14話 王子の宣伝でお店の売上が急増?
エリゼオの優しげな、それでいて力強い声がカウンター付近に響く。
それがあまりに響くので、はっとした私は慌てて立ち上がった。
店内をぐるりと巡回してみれば、いつの間にかだれもいなくなっている。
屋敷の一角を改装したことにより、民家を二つ繋げた程度の広さがあるから、なんとも物悲しい。
閑古鳥が鳴くとは、きっとこういうことだ。
とくに成果なく再びお会計台まで戻ってきて、私はため息をつく。
「お客さまたちを驚かせてしまったみたいだね」
椅子を引いてくれながら、エリゼオは眉を落とした。
あまりの人のいなさに、警戒心ゼロ。
変装用のハットまで外している彼は、ちょっとお化粧を施しただけの王子そのままだ。
「ちょっと気を抜きすぎですよ」
「いいや、そういうことじゃない。ひとつ、いい策を思いついてね。うまくいけば、きっと一気に人が入ってくるよ」
「それ、失敗したら……?」
「僕がどこでなにをしていたかバレるかもしれない」
なんとなく、やりたいことは分かった。
シナリオ進行が万が一にでも止まる可能性を考慮して止めるべきか、店の売上アップを考えて認めるか。
少し間悩んでいると、ちらつくのはまるで絵に描いたみたいなにこにこ顔だ。
「……えっと、なんですかその顔は」
作り笑いでも、この間見た自然な笑みでもない。
少なくとも、そのような印象を受ける。笑いを堪える様に、唇を引き結んでいるのだ。
エリゼオは、常に気持ちちょっと口角が上向いている。
よく注視しなければ、その違いは分からない。
「僕の悩んでいる顔を見られることはあったけど、君のものを見ることはほとんどなかったからね。珍しいと思ったんだ」
今回のそれは、お戯れ用の笑みらしかった。
不覚にも、どきりとさせられる。こういった悪戯を仕掛けてくるタイプは、個人的に好きなキャラ上位に入ってくるのだ。
彼にこんな側面があったとはつゆ思わなかった。
「で、どうする?」
「……私ごときを揶揄う暇があるなら、ばれずに宣伝してきてくださいな」
「ふふ、たしかにおおせつかったよ。君には世話になりすぎている。その少しをここで返すとするよ」
エリゼオはそう残すと、店の裏口から外へと出ていく。
お願いしたはいいけれど、どーんと構えて待てるかと言えば、怪しい。
私は店の入り口付近まで様子を伺いにいく。
外出ししている商品棚の影から覗いてみれば、もう人だかりができていた。
「もしかして、あれってエリゼオ王子!?」
「私、ずっと会いたかったんです!」
「王子かぁ、俺も見てみたいなぁ。なにをしてるんだ、こんなところで」
その輪は、みるみるうちに膨れていく。
エリゼオはその中心で笑顔を見せていたが、あれは確実に作り笑いだ。本人は100%綻びがないつもりだろうが、無理をしていることは少し痙攣する頬で分かる。
あぁ、あぁ、あの勢いじゃ、あそこで石像になってしまいそうだ。
でも出ていってもどうにもできないし、と焦ったく影から視線を送っていたら、ふと目が合った。
彼の口元に刻まれていた笑い皺が少し緩む。
雲から太陽がほんのり顔を覗かせたみたいに、空気が温かくなった。
そんな気にさせる笑みだ。
「ここのアイテムショップで少し買い物をしていたんだ。いいものが揃っているからね。ちょうど今日も、ブレスレットをキープしてきたよ」
脈々と言葉が紡がれる。
やればできるじゃない!
なんて母親なんだか姉なんだかの視点で思って、私はぐっと拳を握る。
「じゃあ、私も寄っていこうかなぁ……」
「ちょっと、あたいが先だよっ!」
そんな私の横を、たくさんのお客さんが我先にと通り過ぎ、入店してくれる。
さながらアイドルがインスタで宣伝した店が爆売れするあの現象だ。
私は慌ててお会計台まで戻る。果たしてそこには、再び変装を終えたエリゼオが澄まし顔で座っていた。
「……早すぎる。どうして?」
「僕の魔法は、風属性なんだよ。おかげさまで、図書館からだってあっさり抜け出せているわけさ。これで、少しは恩を返せたかな?」
想像のはるか上である。元の期待値の低さに関係なく、十分すぎる結果である。
私は、短く何度もこくこくと頷いた。
「なんてね。君が見ていてくれなければ、あのまま固まってたかもしれないよ」
格好つけてもいい場面なのに、彼は場を茶化すようにふっと鼻を鳴らす。
「さ、お客さんの相手をしようか。これから忙しくなるよ」
「はいっ」
臨時勤務のヘルプにしては、集客力の高すぎる店員さんであった。
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