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天国事変―仮面をつけた人殺したちへ―  作者: 戸十師 踊平
第一章   『よろしくついでに赤が飛ぶ』
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第五話   『レベットレベット』

 

「鬼は外! 福は内!」


 ボロボロのアパートで、なんとも微笑ましく親子が豆まきに興じている。

 母親は鬼のお面を被り、おおよそ十歳にも満たなそうな幼い息子は掛け声に合わせ豆をまく。

 玄関先からパラパラと白い豆は、まるで雪のように、溶け残った積雪の上を舞う。


「鬼は外! 福は内!」


 大豆から身を守ろうと鬼はそそくさと家から出ていった。

 人を食うとも言われている鬼が、いくら邪気を払うと言われているとはいえ大豆ごときで一体どうして逃げていくのか、いささか不思議で仕方がない。

 まあしかし、インドのジャンケンでアリがゾウに勝る様に、案外強大な力を持つ者というのは普通は脅威とも思わないものを恐れているのかもしれない。

 と、


「う……うう……うあああ!」


 少年もまた何かを恐れていた。

 鬼は視界から消えたというのに、一体何が少年を悲しませているのか。


「キセツ、どうしたの?」


 母親はプラスチック製の鬼の仮面を外し、不思議そうな顔をしてキセツの前へと表れた。


「お、お母さんが……居なく、居なくなってえええ」


「ほらほら、泣かないのお。お母さん居るから」


 半べそのキセツの頭をなでながら、慰める。

 するとキセツは母親の服の裾を掴みながら答えるのだった。


「だって……鬼は外に行っちゃって……」


「あー……」


 何かを察した様子の母親は押し入れの奥から何かを取り出した。

 おかめの面。よく見れば、小さな傷やシミが目立つん何とも年季の入った代物だ。

 母親はそれを被り、


「これは、福の面だから。お母さんは(うち)にいるね!」


「居る? お母さん居る?」


「うん、ずーっと居るよ! ほらキセツ!」


 そう言って母さんは俺と一緒に、居もしない鬼に向けて豆をまいたのだ。


 ――あ、母さんはずっといるんだ。ずーっと居てくれるんだ。ずーっと、母さん。母さん母さん母さ――、


 病室のベットの上。母さんは横たわり、その顔には白い布がかぶせられている。

 母さんはピクリとも動かない。

 どうしてだろうか。

 母さんはずーっと居てくれるはずなのに……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「母さ――グベッ!」


 腹の下に繰り出された凶悪な一撃がキセツを夢の海から引っ張り上げた。

 ソファーの上でパンツ一枚に剥かれたキセツは毛布をかぶり悶絶する。

 その傍らで見下ろしているのはあの金髪の女だ。相も変わらず黒いマスクをつけている。


「おい、起きろ」


「って……お前かよ。ここは?」


 見渡すと壁に沿って立ち並ぶロッカー、パイプ椅子に段ボール。さながらコンビニの休憩室といった場所であった。

 ブラインドの隙間からこぼれる朝日がひどく眩しく、半日ほどの時間の経過を物語っている。


「特異課本部ですよキセツ君。まあ、ここは物置ですけどね。どうぞ」


 そう言いながら、牛藤がキセツの寝ているソファーの前のガラステーブルにコーヒーを置いた。

 キセツの四肢はすでに完治しており、その戻ったというべきか、新たに生えたというべきかわからない両手でゆっくりとコーヒーを口にする。

 

「改めまして、僕は牛藤(ごとう) (むらさき)。その金髪の女の子が羽黒(はぐろ)(こう)。の羽二重肌(はぶたえはだ)の羽に――」


「ちょっと牛藤さん長くなるからやめて。せめて二字熟語にして」


 金曜の夜のように誰もが待ちわびたであろうツッコミを羽黒がしていると、


「――ん、んんー。なに、自己紹介? クラス替え後かよ~」


 おもむろにキセツを覆っていた毛布の中から出てきたのは下着姿の女。パトカーの中で警棒をキセツの喉元に向けた女だ。

 真っ黒レースのブラにパンツ、なんだか色々と透けている。――ような気がする。男とはそういうものだ。下心をエロ本と共にベットの下に隠し、見たいように見るのだ。

 と、そんなクソの役にも立たない戯言はさておき、


「何してるんですか、(けい)さん。キセツ君の着替えを頼んだんですが、それにどうしてあなたも服を脱いでるんです?」


「えー? 人肌の方が暖かいかなって……へへ。あぁ、私小春(こはる) (けい)。よろしくぅ。ん、ちゅぅ……」


「んん……」


 自己紹介もそこそこにキセツの唇を小春が奪う。随分と慣れた様子の小春の舌を突っ込んだ熱いベーゼは、キセツの口の中にどことなく違和感を生み出す。咄嗟に口を話すと、舌先から艶やか伸びた二つの唾液の線がそれぞれ小春の二つに割れた舌の先とつながっているのが見えた。


「あぁ、これ? 昔の男の趣味だよお」


 そう言って小春は、スプリットタンな舌を自分の人差し指に抱き着くようにして見せた。

 眠り眼に自分が注意を受けていることを何も分かっていなさそうなその表情を見て、牛藤は額に手を当てる。


「……ああ、あなたに頼んだ私が間違ってました。キセツ君これ着てください」


 牛藤が開いたロッカーの中には、まるで商店街の端にある古着屋のハンガーラックのように耐荷重を大きく上回る量の黒スーツ一式がかかっている。

 そしてその中の一セットをキセツに手渡した。

 スーツには、まだビニールのカバーが付いたままである。もしこれが、クリーニング後のものであるのならば、カビや変色の原因になるため即座に取る必要があるが、幸いなことにキセツが受け取ったそれにはそう言ったことは起こって無いようだ。


「あとこれ」


 そう言って手渡されたのは、おかめの面であった。


「――どうも」


 あのころと変わらない。なんだか古くて色あせてて、不気味だけれど、これを見ると母さんの事を思い出せる。写真よりも思い出が肌に直接伝わってくる。

 形見としての役割を十二分に発揮する仮面を眺めながら、キセツは何か物思いにふけている。

 そんなキセツを横目に、小春は手慣れた様子でカッターシャツのボタンを閉じた。


「そう言えば班長は?」


「書類出しに行ってます。未だに紙の書類が必要なのだとか――あ、言ってなかったけど、キセツ君は登録が終わるまではこの部屋に居てもらわないといけないので、もし出ると――」


 いささか、筆記において独特な班長に書き物を任せているのに疑問を持つ気もするが、それ以外のことで顎に手を当て、視線を斜め左上へ向けながら牛藤は少し考え言葉を選ぶ。


「……出ると?」


 スーツに腕を通し、キセツはどもる牛藤の言葉を繰り貸す。


「多分死ぬかな……ああ、キセツ君の場合死にはしないのか。じゃあ、研究材料か」


 とんでもびっくりな発言を、スーパー勤務歴十数年のパートのおばちゃんがタイムカードを押すときのような無表情でする牛藤。

 そしてだれも驚かない。


「今のキセツ君って、言ってしまえば天使とそう変わらないから、排除対象なんだよね。――でも、ここに居ればまず見つからないから問題ない。もし見つかっても(なの)班の連中じゃなかったら――」


「オレの班に見つかったらなんだって?」


 扉についた曇りガラスの向こう側に黒とピンクの影がモザイクがかかって見える。

 こういう時は大抵ついていないものだ。ああでなければ大丈夫、ああならなければ問題ない。そんな希望はああなってしまうのだ。もっと単純に言うのなら”フラグが立った”という事だ。


 ギィイイ――。


 整備が行き届いておらず、錆付いた扉が黒板に爪を立てるような音を上げながら開く。

 そこに現れたのは、黒のペストマスクをかぶって車椅子に乗った人間と、それを押すピンク色のナース服を着て肌をすべて包帯で覆った人間であった。

 性癖なのか何なのか訳が分からないが、一つ分かるとすればいかにもヤバい奴らが現れたという事であろう。


錘儀(つむぎ)、やれ」


 ペストマスクが部屋の中を指さし、たったそれだけの言葉を発したのだ。 


「な、(なの)班ちょ――」


 ボゴガァアアア!!!


 ご挨拶とばかりであるが牛藤が言い切る前に部屋は爆発。ガラスは粉々に砕け散り、ホコリはたちまち舞い上がる。へしゃげた椅子やロッカー、垂れ下がった蛍光灯。たちまち出来上がった廃部屋は、高校の文化祭のお化け屋敷の比ではない。

 

 そして、部屋の中央で小さな一匹の生物が鎮座する。


 ゲコゲコ……。


「流石オレの娘だ。ケイ」


 車椅子のペストマスクがカエルと話している絵面。なんとも珍妙である。


 ゲコゲ……ゲゲゲ、ゲロロオオオォ。ゴガッカ、ゲコゴ――。


 内側から、まるでピンアートのように押されカエルは体の形を変える。

 そして、カエルは異物を飲み込んだ時、胃袋を吐き出しそれを洗う習性をもつというが、驚くことに、その体積に気の遠くなるような差のある人間が四体も口から出てきたのであった。


「キッキキ、危ないよね~。いきなりさ。キキ」


 歯の隙間で笑いながら小春は髪をかき上げ、ペストマスクを見下ろしている。その眼は本来白であるものが黒に、黒であるものが白に逆転している。

 そして、小春の頭の上には真っ白の輪が光り輝いていた。

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