9話 初デート(偽装)は二人乗りボート?
元カレにに似ているうえ、嫌いなゲームの苦手なキャラだったはずのエリゼオ王子と、なぜか同じボートの上で向き合っている。
緩やかな川の流れに、ふよふよと揺られている。
周りを見渡せば、ちらほら同じボートがあるが、乗っているのはカップルらしき男女ばかりだ。
たぶん私たちも、はたからみればその一部と思われているに違いない。
「こういったものには初めて乗ったけど、結構に心地いいものだね」
「私もです。でもすいません、オールを漕がせてしまって」
「そのことはいいよ。他のペアを見ていれば、男が漕ぐのが普通であることくらい分かるからね」
交わす会話も、恋人同士のそれであった。
作戦という意味では、まったく問題ない。
むしろ正解なのだけど、オールを漕ぐたびに彼の体がぐっとこちらに寄るのが、心臓に悪いったら。
その白銀の髪が揺れると柑橘系の香りまで漂ってきて、脳がくらりと揺れた。
その美しさは暴力だ。
好きとか嫌いとかの感情に関係なく、無差別に襲いかかってくる。
できる限り正面から彼を見ないようにと努めていたら、
「すまないね。こういったものに乗るのは初めてなもので、酔わせてしまったか?」
あらぬ誤解を生んでしまった。
そう思ってもらっていた方が楽なのだけど、彼が心配そうに眉を下げるのを見れば、嘘をつくのも憚られる。
「そうじゃなくて、えっと、思ったよりボートが小さかったので……」
「たしかに小さいな。それが故に新鮮でもあるけどね。僕がこれまで乗った中で、一番小さいかもしれない」
「えと、さすがは王子様ですね。いつもは護送船かなにかですか?」
「そうだね。船で移動するときは、いつも大船。それも仰々しいくらい警護がつく。広いのだけど、窮屈に感じることもあるね」
苦し紛れだった説明から、話が無事に転がりだしてホッと息をつく。
やっと余計な力が抜けて、自然と返事が浮かぶ。
「では今日抜け出してくるのも大変だったのでは?」
「いや、そうでもないさ。王城外にある図書館に篭るといえば、抜け出せる。
こんなところにいると気づかれたら叱られるだろうけど……好きな女性に会うためにはこれくらいやる。それが恋人というものじゃないかな」
少女漫画顔負けのキザな台詞に心の裾を揺すられかけたが、とどまった。
彼が言っているのはあくまで仮の関係のうえでの話だ。
その証拠に、問いかけてくる彼は茶会の場で見せていたのと同じ作り笑いをしている。
「別にいいですよ、私に気を使わなくても」
気づけば、もう口にしてしまっていた。
「密会している、という事実が大事なんです。形式だけで結構ですよ。私を「さん」付で呼ぶ必要もゼロです。たかが男爵令嬢です」
それに、モブだしね。婚約破棄されたて、捨てられ令嬢でもある。
「……はは、なかなか手厳しいな」
「逆ですよ、楽にしてください。要は私相手に好かれる必要はないってことです。無駄に疲れちゃうでしょう?」
余計なことを言ったかな、と後から思う。
が、それら全てが本音であった。
女性関係を強要され悩む彼に手を差し伸べるつもりが、私が足枷になったのでは無意味だ。
それに、私だって必要以上に絡むつもりはない。
オールを漕いでいたエリゼオの手が止まり、沈黙が数秒訪れる。
不思議と、すぐそこから鳴るはずの川音さえが遠くに聞こえた。
自分で作り出しておいてなにだが、気まずい。
シナリオライターだからって、自在に展開を操れるわけじゃない。
新たな話題を探るも、なにも言えずにいたときだ。
ガリッと、嫌な音が後ろから二人を裂いた。
「……え、今の音って」
振り返ってみれば、ボートが岸壁に衝突している。
しかも、川底の地形がいびつなのか、この辺りだけ妙な流れが発生しているのだ。
「……アニータさん。まずいかもしれない。全然戻れそうにないよ」
彼は必死にオールを漕ぐが、ボートはもう渦の中だ。
本来、ボートがこんなところに迷い込むとは想定していなかったのだろう。
緊急事態もいいところであった。
底の浅い川だ。
水の中に飛び込めば戻れるは戻れるが…………仮にも王子を乗せている。
難破は許されないし、救助を頼んで身バレするのも今はまだ避けたい。
「エリゼオ王子! オールを私にくださいっ!」
「……でも僕でも無理だったんだ。女の子の君がやってどうにかなるだろうかーー」
「してみせますよ」
「また自信がありそうだね? でも君も乗ったことがないんじゃ」
そう、アニータとしては。
でも、霧咲祥子としては何度か経験がある。
あの浮気元カレと行ったデートなのがムカつくけれど、しょうがない。
今は顔を思い出してしまった怒りすら力に変えて、私は受け取ったオールを必死で回転させる。
……存外に、あっさりと元の穏やかな流れへと戻ることができた。
つまり、どういうことだろう。
「もしかして、エリゼオ王子……」
「そうらしいね、僕の漕ぎ方がなってなかったみたいだ」
彼は口元を押さえるが、結局吹き出すようにして笑う。
ツボに入ったのか、ボードが揺れるくらい身体を震わせはじめた。
やっと、本当の意味での笑顔を見た気がした。微笑みの仮面ではなく、本当のエリゼオとして笑っている。
「ありがとう、助かったよ。えっと、アニータ。むしろ、どうしてこんなにうまいんだ?」
「えっ、えっと……よーく考えてみたら、昔乗ってたかもなぁと思いまして! ほら私、所詮男爵令嬢ですし? 庶民に混じって遊ぶこともあったようななかったような!」
「男爵令嬢だとしても、普通は女の子がオールを持たないよ」
右頬だけにできるえくぼが可愛らしい。
無理して繕った笑顔ではなく、今みたく自然と笑っていればいいのに。
そう思わされる笑顔だった。
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