15話 シナリオノート、見られる。
それからも、私たちは順当に頻度を上げていきながら、偽物の逢瀬を重ねた。
ある時は山へハイキング、またある時は海で夕日が沈むのを眺めたり、やっぱり家に招いて食事をしたり。
そんな日々だったから、ばれるのは時間の問題であった。
「アニータ、いつも携えているそれはなんなんだい?」
「……うぇ、えっと」
「ああ、いや、答えにくいのならば構わないが」
エリゼオは軽い愛想笑いとともに言う。
けれど、ずっと気にしていたのはその素振りから分かっていた。
ちらちらと、ノートに視線が注がれているのは私も感じていたのだ。
単なるメモ帳、つまらない日記だと言ったところで、そんな主張が通るとは思えなかった。
それに今後、エリゼオの前で堂々とノートを開けるメリットを思えば、いっそカミングアウトした方がいいとも思えた。
「えと、実はちょっとした物語を書いているのです。本当、大したものではありませんよ」
「ほう、物語か。面白そうだ。もしよかったら、なにか見せてはくれないかな」
「いやいや、たぶん合わないと思いますけど……」
「そんなものは読んでみないと分からないだろう? それに、昔から物語は好きなんだよ」
にこにことした笑顔の中に、期待をにじませながらそう言われたら、断ることもできない。
私はノートをぺらぺらとめくり、無難なストーリーを探す。
このノートは雑多なメモも兼ねているため、箇所によっては人様にさらすには恥ずかしすぎるものもある。
結果、見せたのは超無難なストーリーだ。
勝気なことから周囲には「粗暴だ」とか揶揄されているヒロインが実は聖女様であり、イケメンたちをことごとく惚れさせていくお話である。
テンプレートだが、それこそがこの手のお話の良さだ。
お手軽に楽な気持ちで、楽しく読みことができる。
とはいえ、内容は思いっきり女性向け。
男性向けみたいに、格好よくて胸が熱くなる英雄譚の方が気に入るかもしれない……なんて思いはしたのだが、
「すごいな、アニータ。すまない、ついつい読みふけってしまったよ」
むしろ、大好評。こう言いながらにして、次々にページをめくってくれるほど、はまってくれていた。
「お世辞でも嬉しいお言葉ですわ。ありがとうございます。でも、男の人でも楽しめます?」
「十分にね。なんなら、これまで読んだどんな話より面白い……。とくに、この主人公には憧れるよ。僕にはできないような大胆なことを次々にやってくれるんだから」
最高の感想だった。元シナリオライターとして、かなり胸に刺さる。じゅわじゅわと喜びがこみ上げてくる。
こうした男性のたくさん出てくる作品において、主人公を気に入ってもらうというのは至難の業なのだ。そして一方で、大人気作品となるには必須要素でもある。
ついつい興奮してしまい、
「それはよかったです! 最初は少し迷ったんですけどね。やっぱりストーリー展開に勢いを出すためにも、振り切ったキャラがいいかな、と思いまして!」
余計なことを饒舌に語りだしてしまう。
が、エリゼオはそれに対して薄い反応だ。
なぜかといえば、物語の方に夢中になっているらしかった。私はほっこりして、その場で見守る。
「アニータ。これは……なんだろう、メモ書きか?」
だから、私はうっかり油断していた。
いつのまにか、シナリオを書き連ねていたページが終わり、暗黒のメモページに突入していたのだ。
その場で思いついたような妄想レベルの話から、些細なことまで。そこに綴られているものは、ある意味では個人情報よりパーソナルだ。
免許証を落とすより、よっぽど恐ろしい。
私は、それを焦って奪い返す。
どうか、変なメモを見られていませんように……!
私が強く祈っていると、エリゼオはしばらくしてから口に手を当てて言う。
「ボートに乗ってのデート、少し蒸れた髪の匂い、疑似的な二人だけの空間、心のときめき度◎……というメモがあったが」
「あっやば……」
もっと、社会的に見られるとまずいメモが無事だったことはラッキーだった。
が、ピンポイントでエリゼオに関係のあるメモを見られてしまったらしい。
「それはその、これまでボートに乗る機会などあまりなかったものですから。創作の参考になるかなあと思いまして、メモをしていただけです。決して、本当にときめくなんて失礼なことはしていませんわよ、えぇ」
本当を言えば、多少どきりともしたけれど、私はそれを隠して言い訳をする。
妄想のすぎる痛い女だと思われても仕方がない状況だった。
あくまで疑似的なデートにも関わらず、それを本気にしている夢女。
ドン引きされても文句は言えない。
少なくとも今回の疑似カップルを続けていく以上、それは致命的な印象だ。
今後、ぎくしゃくした関係になってしまう可能性だって十分に考えられた。
「…………そう、か」
が。
エリゼオの反応は、まったく思っていたものとは違った。
彼は口元を押さえると、顔を横に振りそむけ、それきり黙り込む。なにかと思うのだが、その白い肌が赤らんでいたので分かってしまった。
どうやら照れているらしい。
いつも彼が周りに向けているような愛想だけの反応ではなく、自然と出てしまった反応であることは明白だ。
そんな表情を向けられたら、こちらまでもが恥ずかしくなってくる。
「えと、あくまで恋人だったらという仮定があっての話ですから」
「そ、そうか。うん、そうだよな。分かっているさ」
だんだん顔が熱くなってきたので、私は都合のいい言い訳を繰り出すことで、どうにかその場を収めたのであった。
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