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38話 お嬢様なのよ!



その後、パーティー会場であるオースティン公爵家へは、エリゼオとは別々にむかった。


こうして当たり前に接しているとたまに忘れそうになるが、彼は一国の王子である。

オースティン公爵家からは、とびきり豪華かつ、大げさなくらいたくさんの護衛がついた馬車も用意されていた。


エリゼオは私に一緒に乗るよう勧めてくれたが、さすがに断った。

もし誰かに見つかったら、身分不相応だ、不敬罪だと叩かれること間違いなしだ。


堂々と、王子と同じ馬車に乗れる人なんて、その婚約者くらいだろう。


そのため、一人で、それも歩いてオースティン公爵家までやってきた。

慣れないヒールで少しばかり足が痛むが、それよりも。


「これはこれは伯爵殿。今度、遠方の街の領主も兼任なさると聞きましたよ」

「あなたの家こそ、ご商売が順調だと聞きます」


このパーティー会場の煌びやかさの方が、私的には問題であった。


服装だけならば、そん色はない。

周りを見渡せば、私と同じように煌びやかなドレスをまとった女性や、正装姿の男性がたくさんいる。


ただ、貧乏根性を持った私と、本当に裕福な上流階級の皆様とでは、根本的な部分が違った。


立食形式であるため、おのおのが自由に会話を楽しんでいるが、その輪に気軽に混じっていくことは到底できない。


まぁ、よく考えたらこうなるわよねぇ。そもそも、私だけぐっと身分の低い男爵令嬢であるから、ろくに知り合いもいないのだ。


ラーラは主役であるから、挨拶回りに忙しそうだし、エリゼオの方はたくさんの令嬢から声をかけられていた。

さすがは、未婚である最後の王子だ。


私とニセの恋人を演じたシナリオにより、その人気ぶりは多少落ち着いたようには見えるが、今なお健在らしい。


「場違いすぎないかしら、私」


パーティー会場のはしっこ、バイキングで取ってきた料理を少しだけ食べて、私は思わず独り言ちる。


口にしたのは、イノタンのとろーりホワイトソースがけ。たしかに美味しいのだけど、いかんせんパンチが足りない。

高貴な人向けの落ち着いた味付けだった。



うーん、もうこうなったら別の楽しみを見出すほかない。

私は常時必携しているメモを手提げの小さな鞄から取り出して、ペンを手にする。


(公爵家のパーティーに参加するなんてめったにないものね!)


もはや今繰り広げられている光景のすべてが、いい勉強になると思ったのだ。

パーティーに行くシーンは『黒の少女と白王子』のみならず、この手の乙女ゲームにおいては必須となるシーンだ。


プレイしていても、なんとなく雰囲気は分かるが、それが目の前にあるのだから垂涎ものだ。


貴族のご令嬢、ご令息たちの召している衣装、料理の配置、会場の装飾、各貴族たちの使用人の動き方などなど……。


私は必死になって、目を凝らす。


「あなたは、またそのようなことを……」


そうしていると、ぶっきらぼうな呆れ声が聞えてきた。私は、はたと一瞬手を止める。


しかし、すぐに再び動かしながら返事をした。


声をかけてきたのは、エリゼオ王子付きの執事、ヴィオラ。

その冷ややかな眼光や物言いからして、まったく人間味がないようにすら思える彼だが…………意外や、ごくごく普通のちょっとばかり真面目が過ぎる人である。


そんな彼の一面を、なんの因果か私は知っていた。

だから必要以上に怖がったり、かしこまったりはしない。


「ヴィオラさん、エリゼオ王子についていなくてもよいのですか?」


目をメモに落としながらにして、私は言う。


「今日はこうしたイベントごとですから、他の執事もついております」

「なるほど……。そうしてみると、ほとんどの人が使用人を連れてるのですね」

「ええ、あなたくらいのものですよ。そのような恰好で、よく一人で歩いて来たものですね」

「……やっぱり変だったかしら」


まあ、そんな気がしないでもなかったのよね、正直。


ただ、デムーロ家の使用人たちを連れてきたところで、たぶん結局は浮いてしまう。なにせ、執事やメイドだって、貴族家の権力をしめす一つのパラメータ。



中には、貴族家の者かと見間違えるほど、しっかりとした正装をしている者もおり、品位が数段違った。


それこそ、ヴィオラだってそう。その執事服は、かなり仕立てがいい。


「でもまあ。あいにく、ヴィオラさんほどよくできた執事はいないんですよ、デムーロ家には。仕方ありませんね」

「そのようなこともあろうかと私はここに来たのでございます」

「えっと、つまり?」

「エリゼオ王子が、アニータ・デムーロ男爵令嬢、あなたがお一人になられていることを大変気にされていました。王子からの命でございます。今日一日、私をあなたの執事と思って、使っていただきたい」


ヴィオラは片膝をつき、頭を下げる。

私はと言えば、いまだにたくさんの人たちに囲まれて苦笑いを見せるエリゼオへと目をやった。


ふと、視線が重なる。片目がつむられて、合図が出される。


あんな状況でありながら、彼は私の状況を気にしてくれていたらしい。


……なんだ、本当におかしいぞ? 仮にも嫌いなキャラだったはずのエリゼオの行動がどんどん、好みにぴしゃりとはまるものになっている気がする。


顔が熱くなっていくのを感じていると、ヴィオラは言う。


「事情はお判りいただけたようですね、お嬢様」


う、うわあ、お嬢様だって。

普段とは大きく違う呼び方に私は違和感を覚えるとともに、こみあげてきた笑いをこらえきれない。


「いつも通りにしててくださいな。言ったでしょう? もうヴィオラさんがどんな人かはわかっちゃいましたから」

「いえ、そういうわけにはまいりません、お嬢様」

「そのお嬢様が、いつも通りにしてください、って言っているのに?」

「これがいつもどおりでございます、お嬢様。ご命令があれば、なんなりと」


うん、ヴィオラはあくまで、態度を変えるつもりらしい。

こんなトンチの掛け合いみたいな問答を私たちがしていると、ちょうどその時間は回ってきた。


「あ、エリゼオとラーラがお話するみたい!」

「そのようですね、お嬢様」

「あ、思い付きました。ヴィオラさん、お二人の会話が聞きたいです。うまいこと裏手に陣取れませんかね!」

「……それがご命令、と?」

「あら、だめかしら。今の私は『お嬢様』なのよ」


お嬢様、という言葉を逆手にとって、私はこう返事する。

しばらくは眉間にしわを寄せていたヴィオラだったが、


「お嬢様の仰せのままにしましょう」


と言って、協力をしてくれることとなった。


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