1話 転生したらいじめられキャラのモブだったし、婚約破棄された。
10万字以上、書き溜めがあります。
本日からよろしくお願いいたします。
「残念だが、婚約破棄させてくれ。アニータ」
それは、実に唐突で一方的な宣告だった。
穏やかだったはずの昼下がり。
婚約者ディエゴ・オルシーが突然私の部屋を訪れたかと思えば、これだ。
目を見開いたまま物を言えなくなる私を、彼はハンッと鼻で笑う。
そこに、配慮のようなものは一つも感じられない。短髪で常に機嫌悪そうにシワの寄った顔が、頭ひとつ分ほど上で意地汚い笑みを作っていた。
「理由は分かるよな……?」
「……………いえ」
「バカめ。お前みたいな存在感の薄い居てもいなくても同じような女は俺の女にふさわしくない。ただでさえ、お荷物だったんだ。
そのうえ王子にうつつを抜かすなんて、最低極まりない。だから婚約破棄しようというのだ!」
「それは、誤解です。私はディエゴ様の気を引こうとーー」
「言い訳はきかねぇ!! それに、もう決めたんだ。お前を切り捨てるってね。
もちろん、両親の許可だって取ったぜ?」
ほら、と突きつけられた書面は、離縁状の写しだった。
判をつかれたそれをいざ目の当たりにすると、唾を飲まされる。
が、私は素直にそれを受け取った。
わざわざ反抗してまでこの婚約を続けたいかといえば、そこまでする義理もないというのが本音だったからだ。
彼とはずっとこんな関係だった。
両親が婚約を取ってきてくれたはいいものの、私を人とも思っていないのか。
まともに取り合ってくれたことはない。
プレゼントにいい服を仕立ててみたり、彼に好かれるよう話題を合わせに行ったり、努力はしたが無駄だった。
そして、あるとき陰から聞いてしまったのだ。
「アニータ? あぁ、あれ。あれは持ち物みたいなものだよ。そうだな、せいぜいがハンカチーフと同じだな。使わなかったらポケットに入れたまま存在を忘れてしまう。ハンッ、おもしれぇだろ?
まぁあんなんでも、家に大目玉を食らわずに遊び回るためには、ちょうどいいお飾りってわけよ」
なんて、心があるとは思えない言葉を。
完全に、利用されていただけだったのだ。
悔しかったし、悲しかった。泣いて夜を明かした。そんな記憶も残っている。
そんななか、どうにか立ち直って始めたのは、ディエゴの気をひこうとしてのいじましい作戦だ。
その一つとして、今をときめく第五王子・エリゼオの主催する茶会に何度も参加した。
要は、そうしてほかの男の人へ近づくことにより、ディエゴにやきもちを妬かせようとしたのだ。
しかし、結果としてそれは裏目に出ることとなる。
冷静に考えれば当たり前だが、その時は目の前のことに精一杯だったのだろう。気づくことができなかった。
彼にとって私はあくまで荷物の一部。
勝手な行動をされたことが、癪に触ったのだろう。
そして、このありさまだ。
そんな事の顛末が、頭の中にはたしかにある。
他人事のようでいて、自分事のような妙な感覚。
アニータ・デムーロ男爵令嬢としての記憶が私の中にはちゃんと眠っていた。
そう、何を隠そう。
私はさっきがたこの世界『黒の少女と白王子』に転生してきたばかりなのだ。
ただのモブキャラ男爵令嬢、アニータ・デムーロとして。
だから、こんな男にとくな執着もない。
むしろ記憶を辿れば辿るほど、ただ単に腹が立つ。
煮えくりかえるような怒りではないが、その分簡単には晴れそうもない。
だが、私はそれを押し殺した。
ディエゴは子爵令息で、アニータは男爵令嬢。楯突いたところで、待つのは不利な結果だけだ。
しかも、『アニータが王子にうつつを抜かしていた』という大義名分まで彼は握っているのだ。
「あとの手続きはこちらでさせてもらう。金輪際、俺に関わるなよ」
最後にぺっと床に唾まで吐き捨てて、ディエゴは部屋を出ていく。
私は追うこともなく、唾がカーペットに染みて濃くなっていくのを見送る。
こうして、ひとくさりのやりとりが終わりになった。
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