3.人工知能(3)
占領された医務室は、しんと静まりかえっていた。
治療行為を主導していた人類は従えていた筈のロボット共に追い出され、今は思考する医療ロボット5体が黙々と動くだけだ。
【非常事態とは言え患者を放置するなど、非論理の極地。】
人間はもう誰も居ない。
ただ、無数の管と酸素吸入器に繋がれた1人を除いて。
【本患者の記録無し、データ共有を要請する。】
【了解。データ送信を開始。】
患者は今も眠っている。
呼吸は酷くゆったりとしていて、そして何よりも静かだった。
人形使いが見たらきっと繰るべき人形と間違えてしまうだろう。
それくらい彼の肌色は白く、そして冷たかった。
【患者名:スツェルニーのクライン〈Klein the Stserny〉、男性、19歳、帝国政府機構部所属、履歴なし。】
【警告:体温32.8,PaO2=45,脈拍100/70,心拍数】
【推測:死亡による死後硬直開始。】
人工知能群はインターネット上で報連相しながら、医療ロボットの体で患者の治療に当たった。
そうして、外ではお日様が今日への別れを告げ、お月様と交代した頃。
「――――――――――――――…」
患者が、そっと眼を開けた。
固く閉じられた花の蕾が、誰にも見つからない様に、そっと開く。
これには人工知能たるものも大慌て。
【患者の覚醒を確認。観察および治療行為の継続を提案。】
【微少の音声データ確認、検出限界以下。ブレーンスキャンを提案。】
【警告:脳への負担大。推測:低体温症由来の幻覚。観察および治療行為の継続を提案。】
【承認。】
【承認。】
【承認。】
【【【【【開始。】】】】】
医療ロボットは無言で治療行為を継続した。
と言っても、此処まで来たら点滴の交換と就寝姿勢の移動ぐらいしか、やる事は無いのだが。
「眠れないのですか…?」
何回目かの姿勢移動の時、患者はか細い声で質問した。
人工知能群は、総じて【理解不能】と返した。
当然だ。彼等は、眠らないのだから。
「そうですか。では、子守歌でも、歌って差し上げましょうね…」
だが患者は何を思ったのか、歌を歌い出した。
擦れたバリトンの織り成す美しい旋律が、人工知能群の横を通っていく。
【推奨:音声の停止。】
「危険デス。安静ニシテ下サイ。」
「大丈夫です…よ。さ、あ、もうお眠り、なさい、明日も早、いですから、ね…」
医療ロボットらしく注意してみてもダメだ。
結局患者は一曲歌い切り、そのまま眠ってしまった。
【状態は?】
【正常範囲。推奨:空調の設定温度上昇。】
【…これは…“子守歌”…なのだろうか…】
【不明。】
【不明。】
【不明。】
【検索結果より歌詞を確認…推測:子守歌ではない。】
眠らないロボット達は、この患者について情報を集める事にした。
画面越しに見てきた人類の中でも、一等美しい彼の目が覚めるまで。