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天国事変―仮面をつけた人殺したちへ―  作者: 戸十師 踊平
第一章   『よろしくついでに赤が飛ぶ』
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プロローグ   『仮面をつけた人殺し』

 ――ジージー、パチッ。


 壁に空いた穴から見える切れた電気配線から火花がはじけ、薄汚いアパートの一室には砂塵が巻き上がる。見るからに廃墟のようでもあるが、ほんの一分ほど前までそこはれっきとした部屋だった。

 なぜこうなったのか、それは勿論頭の弱い動画投稿者が再生数欲しさに過激な動画を撮影しようと、爆発実験を行ったからでは無く、たった二人の仮面使いの男女によるものであった。


 大穴と瓦礫をそれそれ背にして向かい合う男女。

 一人は学生服におかめの能面をつけ、肩から普通の物より一回りほど大きな赤い腕を生やしている男。もう一人は上下黒色のスーツに黒の紙マスクをつけ、ゴルフクラブを肩でたたく女。様々なことが相反する二人であるが、いくつか同じところも存在する。それは全身血まみれで、頭上に黒い輪っかが光っていることだ。


「でもよお、オレは今猛烈に気分がいいぜ。テメエに折られた肋骨ももうすっかり良くなってよお。今なら体の関節全部逆に折ってやるだけで許してやるよ」


「あっそ。でも、あいにく様。あーしは今すこぶる気分が悪いんだ。ミンチにするって言ったが、お前の態度を見たらスムージーくらいまで潰してやりたくなっちまったよ」


 胸ぐらを掴むのなんかより、肌がヒリヒリと焼けるような緊張感が漂う。一触即発、次に火花が散ったなら、何かが始まってしまうのではという予感がするほどの静寂が場を支配した。と――、


「ぶ……ギャッギャギャギャ――!」

「ぷ……ひゃっひゃひゃひゃ――!」


 喜怒哀楽、ありとあらゆる感情が行きつく先が笑いであり、そしてこの二人も楽しそうに笑い。怒りが裏返って笑っている。そしてそれは良からぬ葉っぱでも吸ってしまったかのように、なんとも汚らしい笑い声が部屋に響く。

 会話もなしにいつの間にか仲が良くなっている。なんてことが有るはずもなく。笑いながらも、殺気は驚くほどビンビン。二人は今か今かとスターターピストルの音が鳴るのを待っているだけなのだ。

 そして、


 パチッ――ギゴォオオオ!!


 小さな火花が上がった時、ゴルフクラブのヘッドと赤い腕は轟音をかき鳴らして衝突した。その衝撃は凄まじく、一瞬にして視界を霞ませる砂塵が消え去り、ガラスは割れ飛ぶ。半端な覚悟では、その場に立っていることもままならないだろう。

 じりじりと力比べのような押し合い。先に動いたのは黒マスクの女の方であった。女は体を回転させながら赤腕をいなすと、バランスを失い前かがみになった男の左肩にゴルフクラブを叩き下ろす。そのよどみのない動きから、かなりの戦い慣れが垣間見える。


「ぐぎゃあああ!!!」


 生々しくも木材の割れるような音と男の叫び声が混ざり合う。肩の骨折。それは先ほどの凄まじい衝撃を見た後ならば、男が一撃にして戦闘不能になったと考えるはずだ。

 しかし、男は膝を屈したと思えばすぐに立ち上がり、力なく垂れる左肩を右の腕で抑える。


「折れた! 骨が見えちまってる。いてえ……けど、治っちまうんだよなあああ!!」


 まるで、手に何も仕掛けていないことを見せるマジシャンのように手を開き、男は馬鹿にするようにそう言った。おかめの能面がなんともいい味を出しているようで、女の額には天敵であるはずのシワが寄る。顔の半分を紙マスクで隠しても表情は案外見えるものだ。猛烈に怒っている。


「チッ……」


「次は俺だなア!」


 女の舌打ちもそこそこに無視して、男は折れたと思われた左肩を回す。ゴルフクラブの衝撃なのか、飛び出した骨のせいなのか分からないが、服の一部が破けて肌が見える。しかし、その肌にはアザもなければ傷跡もまるでない。男の言うように治っているのは本当なようだ。

 男は右肩から生えた赤い腕を人がまるまる一人つかみ取れるほどの大きさに変形させる。そしてそれを部屋の右端から左端まで横なぎにするような動きをした。部屋いっぱいに広がった手の平はまさに迫りくる壁である。


「ぶっ潰れろお!」


 ガリガリと轟音を立て、豪快に地面と天井をえぐりながら詰め寄る赤い腕を前に、女は何の取り乱しもなく冷静で、ゴルフクラブで肩をポンポンと数度叩く。と、それはもう間近まで迫っていた時、女はゴルフクラブを地面に突き立て、赤色の手の平を足の腹で蹴り飛ばして窓の外へと出ていった。


「あ!? ズリいだろ!!」


 窓から顔を出して、男は知らない女子と一緒に登校してくる友人を見つけた男子高校生のように大きな声で叫んだ。

 しかし、女はそんな事どこ吹く風と聞き流し、ゴルフクラブをバトンのようにクルクルと回してピシャリと止めると、ゴルフクラブはたちまち持ち手を残して先を片刃の剣に形を変えた。


「うるせえよ、雑魚が。出てこい。死にたくなるほど殺してやる」


 鋭利な殺意を含んだ視線を能面の男に向けながら、黒マスクの女はゆっくりと、しっかりと見せつけるように中指を立てた。


「クッソ女がアアア!!!」


 グジャァアアアアアア!!!!


 女の挑発にまんまと頭に血を上らせた男は窓から部屋を飛び出して、赤い巨腕を女に向かって叩き込んだ。

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