっているのだ。
そりゃ、重たい雰囲気にもなるよな。
影山はそう思いながら、終点の駅で電車を降りた。
地下から伸びる長いエスカレーターをのぼり、光が差し込む地上への出入り口を抜けるとすぐ目の前に見えるビルが影山の職場だった。
「さて、今日も頑張りますか。」
心の中でいつものお決まりとなっている言葉を唱えた影山は、その言葉に背中を押されながらビルに吸い込まれていった。
このビルは8階建てのビルで、3階と4階が影山が勤める会社のオフィスとなっている。
「おはようございます!」
入社3年目。
まだまだ若手の影山は、挨拶だけは誰よりも元気にすることを心がけていた。
「影山君、今日も元気だね。」
声をかけてきたのは、同じ部署の先輩の森川隼人だった。
森川は入社6年目で、部署のリーダーを任されている人物だ。
「森川さん、おはようございます。今日も絶好の仕事日和ですね。」
「どこが仕事日和なんだよ。こんな曇った日に仕事なんてしたくないわ。ただでさえ明るさのない仕事なのによ。」
森川にとって、曇りの日は一番気が乗らない日だった。
何事もはっきりさせたい性格の森川にとって、気持ちよく晴れているわけでもなく、容赦なく降っているわけでもない絶妙な天気が一番嫌いだった。
そのどっちつかずの偽善者のような天気を仕事日和と言ってしまえるくらいあっけらかんとしている影山のことを森川は気に入っていた。
影山も、上司としての森川の仕事ぶりや上司に対して言うべきことをちゃんと言うことができる姿を尊敬していた。
「どんな時もポジティブにいきましょう、森川さん。」
「お前みたいなポジティブなやつがなんでうちみたいな会社で働いているのかさっぱり分からん。」
森川はそう言い残して上の階へと消えていった。
森川にとって、影山のような存在は珍しいと捉えていた。
それこそ底なし沼にすすんで足を踏み入れそうとするゾウのように、職場の雰囲気すら変える存在だと感じていた。
だが、当の本人は全くそのようには捉えていなかった。
どちらかと言うと量産型寄りだがそれを頑なに否定する、世渡り上手な影山が選んだ仕事が、オークショニアだ。
何もかもが娯楽に変わる時代になった現代で、札束をちり紙として使えるほどの成功者が求める娯楽はとてもいびつで歪んでいる。
お金には人を惑わせる魔力がもとから備わっているのではないかと思うほど、成功者の考え方はひねくれている。
アイスクリームの渦巻よりも複雑にねじられた欲望を満たす、成功者が今一番求めているモノを扱っているのが影山の仕事だ。
彼はオークショニア。
自殺を専門に扱うスーサイドオークショニアだ。