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全て満月のせい  作者: 史音
3/10

美味しいお酒のせい


一人で飲んでいるのも悪いから冷蔵庫から勝手に材料を取り出して、追加でおつまみを作ることにした。

そう言えば聞こえはいいけれど、ただ単に間が持たなかっただけだ。たくさんあった玉ねぎを取り出して、それを輪切りにして、フライパンで焼き出したところで、川原が戻ってきた。

「遅かったね、あれ?」

川原はTシャツにジャージと言うラフな格好にバスタオルを肩からかけている。髪が濡れていた。その髪を川原は無造作にタオルで拭きながら、そのままキッチンに入ってきた。


シャワー浴びたんだ、と驚く。だからこんなに時間がかかったのかと思って気が抜けた。

思わず反応が遅れてしまった隙に、川原はまた私の近くにやって来た。

「え、いい匂い。何それ?」

「玉ねぎ」

うまそう、そう言ってまた私のすぐ後ろからフライパンを覗き込んだ。


隣からお風呂上がりの匂いがする。

温まったせいか、顔が赤く蒸気している。


こんなにラフな格好だったり、お風呂上がりの濡れた髪だったり、普段見ない姿を見てしまっていることに、少なからず動揺する。

思い切り、プライベートだ。こんなものを見てしまっていいのかと思う。


でも1番の問題は距離の近さ。次に顔の整い具合。その次に色気。

だから、無駄に近いって。無駄に整いすぎだって。無駄に色気振りまかないで。


落ち着かなくて、慌てて深呼吸する。


動揺を悟られないように、また肘でどかすようにして、その体を避けると川原は私の肘をするりとかわした。

適応能力高い、やるな。

「水村もシャワー浴びてきていいよ」

そう声をかけてくるから、私はため息と共に返した。

「いや、いいわ」

「え、いいの?」

そう言って横目でチラリと私を見る。


風呂上がりの髪の濡れたイケメン、流し目バージョンって、無駄に色気だだもれだと思う。

こういうのも、要らない。


それに、どう見てもお風呂とか借りてる場合じゃないでしょう。

私はお酒を飲みに来ただけで、お風呂に入るのはそれに含まれない。


「飲んだらすぐ帰るから、いい」

「へえ。そうなればいいね」

私の返事に川原は勝ち誇ったように笑う。


やめてくれ。私は絶対に帰る。


そう言おうとして、言ってもきっとこの人は本気にしないだろうと、いうのはやめた。

代わりに黙ってフライパンに醤油を回しかけると、オーブンの中に負けないいい匂いがした。



私の作った玉ねぎのソテーを川原は絶賛してくれた。

ヤツはワインを飲もうと言ってきたけれど、そうすると1本あけるまで飲むことになりそうだから、迷わずビールを選択する。ニコニコしながら当たり前のように私のすぐ隣に座ったコイツを、引き剥がすのに苦労したのはほんの少し前の話だ。


今、私たちの間には、それなりの距離が空いている。

少し離れたその距離に安心する。


「じゃあ、水村の話聞かせてよ」

「え、なんの話?」

「だから水村の恋の話。藤田のことでなくてもいいし」

「はああ?」

私はとても嫌な顔をした。だってそんなのわざわざ話す必要ない。

不満を前面に押し出した私を、川原は楽しそうに笑う。だから私は、嫌な顔をしてビールを煽った。

「別に藤田のことはなんとも思ってないよ」

「そう?」

つい強がってしまった私を、隣で上目遣いに私を見てくる川原。その目がわかってますよ、と語っている。


私は自分の気持ちを誰にも言っていない。

完璧に隠していたはずだった。

なのに、どうして、よりによってコイツが知っている。



「私、そういう面白い話ないから。川原がしてよ」

川原はビールを飲んで、顔を天井に向けた。

「そうだなあ。俺の話か」

「そういえば、川原ってモテるって噂だけど、今、誰と付き合ってるの?」


その質問に、恐ろしいほど冷たい目で返される。あまりにも冷たい視線に、私は怯んでしまった。

「え、何?まずいこと言った?」

「いや、いい」

「いいって顔してないよね……」

その冷たい視線と顔に、思わず指摘すると、川原はため息をついた。

「俺、誰とも付き合ってないけど」

「そうなの?」

「本当。嘘言う必要ある?」


その態度に嘘はなさそうだった。

じとっと見てくる瞳が、なんとなく非難しているように見える。

勝手に勘違いして疑っていたことが気まずくて、私は思わず目の前のグラスを空けた。

川原がそれを見て目を丸くする。

「さすが、水村。酒強い」

私はちらりと川原を見た。

「川原と飲んだことないよね」

「そう、誘ってもいつも断られるから」

断ったかなあ、記憶を辿りながら独り言みたいに呟いたら、

「断ったやつは覚えてないんだよ」

笑顔なのにとても苦い顔が返ってきた。

「断られた方は忘れないけど」


だけど、目があって川原は真剣な顔をした。

「噂は噂。今は誰とも付き合ってないし、あれこれ遊んでもいないから」

「嘘だ」

「俺の部署、めちゃくちゃ忙しいの、知ってるでしょう?そんなホイホイ遊んでる暇ないよ」

私の発言を即座に否定する。なんの宣言だ、というくらいキッパリと言い放った。

「俺、ずっと想っている相手がいるから」


へえ、と思わず驚いた。

こんなにモテるのに、一途に思う相手がいるなんてすぐには信じられない。

「川原なら誰でもすぐにOKしてくれるでしょう」

「そうはいかないよ。手強い相手だから」

「へええ」

私はつい、その話を掘り下げてしまった。


川原の恋の話なんて、聞いたことない。

社内1の人気者の恋の話なんて、確かにちょっと興味深い話題だ。

本当に気軽な気持ちだった。


「いつから好きなの?」

「うーん。この1年くらいかな」

ええ、と私は目を丸くする。

「結構長いね」

「まあな」


私は決して長くない川原との付き合いを思い出す。だけど全く何も思い出せない。

でも藤田経由で話をするようになったのはちょうど1年くらいだと思う。

確かにその辺りから、川原の女性関係の話は少し落ち着いた気もする。

でもそれは新入社員にもイケメンがいたりしたから、ある程度人気が分散したのだと思う。


私は遠慮なくおつまみに手を出しながら、質問する。

「その人のどこが好きなの?」

「いつも一生懸命に仕事しているところかな」

「へええ」

相槌を打つと、川原はそのまま話し続けた。

「気も遣ってくれるし、意外と家庭的だってこともわかった」

「ふーん」

私は社内の女子社員を思い浮かべながら返事する。


川原好みの清楚系女子で仕事に一生懸命で気遣いのできる家庭的な人。

結構いるな、と言うのが正直な感想だった。心当たりがありすぎてわからない。


川原は私の顔を見て、それからふっと視線を逸らせた。

こういう人でも、誰かを追いかけることがあるんだと思うと、恋愛って難しいと思う。

「誘ったりしなかったの?」

「したけど、全然だめ」

「川原が?」

嘘でしょう、と言うと、川原はため息をついた。

「他に好きなヤツいるみたい」

そう言って息を吐く姿は、憂いがあって、それはそれで女性の気持ちを掴んでしまいそうなものだった。

イケメンは何をしても一定の人気を得られるのだと思うと、すごい。


だけど、川原に見向きもしない人がいるんだ、と不思議な気がした。

思わずじっと川原を見ていると、話し終えた川原は体の向きを変えてじっと私を見た。


「ずっとその人に夢中だね。俺は」


相変わらずキッパリした態度だった。

だから、なんの宣言なんだって。

そう言いたいのに、うまく言えなくて私は視線を逸らす。



川原は新しくビールを空けて自分と私のグラスに注ぐと私を見た。

「じゃあ、水村の番」

「ええ?」

「俺の番は終わり」



確かに、少しだけ聞いたよ、今は川原に相手がいないって。

ずっと思っている相手がいるって。

だけどそれと比べて、私の話はつまらないけど。

なんの盛り上がりもない話だけど。


そう思ったけれど、つい、私は口を開いてしまった。



なんだか川原が話したのに、自分が話さないなんて負けた気がするからかもしれない。

それとも、なんとなく、自分の話を誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。


それとも

全てこの美味しいお酒のせいかもしれない。


多分、私は酔っ払ってしまったのだ。


美味しいお酒と、この人に。


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