第4章 報道しない自由
浩志は原発のある地元民に独自に聞き込み取材を行っていた。すると、思った通りの回答が返ってきたのである。
地元民「原発は再稼動して欲しい。原発を停止してから地元の活気が無くなった。」
口々にそのような返答が受けられた。浩志はさっそく上司に報告しに行った。
浩志「編集長!メディア各社が『国民は脱原発を望んでいる』と書き立てていますが、原発の地元民は原発の再稼動と原発との共存を望んでいます!当社でも取材を行うべきです!」
上司「地元民はなんと言って原発の再稼働に賛成していたんですか?」
浩志「『原発を停止してから地元の活気が無くなった』とのことです。」
上司「じゃあ、地域経済の活性化を考えるべきですね。原発の必要性と無関係な問題です。」
浩志「…ですけれども、原発を再稼動させてほしいという声があるのは事実です!記事として取り上げるべきです!」
上司「ですが、当社が行った世論調査の結果では原発の稼働に反対する声が大半です。」
浩志「世論調査の数値位いくらでも操作できるでしょう?」
上司「確かに。世論調査の数値等いくらでも改竄できます。ですが今回は捏造等していませんよ。世論の大半は原発に反対しています。」
浩志「ですけれども、賛成の声もあるのでは?少数派の声にも耳を貸すべきではありませんか?」
上司「民主主義の原則は多数決ですよ。」
浩志「ならばその多数決で勝った選挙結果・原発政策を受け入れるべきなのでは?」
上司「それは数の暴力です。」
浩志「それはダブルスターダードなのでは?」
上司「ダブルスタンダードなんて新聞社では当たり前の事ですよ。ようは社是・社益に合うかどうかです。」
上司は選挙結果を真摯に受け入れようとはしなかった。そして、原発の再稼働を望む地元住民の声を黙殺した。
メディアは断固として脱原発神話を唱え続ける。その理由が分かる機会が浩志にもやってきた。浩志はガス会社の電力事業参入について複数のガス会社に取材しに行ったのである。すると…。
ガス会社A「近年オール電化住宅が増えていて逆風に吹かれていたが、東日本大震災以降オール電化住宅のリスクが見直されて来ています。」
ガス会社B「東日本大震災以降、リスクを分散させるためにガスに切り替える家庭が増え始めています。」
全てのガス会社からそのような話をされたのである。
浩志「なるほど。『風吹けば桶屋が儲かる』、『原発止まればガス屋が儲かる』と言う訳だ。」
浩志は、また上司に報告しに行った。
上司「どうでしたか、ガス会社の取材は?」
浩志「編集長、当社が脱原発を社是としているのはガス会社から膨大な広告費を受けているからではありませんか?」
上司「なぜですか?急に。」
浩志「取材に行った複数のガス会社から『オール電化住宅が増えて困窮していたが原発が停止してから、皆ガスに切り替え始めている』との声が聴かれました。原発の停止でガス会社が肥えているのです。ガス会社だけではないはずです。石油会社も原発の停止で大きな利益を上げているに違いありません。そうしたガス会社や石油会社から膨大な広告利益を受けているから、当社の社是として脱原発を掲げているのではありませんか?」
上司「そういう事は私より上の人間の判断ですが、あなたの勘繰りはおそらく間違いないでしょう。前にも言いましたが、新聞社はジャーナリズムよりも社益・社是が優先なんですよ。報道の裏にはかならず社益が絡むのです。これは当然のことです。」
浩志「そのためには、温暖化や大気汚染・酸性雨などで地球がどうなっても良いと仰るのですか?貿易赤字拡大と電気料金の値上げで、日本経済が破壊されても良いとお考えなのですか?目先の社益に囚われて日本経済や地球益を犠牲にするおつもりですか?」
上司「あなたが何と言おうとも上の考えも私の考えも変わりませんよ。メディアがスポンサーの意向に縋るのは当然の事ですよ。」
浩志「偏向的な報道をし、都合の悪い事実を隠蔽・封殺しようとするのは憲法の保障する『国民の知る権利』の侵害です!」
上司「我々には表現の自由も報道の自由も保障されています。」
浩志「嘘を報道する自由など無いはずです!報道の自由と言うのは建前で本音は『報道しない自由』ではないのですか?」
上司「なんと言われようとも痛くも痒くもありません。長年かけて築かれてきたメディアの要領を非難する資格などあなたにあるんですか?」
浩志「メディアの不健全な体質を糺そうとするのは当然です!メディアに自浄作用はないのですか?『原発を止めた方が日本のためになる』という嘘を嘯き続けて良いのですか?」
上司「原発止めますか?それとも、記者を辞めますか?」
浩志「……………脅迫ですか?」
上司「これは脅しではありません。忠告です。忠告!」
上司は勿論、社内で浩志の言葉を聞くものは誰も居なかった。日本のメディアには自浄作用もジャーナリズムも存在しないからだ。