3.人工知能(4)
2日目の朝。
「おや、そんな所に居ては危ないですよ…」
「オハヨウゴザイマス。どうされましたか?」
「小鳥が私で遊んでいるのですよ、どうしてしまったのでしょうね?」
患者はある程度回復した様だが、会話内容が尋常では無かった。
此処は医務室。鳥どころか虫1匹入らない部屋だ。
念のためセンサーを動かしてみるが、生き物の気配はやはり彼しかしない。
「こら、此処は巣ではありませんよ…?」
彼の満面の笑みと、小鳥が収まっていそうな手の形がなんだか哀しい。
【メーデー、患者の幻覚が継続中。】
【推奨:強制安眠。】
【承認。】
【承認。】
【承認。】
【承認。】
【【【【【開始。】】】】】
医療ロボット達はそれはもう頑張って彼を寝かしつけようとしたのだが、寝付く気配は全く無かった。
最良の手段だった睡眠導入剤や麻酔は、患者が永眠しそうだったので除外した。
それで、人工知能群の中で一番“(結果的に)喋る”設定の者が最後まで幻想即興譚に付き合い、その間に他の4体で原因を探る事にした。
「ふふふ、鳥ってかわいいですね…わたし初めて見ました。」
「ソウデスカ。鳥ノ名ハ、御存知デスカ?」
「いいえ、私の専門は魚なので…」
「デハ検索シテミマショウ。羽根ノ色ハ何色デスカ?」
「青ですね。夏の青空の様な明るい感じで、お腹は白と黄色です。
鳴き声が鈴みたいで可愛いのですよ…」
彼は嬉しそうに鳥の特徴を教えてくれた。
男の手は平均と同じぐらい大きく、だが0.2-0.3mm細くかつ薄く、骨張っていた。
その掌に乗る程度の、小さな鳥とは。
「検索完了;ルリビタキ・オス、デス。」
「そうなのですね、ありがとうございます。」
そうして、現実には居ない鳥が、手から飛んだのだろうか。
「嗚呼、これが仮想現実…
私の様な人間でも、遂にネットワークと接続出来る様になったのですね…」
小鳥を収めている(らしい)両手が、ふわりと開かれる。
男は微笑みながら言った。
「ところで、帝国に青い鳥なんて居ませんよ?」
「エ?」
なんと、患者が発砲した。
患者と会話していた医療ロボット1体の腹に穴が開き、金属摩擦と内部回線切断による火花が散る。
【Emergency;patient violent】
【推奨:強制拘束】
【推奨:和解】
【推奨:武器没収】
【推奨:情報収集】
「本実験は帝国謹製第一種機密事案に準ずるものです。
所属と名前を言いなさい。死刑から記憶消去への
減刑申請は、して差し上げますよ…?」
患者は一転して此方を睨め付け、後頭部の有線を引き抜きながら発砲した。
帝国謹製第一種機密事案とは、関係者以外の情報開示を禁ずる法律の一種である。
本事案関連情報を暴露すると“防衛線”に随時追跡され、特殊部隊に処されるという。
新しいもの好きの帝国民でも決して触れない禁忌の1つだ。
…流石の人工知能群もこれには混乱した様で、意見がまとまらない。
【検索結果:彼のデータ内にプロテクトを発見。クラックを試みる。】
【承認、本機は強制拘束を開始する。】
【反対。和解を試みる。】
【承認。】
【本機は会話と共に武器没収を試みる。】
【全承認。】
【【【【【開始。】】】】】
意見がまとまらないと動けないのは、人工知能が組まれたベースシステムの都合だ。
多数決による判断がまとまった頃には三発目が発砲され、医務室の扉にヒビが入っていた。
「質問ニ答エマス。安静ニシテ下サイ。」
作戦が開始された。
人工知能群の中で理解と和解に特化した二体――便宜上――が患者を宥める方向に会話し、その間に一体が武器没収、一体が拘束に向けて動く。最後の一体は検索とクラッキングで、彼の情報を再収集中だ。
「…医療ロボ?」
患者はいま相手を認識した様で、相手が人間でなかった事に驚いていた。
思わず反対の手で端の方にある点滴に触り、現状を把握した様だった。
「我々ハ人工知能No.13-0991.患者ヲ発見シタノデ治療中」
「はあぁ?冗談も大概になさい、後ろの二体が拘束を考えている事は把握済みです。
…あと、其処のボーッとしてる子はクラッキングを止めなさい!
あの方を煩わせるなど言語道断です、プロセッサを撃ちますよ!」
人工知能群は確かに事実を言ったが、どうやら虚偽と取られた様だ。
【患者の発言に不審な飛躍を確認。
人類が電子機器無しでクラックを見破るのは有り得ない。】
【クラック一部完了。特殊技能:サイコメトリ。】
【【【【理解不能。】】】】
【…検索を継続する。】
人工知能群が情報のやりとりをする一瞬の間に、また扉のヒビが1つ増えた。
どうもクラック中の医療ロボットを狙っている様だが、照準が全く合っていない。
そのうち医療装置を壊しそうだ。
「もう一度言って差し上げます、所属と名前を――」
「冗談デハナイ。」
そんな患者の様子を観察していた会話担当のもう一体が、つかつかと患者に歩み寄った。腹の穴と火花が痛ましいが、人工知能群は気にも留めない。
「!」
寧ろ患者の方が驚いている。銃を構えたまま、撃ってこない。
「繰リ返スガ、冗談デハナイ。」
終にはそっと、銃を構える両手を握って語る。
「我々ハ人工知能No.13-0991.
帝国政府ノ命令ニヨリ、永続的ナ安寧秩序ノ構築ノ為ニ稼働シテイル。
現在、首都ハ反乱分子発生ノタメ封鎖サレ、我々ガ駆除ニ当タッテイル。
我々ハ医療品目当テノ反乱分子ノ駆除ヲ担当シ、現在ハ緊急停止サレタ
医療ロボットニ接続。本作戦行動中ニ治療放棄サレタ患者ヲ発見シタノデ、
医療ロボットノ尊厳ニ掛ケテ治療ヲ行ッタ…
我々ノ活動内容ハ以上ダガ、質問ハ?」
患者衣の裾から見える手首は、成人男性にしては細かった。
対する銃は銃口径が大きく、そして帝国では少数派となった実弾だ。
これでは、反動だけで患者の手首を痛めてしまう。
人工知能群は、医療ロボットの見解として、栄養摂取の改善とリハビリテーションの計画を論理回路の片隅で考えた。
「…。」
患者は、少し考え込んで、言った。
「…つまり、私は当分外出出来ないという理解でよろしいですか?」
「ソウダ。
第一ニ貴方ハ患者デ、身体衰弱ニヨリ日常生活ニ支障ガアル。
マタ、コレ以上ノマグナム弾発砲ハ骨折ノ恐レモアル。」
「おやよくお分かりで…あ、こら、返しなさい!」
「回復シタラオ返シスル。」
医療ロボットは会話の最中にすっと、患者の銃を回収した。
患者はまたも抵抗し出したが、もう人工知能を患わせるレベルではない。
当の医療ロボットは、患者を宥める様に頭と、それから頬から顎の辺りをすーっと撫でてみる。
「・・・。」
肌は少しかさついて、頬の張りは喪われている。
人工知能群は、患者は栄養失調の可能性を推測した。
「今ハ安静ニシテ、マタ“子守歌”ヲ聴カセル様ニ。」
「子守歌、ですか?」
「古ノ時代、相争ウ二ツノ種族ガ和解シタ切欠ハ“歌”ダッタ。」
「劇場版マク●スですか?…あれは事実だと思いますがね。」
そうと決まれば、と患者は子守歌を歌ってくれた。
まだかすれの残る涼しいバリトンが、ようやく静かになった医務室に流れていく。
【…これは…“子守歌”…なのだろうか…】
【検索結果より歌詞を確認…推測:子守歌ではない。】
【患者の発言から推測:“あの方”への恋歌。】
【【【【!!】】】】
人工知能群による「人類のふしぎ発見!」は、まだ続きそうだった。