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16話 ターニングポイント



こうして騒がしい日々を過ごすうち、期は熟してきていた。


エリゼオ王子曰く、


「頻度が多すぎたのかもしれないな。最近は図書館へ出かけると言っても、なかなか信じてくれなくなったよ。撒くのも一苦労だ」


とのこと。

周りが異変に気づき出したのならば、次のステップへと進むときだ。


「……本当にそこまでやるのか?」


彼はこう不安げにしていたが、それはいつものことである。


「ここではある種の思い切りがいるんですよ」


気にしないこととして私はそのまま決行することと決めた。

エックスデーは、定期開催のお茶会当日だ。



私は例のごとく茶会の席から抜け出し、外れにある庭園の中にいた。


初めて訪れてから、約ひと月。

庭を彩る花々は、すっかりと植え替えられていた。


さすがは王家の庭である。季節感にも敏感だ。


赤の斑点模様が鮮やかなヒナゲシ、陽の光を浴びて真っ黄色なエニシダ。そのコントラストには目を引かれざるをえない。


季節がわりのほどよく蒸れた空気も気持ちよかった。

こんな日に、フェンの身体にもたれていると眠くなってもよさそうなところだけど、目を瞑っても、まどろみはやってこない。


「アニータよ、今日はなんだか落ち着かない様子であるな。それに、その真っ黒のドレスはどうしたのだ」

「ふふ。まぁねぇ、今日は特別だから。賭けみたいなところもあるから私も緊張してるみたい」

「賭け、緊張とな。うむ、我にはまった無縁のものだな」


早々に興味をなくしその場でもぞもぞ丸まるフェンは、今日もゆったりまったりだ。


精霊獣の性格は、召喚者と契約して以降の扱いで大きく変わる。

たとえば、魔物狩りなど戦闘に多く連れていけば荒々しくなり、荷物の運搬などに使えば律儀で逞しくなる。


フェンの性格がこうなのは、癒しのために召喚されることが多かったからだろう。


でも、彼とて一応は精霊獣。こんな調子で非常時に戦えたりするのかしら。

彼のなかなか手櫛の通らない毛並みをがしがし撫でながらそんなことに考え耽っていたら、


「やぁ、どうにか抜け出してきたよ」


いつのまにか真上に細い銀髪が揺れていた。


彼は腰をかがめて、私を覗き込む。

少し息が切れているあたり、かなり急いでやってきたようだ。


「お待ちしてましたよ、エリゼオさま。じゃあ始めましょうか」


私は身体を起こす。じゃあねとフェンに別れを告げて、その召喚を解いた。


さて、気を抜いてばかりもいられない。


今から発生させるイベントは、今回のシナリオの起承転結でいうならば、承と転の間だ。

いわゆるターニングポイントである。


ここで転けるようでは、後が思いやられる。


私は立ち上がりながら、そばに置いていた黒のハットを被った。

さながら黒のウエディングハットだ。

アゲハ蝶じみたひらひらのレースがいくつもつけられていて、視界を遮られる。


それを正面から見ると――


「うん、こうして見ると顔も分からないね。きちんと要望通りに作れたみたいでよかったよ」

「ふふ、ありがとうございます。似合っておりますか?」

「似合うもなにも、顔が見えぬものだ。褒めていいのだか分からないよ」


少しからかってみたが、あくまで冗談である。


これはエリゼオ王子に頼んで用意してもらっていた特注品だ。

ちなみにこのシックすぎるドレスもまた、彼に準備してくれるよう頼んでいた。


すべては、この日の作戦がためである。


「こっちに行ったんじゃないかしら! ああぁん、エリゼオ王子! お茶会の時くらいもっとお話をしましょうよ」

「ちょっと、あなたどきなさい。たかが伯爵令嬢の分際でこのあたしのエリゼオ様に声かけようなんて、ちゃんちゃらおかしいわ! あたしは公爵令嬢さま、ジュリアさまよっ!」


思ったより早く、時が満ちたらしい。


姦しい、という字を体現するかのごとく、女性たちの声が庭へと接近してくる。


ピンチ、なのだけど狙いどおりだ。これを待っていたのである。

私たちは急き立てられるようにして、本日の演技へと入っていく。


「あぁ、エリゼオさまったら。きっと、あたしと二人きりで話すためにこんな離れにきたに違いありませんわね! おーほっほほほほ!!」


いの一番に飛び込んできたのは、憎きジュリアだ。


眉の間に常に皺を作り困ったように見せる顔も、そのくるくる赤色ヘアも、元彼の浮気相手そっくり。

見るたび、イラァっと皮膚が泡立つが、我慢我慢。


今日の私は、年齢も身元もなにもかもが不詳、ただ妖艶なレディ役なのだ。


「あぁん、いたわ! エリゼオさま、あたしがこの身体であなたに幸せな午後のひと時をーー」


目をハートにして、飛びかからん勢いで駆けてきたジュリアが目を見開いてぴたり止まる。


崩れるようにその膝が落ちた。真紅のドレスが、芝生の上へと広がる。


彼女の視線の先、私たちはベンチに二人座り身を寄せ合っていた。

ハットの下、軽くチークキスを交わす、そんなフリをする。


正直、間近に美しいを煮詰めたような顔が近づくのだ。どきりとしないわけがない。

が、そう、今はあくまでシナリオ進行の途中だ。


渾身の演技に、ジュリアはそれを信じ込んだらしい。


やがてその場で頭を抱え、「あぁ、なんてこと、あぁ……」と悶えだした。


「やぁジュリア。す、すまないね、僕は彼女と過ごす時間があるんだ。残念だけど、お話はまた今度にしてくれるかな」


そこで噛むかぁ、とは思うが、エリゼオにしては頑張った方だ。


これが、今日の服装をした所以だ。


この黒装束ならば、明らかになる事実は、エリゼオに親密な女性がいること。

ただそれだけで終わる。私の身がバレることはない。


なにせ唯一彼女に見えているのは、私の口元だけ。

たっぷり赤を塗った唇の端を私はあえてゆっくり吊りあげた。


「え、……エリゼオさま。そ、そいつは!? 誰よ、泥棒猫! ふざけてるのっ!?」


騒ぐジュリアの後ろ、幾人もの令嬢が次々やってきてはそこで足を止める。


まるで結界でも張られているかのごとく、そこからは近づいてはこない。


「悪いな、ジュリア。僕はこの人と過ごす時間を邪魔されたくないんだ。早く出ていってくれないかな」


「う、嘘………」

「こんなところで、人を騙すような嘘はつかないさ。僕はもうこの人以外は考えられない」


だんだん、エリゼオの演技にも熱がこもってきた。

あらかじめ事情を聞かず、甘いロートーンボイスでこんなことを囁かれれば、信じてしまうに違いない。


「悪いけど、帰ってくれるかな。みんなも。僕達の時間を邪魔しないでくれ」


ここで私は、おもむろに携えていた弁当箱を取り出す。

一応、お手製だ。彼がやたらと私の料理を気に入っていたので、それを小道具として使うことにしたのだ。


高校生くらいの熱々すぎるカップルのイメージで、私は彼の口にアスパラガスのイノタン巻きを運んでやる。


「今日も美味しいよ」

「そう、ありがとう。あなたの好みは、私しか分からないですから」


まるで二人の世界にいるかのごとく。

べたべたとしながら(あくまで演技です)、私は彼にいわゆる『あーん』を繰り返す。


「こ、こんなの嫌よぉおぉ!!!!」


ジュリアの悲鳴が鳴り渡ったが、知ったことか。


アニータは、彼女に虐められてきた身。

私は私で、あんな感じの女に男を寝取られた身。


趣味悪いなぁ、なんて自分では思うものの、ちょっと心はすっきりと透いた。



うん、このターニングポイント無事に大成功と言っていいんじゃないかしら!




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