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天国事変―仮面をつけた人殺したちへ―  作者: 戸十師 踊平
第一章   『よろしくついでに赤が飛ぶ』
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第十話   『ゴングはいつでもなっている』

「――――!」


 最初に気が付いたのは羽黒である。背後の気配を感じ咄嗟に振り向いたとき、ジャックオランタンのようにくり抜かれてた目と目が合った。カボチャの仮面使い。薄汚いローブで身を隠し、少し小さな体を小刻みに揺らして笑っている。


 店に客が入ったのならばやるべきことは一つ。素敵な笑顔、体を十五度傾けてのお辞儀の末、一つ目の音をしっかり発音して”いらっしゃいませ”。これらを統合した挨拶である。

 しかしながら、それより前の工程が今のこのカレー屋には足りていない。飲食店なのだから店内のいたるところに生ゴミを放置していてはいけない。というか店員がいない。


「キケケケ――」


 ――チリィイン、パタン。


 カボチャ頭の御客様は苦笑いしながら帰ってしまった。どうやらお気に召さなかったようだ。


「おい!」


 ――パカッ……バダァグシャアァ……


「ん? あ、ああ?」


 羽黒がキセツの仮面を剥がし赤色の腕を引っ込めさせると、掴んでいた物が放射状に色々とぶちまけて地面に落ちた。元々人型であったが、今やスライムの方が納得がいくほどに変形していた。

 羽黒はそんな御遺体に目もくれず、おかめの面をキセツに投げ返した。キセツがそれを受け取って羽黒の顔を見ると、どことなく焦りが見え、キセツの頭には疑問符が浮かぶ。


「どうした?」


 カボチャの仮面使いを見ていなかったことも相まって、キセツの言動がどうしようもなく能天気に聞こえる。そんな様子に羽黒が鼻先をヒクつかせたのちに、


「……いいから行くぞ」


 ――チリィ、ドゴォオオオ!


 イライラの発散に扉を蹴飛ばして出ていく羽黒の後に、相変わらず首を傾げたキセツが続く。付き合って一周年記念を忘れていることに怒る彼女と、何に怒っているのか見当がつかない彼氏のような構図である。と、


「キケケケ――」


 独特な笑い声と素足でコンクリートの上を歩く足音。それは体の大きさに似つかわしくない頭をフラフラと降らしながら、天使の発生に伴って消えた街の音の中で唯一鳴り響く音である。ゆえに、車道を挟んだ反対側の道を歩くソレを見つけるのは公立高校入試第二次選抜数学第一問のように簡単だった。


「あれは……」


 キセツもすぐにカボチャに気が付いた。ソイツは隠れる気もなく、かといって戦闘を仕掛けることもなく、ただショーウインドーの中を流し見しながら散歩する。まるで普通な態度でいることが不気味さをより一層際立たせている。

 こちらに気づいているのか、いないのかはわからないが、仕事の遂行のためキセツはカボチャに向かって進もうとした。


「待て、あれはあーし達じゃ無理。班長達を呼んで、あーし達は後を追う」


 キセツの道を妨げるのはゴルフクラブ。その持ち主である羽黒の横顔はただならぬ何かを物語り、額から一筋の汗を流す。しかし、指先は長年の努力の甲斐あってか、一切のよどみがなくノールックフリック入力でメッセージを送った。


『オバケが出た』



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夏特有の絡みつくような暑さの中、カボチャ頭に合わせて道沿いに平行移動するおかめの面と黒いマスクの男女。インフルエンザの時に見る夢のような構図に笑ってしまいそうであるが、今はそんな余裕はないらしい。

 瞬きすらせず羽黒はそのカボチャ頭の一挙手一投足に体全身のセンサーを向けている。なん説明もないまま一方的に進む彼女に、キセツはアイマスクを付けてスクランブル交差点を歩くような危なっかしさを感じて口を開いた。


「あのカボチャ、そんなにヤバいのか?」


「あぁ……あれは――ッ!」


 ピタリと言葉と共に動きを止め、目を見開く羽黒。そしてその原因にキセツも気が付いた。カボチャ頭はふらつくことをやめ、こちら側に体ごと向けてじっと二人を見ている。真夏の暑さもどこかに消え、二人は寒気を感じ息をのんだ。

 キセツは、すぐさま赤い腕を出し目標をカボチャにロックオン。いつでも迎え撃てる態勢に入った。


「来るか」


「――違う、後ろだ」


 しかし残念。キセツの予想は空振りである。羽黒が見ていたのはカボチャ頭ではなく、その後ろのショーウインドーに反射したもう一人の仮面使いであった。そしてそいつは、今現在、二人の真後ろから路上に違法駐車していたオープンカーを振り下ろさんとしていた。


 ――グガジャアアア!!


 鉄のひしゃげる音が鳴り、辺りにネジやらガラスやらが散らばる。何の挨拶もなしに車を人に向けて落とすなど、非礼の極まり方が段違いである。しかし、その男を見ればその無礼に納得がいくという物。なぜなら、男は頭から洗濯籠(せんたくかご)を被っているのだ。そんな幼稚な輩に礼が何だとぐちぐち言っても、ハンガーの剣で脇腹を叩かれるに違いない。


「ッぶねえ、なぁあ!」


 寸前のところで車を受け止めたキセツ。しかし体制も悪く、そのままじりじりと体重をかけられて、押し返すどころか抑え続けることもかないそうもない。そろそろ、踏ん張っていた脚の骨が膝から根日輪(こんにちわ)しそうな時、


 ――ジュガァアアア、ドォオオオ!


 車の持ち主には気の毒であるが、車体は真っ二つに切断され、それぞれ地面に落下する。コンクリート舗装の道を揺らすほどの衝撃に砂塵が舞い上がり、ゆっくりとその男の全貌があらわとなった。


「テメエラァ……」


 二人に対し、低くうなるような声を出しながら見下ろすその男は、三メートルほどと大きく、腕や足など、いろいろな部位がブヨブヨに浅黒く肥大化している。簡単に言えば血色の悪い巨大な赤ん坊と言ったところであろうか。


「こいつさっきの……」


 友人でもなければ、知り合いでもない。その親密度はたまたま寄ったコンビニの店員程度だが、洗濯籠の隙間から、どうにも見覚えのある髭面が見える。さっき羽黒の椅子をしていたカレー屋の店主だ。

 大学デビューも霞むレベルのとんでもない変わりようだが、前髪が数ミリ程度短くなったことを気付いて欲しいという無理な要求を提示する女性には、見習ってほしい所が多い。


「仮面使いだったのか?」


「いいや、仮面使いにされたんだ。あのカボチャ野郎にな……」


 そう言って背中向きに親指で道の反対側を指す羽黒だったが、いつの間にか持っていたゴルフクラブのヘッドからシャフトにかけてが鋭い刃に変わっている。仕込み刀。というには刀身がシャフトに対して分厚い。形が変わったという方が正しいかもしれない。


 指をさされたカボチャ野郎はガードレールの上に座り、脚をぶらぶらと揺らして傍観している。ヒーローショーでも見ている子供のようだが、そんな態度で見るにしては目の前の光景は少々刺激が強すぎな気がする。”教育に悪い”と優しい親御さんからのクレームは必至だろう。


「カボチャ野郎は仮面使いを作るんだ」


「マジかよ。ヤバすぎだろ……じゃあ、先にカボチャやるか?」


「チッ――突っ込むことしか出来ねえ単細胞バカが。さっきあーし達じゃ無理って言ったばっかだろ。ちょっとは考えてからもの言え、頭の中にミミズでも詰まってんのか」


 目も合わせず大きな舌打ちをし、スラスラと暴言を吐く羽黒。

 もし彼女が新卒社会人の教育係に任命されたなら、もう二度と質問されないであろうタイプの怒り方をしている。だが、キセツは何の気なしにそのまま体を翻し、


「じゃあ、こっちのデブから」


「チッセエ、ヤツラガヨオオオ!!」


 洗濯籠の仮面使いは街灯を根元から引っこ抜き、そのまま地面と平行にバリバリと火花を散らして横なぎに振り回す。その体積に物を言わせた豪快な攻撃は何とも凶悪である。少しでも当たれば、肉も切らずに骨は粉になるだろう。

 しかし、相手はモーションが鈍重である。二人は、それぞれ容易く避け――てない。避けたのは羽黒だけ、彼女は道路に飛び出した。


「ゴハッ!!」


 金属製のバットがキセツの横腹をガッツリ芯に当ててホームラン。弾道は、歩道橋に取り付けられた信号をに一直線。激しい衝撃にキセツは四ラウンド目を終え、インターバル中にコーナーポストにもたれかかるボクサーのような体制になった。


「うわだっせー。死んだ?」


「キ、キキャキャキャ!!」


 仲間であるはずの黒マスクに煽られ、カボチャ頭のギャラリーはご満悦に腹を抱えて笑っている。頭の血管が数本切れてしまいそうなキセツはそこから飛び降りて地面に足を着けた。


「じんでねぇ!! ――くっそ、こんの、クソデブ! ぶっ潰れろ!」


 ガッジャァアアア!


 キセツは白のカッターシャツを真っ赤に染めながら、今度は俺の番だと言いたげに肩の赤い巨腕で歩道橋を地面から根こそぎ千切り取った。郷に入っては郷にした和えではないが、戦い方を揃えるあたりにキセツの負けず嫌いっぷりが伺える。


「女ァア! サッキハヨクモオ!」


 しかしながら、この大男はキセツの事を気にも留めずに、羽黒の事を狙って再び街灯を今度は縦に振り下ろす。どうやら、羽黒に椅子扱いされたことを根に持っているようだ。

 だが、大きくなっただけでは何か変わるわけもなく、簡単に避けてしまった羽黒は、地面に叩きつけられた街灯を伝ってその男の頭上で仁王立ち。男の神経を逆撫でするような行動に加えて、羽黒は手に持っている剣を天に向かって振り上げる。

 同時に、上に立つ羽黒にお構いなしなキセツは男に向かって歩道橋を弧を描いて投げつけた。


「……うるせえよ」


 それは一瞬の出来事である。羽黒の持つ剣の先に歩道橋の一部が触れたその瞬間、その歩道橋は液体のように弾け瞬く間に巨大なハンマーに姿を変える。羽黒はそれを重力に乗せて振り下ろした。正義の鉄槌というやつだ。


 ビュジョゴァアアア!!


 三メートルもあった体はその高さを失い、辺りは一瞬にして血の海になる。人間の体の六割は水分で出来ているというが、通常の人間の体積の少なくとも十倍はあるこの男は、血液で子供用プールを満杯にすることができただろう。男はそれほど広範囲を染め上げたのだ。


「ったく、髪べたべた、キッショ……」


 頭からペンキを被ったように血まみれの羽黒はハンマーの持ち手をヘッド近くでへし折り、取った部分をいつものゴルフクラブに形を変えた。今日はアイアンの気分らしい。


「おい、邪魔すんなよ! 俺がやるとこだったのによ!」


 男同士の戦いに水を差されたと感じて、キセツは足踏み激しく羽黒のもとへやって来た。しかし実際のところ、キセツのことは相手にされていなかったのだが。そんなキセツに対して羽黒は声に出さずに、インターフォン越しに宗教勧誘を受けている時にする迷惑顔を向ける。


「な、なんだよその顔」


 ――パチパチパチッ


 二人が小言の言い合いを始める前に小さな拍手が二人に送られる。それは称賛なのか、それとも何か面白かったのか、カボチャ頭の傍観者の考えは年頃の女の子のように難解である。


「どうも」


「キケケケ」


 素直に拍手を受け入れたキセツを見て、カボチャ野郎は小刻みに肩を震わせて笑った。それだけを見たなら、ハロウィンを楽しむ子供のように可愛らしい限りだが、頭上に黒い輪があるようにそれが仮面使いであると分かれば、可愛さもどこかへ吹き飛ぶという物だ。

 と、


「キキ――!」


 突然、カボチャ野郎は走り逃げ出した。

 素足の為、ぺちぺちと軽い足音であるがコンクリートの道を驚くほど俊敏に走る。あまりに唐突過ぎたカボチャ野郎の行動に二人は出遅れ、そんな一瞬の間が思いのほか大きな差を生んだ。


「マズい……って、あのバカ」


 羽黒が見失うことも覚悟した時、キセツは赤い腕を使って一瞬にして向こう側の道へと飛び、カボチャ野郎の後ろについた。


「待てやあ!」


 つい先ほどの戦闘でフラストレーションの溜まったキセツは、その発散のため購買の焼きそばパンを買いに行く学生のように大きく腕を振り走った。おかめの仮面で表情までは分からないが、きっと目をギラギラさせているに違いない。

 と、カボチャ野郎は直線ではその能面野郎に追いつかれると見たのか、店同士の間の路地裏へ飛び入った。すかさずキセツも靴底を削り、身体を横に傾けながら直角に方向転換。今度は手を広げれば両手が壁にぶつかるほどの細道を走る。と思ったが、


「あ!? ……行き止まり」


 その道はわずか数メートルほどで行き止まり。萌え声メイドがタバコをふかしていそうな路地の突き当りについたキセツは、逃げられるような道がないことを確認した。あのカボチャ野郎はどこへ行ったのか、その疑問はこれ以上になく嫌な形で答え合わせをする。


 ――ポツリッ


 キセツの頭の上に雨が降ったと感じたものもつかの間。未だカンカン照りの青空から大量の液体がびちゃびちゃと降り注ぐ。しかし、雨にしてはあまりに空に雲がなさすぎる。それにどことなく温かく、ホースのように一本の放物線で、なんだか――、


「くっせえええ。うゲ! ……ぺッぺッ。くせえ! 口に入っちまった」


「ケケケ!」


 カボチャ野郎はここだと言わんばかりに笑いながら放尿。何たる侮辱であろうが、人に小便をかけるのは捕まえ損ねたセミの煽りだけで間に合っている。

 そして今日だけでキセツの堪忍袋は穴だらけ、中身はダダ漏れである。


「か……カボチャ野郎……こんのぉ――メスガキィアアア!!」


 赤い腕で壁に爪を立てて掴み、キセツはカボチャ野郎の方へと一直線に飛び上がる。しかし、怒ってばかりで冷静さを失ったキセツは目算誤りフライヤー。カボチャ野郎の立っていた場所をはるかに超えてしまった。それに加え、キセツが下を向くとあることに気が付く。


「――――消えた?」


 カボチャ頭は忽然と姿を消した。目を離したのは瞬き程度のほんの一瞬である。キセツは最高到達点から落下までの一秒にも満たない時間の中、出来うる限りのすべてを見まわしたが、ヤツの影すら目に入らない。代わりに――、


「ぎゃっはあああ! 能面だあああ! 殺しッ――ドボォ!!」


 カボチャ野郎は置き土産に仮面使いをよこしたようだ。

 だが、運が悪い。パラシュートのようにビニールの羽を生やして息巻いていたところ申し訳も立たないが、コンビニの三円もするレジ袋を被ったその頭はストレス発散の為に握りつぶすのに丁度いいのだ。

 赤い腕が羽虫の如く一撃で仮面使いを葬り去ると、キセツはカボチャ頭の居たビルの屋上に着地した。


「どこ行きやがった、カボチャ野郎ォオオオ!!」


 青天に叫び声は虚しく響く。

 ライブ会場で回すタオルのように、レジ袋の仮面使いの死体の首をもって振り回し憤慨するキセツ。結局、奴はどこにもいない。電柱と犬の関係のように、小便をかけて逃げられただけとなった。こう悔しい思いを一日に何度もしていると思うと、無機物である電柱に今度酒でもおごってやりたくなる。


「ハァ……」


 散々叫んで暴れ疲れたキセツが膝をついて肩で息をする。

 遊び疲れた十歳くらいの子供のようであるが無理もなく、血を流し過ぎ、体力も底をついたキセツの赤い腕は(すす)のようにその形を保てずに崩れ消えた。体は限界である。


「クッソ……」


 ドゴオオオ!!!


 轟音と共にキセツの座っているビルが揺れる。音の方向はキセツのいる位置よりも下の、先ほどまでキセツがいたあの路地である。

 そんな音と振動に、キセツが上から見下ろすと、そこには顔をさらに赤く染めた羽黒が壁に叩きつけらてれいるのが見える。


「……最悪」


「おいおい、死んだかぁ?」


「黙れカス」


 体力は尽きても煽れるし、頭から血を流していても口は悪い。なんとも元気な奴らである。だが、そんな二人に悪い知らせだ。――新たなテキの降臨だ。


「これやったのお前ら?」


 男は黒いスーツに身を包み仮面も付けずに路地から見える大通りに立っている。そしてその腕には洗濯籠が握られていた。


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字等、ありましたらご報告していただけると嬉しいです。

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