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5話 私、モブキャラ令嬢なので



かくして茶会の場を逃れた私が、その足でやってきたのは王宮内にある庭園であった。


その花壇には、まるで春の訪れを祝うかのごとく真っ白なヒナギクがずらり居並ぶ。


特にあてはなかったし、来るつもりもなかった。


ただあんまり早く帰ったら、母にまた気を遣われてしまう。

そうならないため、街の散策でもしようかと思っていたのだが、あら不思議。


気づけば吸い寄せられていたのだ。


「……自然って癒されるかも」


私は、その真ん中にあった、たぶん大理石製の椅子に座って背中を少し丸める。



好意や敵意、嫉妬や怒り。

思惑ばかりが渦巻く茶会の空間に、知らずのうちに疲れが溜まっていたらしかった。


もしかすると転生してからたかが数時間ではあるが、その短い期間に、婚約破棄とイジメという、醜い仕打ちに晒され続けたのも一因なのかもしれない。


私はバニラみたいにほの甘い花の香りを堪能しつつ、背中を穏やかな日光で温める。


夢のある空間だった。

もしかすると、ディズニーランドより夢がある。


まるで、どこぞの貴族家のご令嬢になった気分…………って、そういえば、それそのものだった。


しっかり贅沢な時間を楽しむ。

現世での元カレのことや、婚約破棄のことを忘れて大きく深呼吸をした。


「我が手に水の加護を……!」


そののち、私が始めたのは使える魔法の確認だ。


このゲームの設定的には、15歳になれば貴族なら誰でも魔法がつかえるようになり、例外を除けば主な属性として、水、火、風、光、緑の5つがあるとされていた。


そして私つまりアニータは、水属性の魔力を持ち、精霊を一匹召喚できるらしい。



一応頭のメモリにはそうあるけれど、どの程度使えるかは実際試してみないことには分からない。



嫌々ながらとはいえ、それなりの時間、ゲームをプレイした身だ。それにアニータとしての記憶にもある。


勝手は分かっていたので、まずは両手を握り合わせる。

辺り一帯の空気が騒ぐように震えたと思ったら、どこからともなく現れて私の周りを包むのは水の輪だ。


日光を反射して、まるで天使の輪っかみたいに煌めいていた。


「す、すごい……! これが魔法!」


指先で操ることができるのは、基礎知識だ。


私は空中に星マークを描いてみたりと、しばらく魔法に夢中になる。



魔法世界のシナリオは何本も書いてきたし、構成もいくつも練ってきたが、使えたのはもちろん今が初めてだ。


子供の頃、お風呂場で何度も挑戦したあの魔法が本当に使えている。



庭に水をやってみたり、飲み水として手に掬ってみたり。

色々と試すうち、気分はさらに上向いてくる。


続けてもう一つの魔法の発動へと移った。


「契約の名の下に、いつ何時も我を見守りし眷属よ。し、主の求めに応じ馳せ参じたまえ!」


コテコテの詠唱が、現代で20代後半の女性の感覚からすると、こそばゆくて仕方ない。


震えながらの声にはなったが、うまくいったのだろうか。


私が不安で両手を結び、もう一度詠唱をと思っていたら、次第に足元が温くなってくる。


突然、ぱぁっと眩い光がさした。

思わず目を瞑って数秒後。ん? なんだか、わさわさした感覚が足首を撫でる。


ひうっと声を上げて飛び退いてみれば、


「アニー、我になにか用か?」


そこに丸まるのは、その状態でも私の下半身ほどはある立派な獣だ。


現代で言うなら、より毛のモサモサしたシベリアンハスキーといったところか。

耳はてろんと垂れ下がり、眠そうに細められているが、なかなか凛々しい顔つきだ。


彼はその大きな口をくわっと開く。

咆哮の一つでもするのかと思いきや、そのまま蹲った。

顔を腹に埋め、くぐもった声で言う。


「用がないのなら、我はまだ寝足りんのだが……構わないか?」

「あらま。そんな時に呼び出しちゃってごめんね」


「いいや構わない。このような花々に囲まれて寝るのもたまには悪くない」


名をフェン、という。


白狼の精霊獣さんだ。

アニータってば、モブキャラにしては恵まれている! こんなに大きいモフモフをいつでも召喚できるなんて。


そのフェンは、身体で唯一黒い鼻をすんすんと鳴らす。


「ところで、アニー。お主、なにか変わったか? 少し纏う匂いが違うような気がする」


さすがは精霊獣、主人の異変を鼻だけで見抜くとはなかなか鋭い。


自分の精霊にさっそく身バレ!? それはまずいし、正直に言ったところで信じてもらえようがない。私は、誤魔化しにかかる。


「ちょっとディエゴと別れることになってね。婚約破棄されたの。それだけよ」

「……それは本当か」

「本当よ。でも、このとおり全然へっちゃらだから気にしないで」


信じてもらうには少し不足しているだろうか。


拳を握って気丈をアピールしつつ冷や汗が首筋を垂れるが、それはほんの一間だけのことだった。


「まぁそれならばよい。アニーもここで寝ていくつもりなのだろう?」

「あらま、ばれてた?」

「ひだまりに照らされた花壇、芝生。それに香るミモザの甘い香り。このような場所は睡眠のためにあるものだ。

 あのような男がいなくなって我は清清としている。いつもより、質の高い眠りにつけそうだ」


目を一回たりとてまともに開けぬまま、フェンはまた地に伏せる。


そうして見ると、彼の雄大な背はまるでふかふかのベッドのように見えてきた。


吸い寄せられるようにして、彼の尻尾を枕に、胴体をお布団にして沈み込む。


とても幸せな温かさだった。

血の通った生きた温もりだ。クズ彼氏と別れて以来、失ったものだった。


こうしてゆっくりくるのも思えば久しぶりだな、なんて思考をゆらめかせていると、だんだん眠りに誘われ、まぶたが重くなる。


手先足先から力がゆっくりと抜けていく。



転生してきた時の絶望感、婚約破棄された時の戸惑いが嘘のような時間だった。



本当にモブキャラでよかった。

人間関係などの余計な設定がされていない分、私には自由が許されている。


出てくるキャラは嫌いだったけど、幸い世界観はオーソドックスな魔法世界みたいだしね?


ディエゴと主役勢に関わらなければ意外と楽しくやれるかも!


よし、もうこれからはこうしてひっそり生きていこう。



そう決めながら眠りに落ちたのだけど……


この時の私はまだ知らない。



よもやこの先にエリゼオ王子とお近づきになるシナリオが待ち受けているだなんて。






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