3話 クズに婚約破棄されるにはもったいない
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さてはて婚約者、いや元婚約者ディエゴが去ってから。
私は、とぼとぼと鏡の前まで歩いて行った。蔦紋様があしらわれた立派そうな姿見に自分の体を写して呟く。
「………もったいない」
男爵令嬢とはいえさすがは貴族。
仕事に追われて目の下にクマを作るようなOLとは大違いだ。
ショートに切り揃えた薄い水色の髪はお淑やかさな印象を作り出しているし、鼻筋も綺麗に通っている。
身体は全体的にほっそりして胸元はすとんと軽いが、それでも決してみすぼらしくはない。
あんな何処の馬の骨ともしれない男に婚約破棄されるなんて、普通じゃ考えられない。
時間を巻き戻せたなら、先手を打ってこちらから振ってやりたいくらいである。
そんなわけで私がしばらく鏡とじろじろ向かい合っていると、
「…………アニータ」
そこへ一人の女性が沈痛な面持ちで入ってきた。
年の頃は50代ほど。
私と同じ水色の髪を後ろで一つ括りにまとめ、全体的にゆとりある服を着た女性だ。
その眉間に深い皺が走る。
ゲームには出てこなかったが、なぜかこの人が母親だと分かったのは、私がアニータそのものになっていたからだろう。
「…………お母さま」
アニータが母のことをどう呼んでいたのか。
そんな設定があるわけもなかったが、自然と呼び名が口をつく。
眠っていた記憶が自然とそうさせたらしかった。
「ディエゴ様から、話は聞きましたよ。離縁状もこの通り。…………アニータ」
「私のことなら気になさらないで。それと、せっかくの縁談を無駄にしてしまい、申し訳ありません」
話し言葉もすらすらと出てくる。
無事に違和感は持たれなかったようだが……
「ごめんねアニータ。うちの家がよわいばっかりに」
予期せず、抱きしめられるのだから面食らった。
この慈しむような反応を見るに、母もディエゴの悪辣ぶりは承知していたらしい。
だが、見過ごさざるを得なかったのだろう。
「デムーロ家はお父様が騎士として出稼ぎに行って、うちではショップ経営もしてやっと貴族クラスのお金を稼いでいるんです。
ディエゴの家に劣るくらい、それくらい分かっていますよ」
「こんな時にまで強がらなくてもいいんですよ、アニータ。別に泣いたっていいんですよ?」
「泣きませんよ、泣きませんったら」
とはいえ、母の愛は強く締められる腕からしっかりと伝わってきた。
それが記憶と共鳴して、うっかりうるっと涙腺が緩む。
しかし、それを目の淵で堪えた私は、母の背をとんとんと2回叩いた。
「もう済んだことです、私は気にしてませんから。それより、今日はエリゼオ王子の定例お茶会に行かなきゃいけない日でした。
気を取り直して、参加してきますわね」
私は努めて、笑顔を作ってみせる。
「……アニータ、本当に大丈夫なの? 落ち込んでないの?」
「えぇ、大丈夫です。ずっと気が滅入っていたままいるのも損でしょう?」
「まぁそうですけど………」
「茶会の場の楽しい空気で気持ちを切り替えてきますわ」
そう、ちょうど参加希望を出して、招待状を受け取っていたのだ。
正確には、そんな記憶がある。
元はと言えば、アニータはディエゴの気を引くために、王子主催のお茶会に参加希望を出していた。
もう行く意味がないと言われれば、そうなのだけど……
ゲーム内でアニータが出てくる貴重なワンシーンは、そのお茶会でのことかもしれないと考えれば、そうはいかない。
いくらモブとはいえ、ゲーム内での時間軸がどのあたりか、念のため確かめておくのは、必要なことだろう。
今後の行動方針にも関わってくる。
「本当に? 傷心なら行かなくてもいいのよ? 他にも令嬢さんはたくさん行かれるだろうし、別にあなたが……」
「行く、行きますったら!」
過度に心配する母に、私の心は平気そのものとアピールするためにも、と私はその場で部屋着の帯をほどき放ち、いそいそと着替えをはじめる。
親の前とはいえ、妙齢の女性がなんてはしたない!
母にそう小言を漏らされ、独身女の感性と貴族の価値観の差を痛感した。
アニータとして身に着けてきた知識はあれど、中身は20代後半、独身一人ぐらしの、しがないシナリオライターなのだ。
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