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天国事変―仮面をつけた人殺したちへ―  作者: 戸十師 踊平
第一章   『よろしくついでに赤が飛ぶ』
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第十一話   『肉々しきかな第三勢力』

 空は青いというのに路地裏には暗雲が立ち込める。そこには路地を形作るビルの屋上でぐったりと座り込む能面男。体を半分壁ににめり込ませて身動きの取れない褐色黒マスク女。そして、何の仮面も付けていない男が洗濯籠片手に路地と通りの堺で仁王立ちしている。

 百人に言えば九十九人は聞き返すであろうそんな状況下で、最初に口を開いたのは洗濯籠を持った男であった。


「それで、これやったのお前ら?」


 カラカラとプラスチック製の洗濯籠を二人の前に投げ捨て、黒のスーツに身を包み憎たらしいほど美形な顔を持った男は、何とも不服そうな表情でもって吐き捨てるようにそう言う。

 そして、そんな男を見下ろしてキセツは首をかしげて口を出すのだった。


「誰だお前?」


「俺が質問してんだよ能面野郎」


「――っ!?」


 キセツが質問を上書きすると、仏頂面の男はキセツを見上げて睨みつける。しかし、キセツが男の姿をふらつく視界にとらえ続けているのにもかかわらず、男の声は、なぜだか背後から聞こえていた。

 あらぬ方向から聞こえた声の影響で背筋にぞわりと寒気を感じて、キセツは反射的に振り返ろうとした。しかし、それはあまりに遅かった。


「ぐはッ!」


 男はキセツが振り向くのなんかよりも圧倒的に早く、キセツの頭を片足で踏みつけにし、そのまま地面に押し付ける。とうに体力が底をついているキセツは、なんとも侮辱的な格好のまま抵抗することもできない。精々弱くなった握力で足首を掴むことがやっとだ。

 そんな心も体もズタボロのキセツに足首を掴まれたことを不服と感じたのか、続いて男はキセツの顔の上に両足を揃えて立ち上がる。


「大喜利みたいに面白い答えを待ってるわけじゃない。”はい”か”いいえ”で答えられる簡単な質問だろ? 答えたら、お前の質問にも答えてやる」


「く、くのやらぁあ!」


 頬の内側を歯でガリガリと削りながら叫ぶキセツは雀の涙程度に残った体力で赤い腕を伸ばすが、それはなんともキレのないストレートとなって男に容易に避けられ、ついでと言わんばかりに手首を素手で掴まれた。


「なんだこれ……」


 そう言って男がゴキリと鈍い音を立てて赤い腕をへし折ると、腕は黒に色を変えてボロボロと値の張るビスケットのように崩れ、粉塵となったそれは、誰かの鼻をむず痒くするため、そよ風に乗って飛んでいった。

 と、コンクリートをガリガリと金属片で削る音が、男の視線を能面野郎から下の路地に落とさせた。地面には”御覧のスポンサーという会社は存在しない”と書かれている。


「あーし達がやりましたー。――で、なんで神無(かんな)班長がここに居るんですか?」


 折れたゴルフクラブを振ってどこか不貞腐れた様子の羽黒。

 そんな羽黒を見て神無は、犯した悪戯(いたずら)を自白した子供を見る親のように、体の中を漂うモヤモヤをため息にして吐き出した。


「はぁ……仮面剥がせば済む話じゃねえか……なんで、そうすぐに殺すんだ?」


「神無さん。あーしの質問が先でしょ」


「ん? ――あ」


 つい先ほど自分の指定したルールを自ら破ってしまった神無は口を開け、自宅の扉の前でカラシの買い忘れに気が付いた主婦に似た驚き顔をする。

 と、神無は何を思ったか、懐から拳銃を取り出すと、こめかみに銃口を深く突き立てて撃鉄を起こした。


「すまない、これで勘弁してくれ」


 ――バァンッ!


 何の躊躇もなく引き金を引いた神無。弾丸は頭蓋骨を貫通し、逆のこめかみから砕けた骨と脳の一部と血液を混ぜて飛び出す。瞬間、脳の機能が停止された神無の体は地面に垂直に立てた木の棒のようにバランスを崩して、屋上から頭を下にして落下した。


「……え、えぇ?」


 あまりにあんまりな神無の行動に、キセツは地面に倒れている彼の死体を見下ろしながら困惑。しかし、それとは対照的に羽黒は目の前に落ちてきた死体を気にも留めず路地の入口の方へ目をやっていた。


「……で、なんでここに居んすか?」


「それはだな――」


「――――!?!?」


 羽黒の質問に答えるのは、先ほど死んだはずの神無だった。

 路地の入口からネクタイを締め直し、通学路を歩く小学六年生並みに慣れた様子で現れた神無。今の状況の理解の苦しさは酸欠ものである。キセツの仮面越しの口は開いたまま塞がらない。

 神無はそんなキセツを置き去りに、自分の死体を漁ると、警察手帳や拳銃などなどを自身のスーツの中にしまってから話し始めた。


「あそこの店主は”いらっしゃいませ”の一言もない。入って一言カレーと言うと、席に着くころには出て来ていて、黙って食ってカウンターに金を置いて帰るんだ。いつ来ても店中は暗いし、臭いし、汚いし、出てくるカレーの味もイマイチだが、いちいち水を入れてくる悪気なしの悪行店員もいなきゃ、行列から指を咥えて退出の催促をしてくる悪意全開の惨めな客もいない。それに何より、あの店のカレーは鶏肉を使っている。あそこはいい店だ」


「要するに、行きつけってことだろ?」


 キセツはこれまでの色々において一握りほど理解できたことをやれやれと口にする。そんなキセツを見上げ神無は、ありもしない顎髭をいじりながら、瞼を閉じて頭を小刻みに縦に振った。


「――そうだ能面。で、そんな行きつけの店にスキップしながらやってきたら、中が安いホラー映画のセットみたいにめちゃくちゃにされていた。イライラもするし、それをしでかした相手を殺したくもなるよな」


「でも、もとはと言えばカボチャ野郎とかが――」


「知っている。だから、これは八つ当たりだ」


「……は? なんだよそれ」


「やめとけキセツ。何言ったって聞いちゃくれねえよ。この人はそういう人だ」


 羽黒の言葉にそうそうと頷き、スーツの汚れを払いのけ、襟を正して悪びれるそぶりもない神無。応援しているプロ野球チームが負けた次の日の数学教師に似た理不尽な不機嫌さに、もはやキセツはそれ以上の言葉を発することは無い。


「――だがもういい。羽黒を蹴ってたら気も晴れた。また新しい店を探すことも楽しいからな。どうだ、俺はかなり大人だろ」


 ぐったりとした羽黒の痛めつけられっぷりを見るに、きっとサッカーボールのように一方的に蹴り飛ばして遊んでいたのだろう。冗談は休み休み言って欲しいが、神無は相当な実力者のようだ。


「じゃあ、俺は帰るから」


 と、そう言い残した神無が丁度大通りに出た直後だった。


 ドゴォオオオン!!


 ――神無が轢かれた。


 成人男性を一人引いた後、首を絞めた閑古鳥のような音と擦り焼けたゴムの臭いと共に警察車両は歩道の真ん中で停車する。もし、それを今どきの若者が撮影してソーシャルネットワーキングサービスにでもアップロードしたならば、炎上は待ったなしである。

 そして、そうしてやって来たパトカーからは季節外れな仮装に興じているおかしな奴らがゾロゾロと出てきた。


『だいじょうぶか~い?』


「おーい、二人ともー。生きてるかー?」


 いつもの気の抜けた丸文字が書かれた紙を振る鬼灯(ほおずき)班長と、やまびこでもしているような声を上げる牛藤(ごとう)が路地にやって来た。そしてそんな牛藤の安否確認にキセツは細い赤い腕を、羽黒は折れたゴルフクラブを軽く振って応答する。

 しかし、生きているかどうかを聞く当たり、これくらいボロボロになるのは織り込み済みな様子。牛藤は、そうかそうかと腕を組んでホルスタインな首を縦に振るとキセツが伸びているビルの屋上へと跳躍した。


「カボチャ野郎は逃げっちゃったっぽいねぇ。二人ともカボチャ野郎にやられたのかな?」


「あーしは神無班長のサンドバックにされた。カボチャ野郎にやられたのは、そこにいるキセツの馬鹿だけ」


「俺もやられてねえよ! 小便かけられただけだ!」


「やっぱりそうか、キセツ君なんだか臭うよ」


 冗談も交えつつ淡々と牛藤が羽黒とキセツを両肩に背負うと、何もしていない鬼灯班長はビシっと帰路に指をさし、その能天気な班長を先頭に四人は大通りへ出た。と――、


「――おいケイ。ったく、めんどくさいことしやがって……」


 神無は轢き殺された自分の死体から私物を剥ぎ取り、パトカーのボンネットに座って煙草を吸う小春(こはる)に文句を垂れている。しかし無理もない、出会い頭にパトカーで轢き殺さたのだ。文句の一つも言わせないならば、夜な夜な枕元に化けて出てブレイクダンスでも踊ってやるところである。


「いいじゃん神無。どーせアンタ死なないんだから」


「正しくは”死んでない”な。死んだら死ぬに決まってるだろ。あと、お前は俺のことを俳斗(はいと)と呼ぶ約束じゃなかったか」


「そんな約束……忘れた」


「ひっ!?」


 まだ火の残った煙草を投げつけられて情けない声を上げる神無を放って、小春はパトカーの運転席に座ってエンジンを掛ける。新しい煙草に火をつけると小春は神無に向かって軽く手を振った。

 鬼灯班全員が乗り込んだことを確認後、パトカーは発進。過ぎ去っていくそのリアウィンドウからは二本の中指が神無に向かって立っていた。


「……あのガキども」


 呆れた様子の神無は懐から財布を取り出す。


「クソ、こんなことなら買うんじゃなかった」


 神無は、あと半年ほど残った地下鉄の定期券を自動販売機横のリサイクルボックスに投げ捨てた。――が、帰るときに使うので箱の中をひっくり返して再び財布の中にしまった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字等ありましたら、ご報告いただけますとありがたいです。

自殺転生もよろしくお願いします。

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