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全て満月のせい  作者: 史音
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全て満月のせい

どんなに素晴らしい人間にも、一生に一度くらい魔がさすことはあると思う。

で、あれば今夜の私の状態はまさに、その一度くらい、の魔がさしたために起きてしまったたことなのだと思う。



同期の男性社員の藤田から飲みに行こうと誘われたのは金曜日の午後だった。

そんな時間に誘ってくること自体、予定がないのを見透かされていると思う。だけど、同期で一番藤田と仲がいい私は、あっさりそれを受けてしまった。


だけど、会が始まってわずか10分で、私は参加したことを後悔した。


「で、大学の飲み会で再会して、ずっと好きだったってことになって、付き合うようになった。これ、すごいよね?」

藤田はそう言って満面の笑顔で煽るように酒を飲んだ。


つまり、この会は『大学時代に密かに恋をしていた相手に再会して付き合うようになった藤田を祝う会』だったようだ。

参加者は私を入れて3人。

私、藤田、それからもう一人同期の川原。


川原という男が、私は好きではない。

背が高くて、顔も良くて、仕事の評判もよくて、つまり世間的に、とても素晴らしい人間だ。現にこの会社でもコイツの人気は凄まじくて、うちの女子社員のほとんどがコイツに好意を持っていると思う。

そして何が嫌かというと、コイツはそれをよく理解していて、それをうまいこと利用して、会社内外のかわいい女子を好き勝手……、まあ、つまり遊んでいる。

実際はよく知らないけど、噂だけでもあれこれ出てきて、いわゆる火の無いところに、ってやつだと私は思っている。


川原の見るからに遊んでいる感じとか、自分に自信のある感じが、なんというか好きになれなかった。だから同期なのに私は川原とほとんど話したことがない。



ただ、奴の好みは清楚で可愛らしい人、というのがお決まりで、それだけは助かったと思っている。

いつも噂になるのは可愛らしい、笑顔の素敵な癒し系女子だった。


運のいいことに、私は顔も性格も癒し系でない。

いつもパンツスタイルだし、メイクもアイラインきっちり派だ。垂れ目でも清楚でも可愛らしくもない。

コイツの好みの条件に私が合うのは身長くらい。それ以外は全部正反対だと思う。

だから、コイツの守備範囲に入ることは、ない。

本当、助かった。


「でさあ、もう…いちいち可愛いことを言ってくるわけ」

ぼんやりしていたら、すでにヘロヘロになった藤田が、机に突っ伏した。元々お酒もそんなに強くないのに、こんなに一気に飲んだら、藤田ならもう限界だろう。


「藤田、よかったな」

藤田の隣の川原は、そう言って顔を覗き込んで、それから机の反対側の私を見た。

「ダメだな、寝た」

私はため息をついた。


川原は私へ顔を向けた。

「まだ、飲む?それとも藤田を帰すか」

そう言って上目遣いで私を見る。

ネクタイを緩めた姿は妖艶で、川原に興味が皆無の私でも直視はできない。


狙ってやっているのか、それとも無意識なのか。もはや私にはわからないし、わかりたくもないけれど、女の私よりセクシーってどうかと思う。


「出よう」

私は可能な限りそっけなく言って、目線を逸らせた。

「じゃあ、俺、会計してくる」

「あ、じゃあお金渡すよ」

「いや、いい。ひとまず俺が出して、あとで藤田に請求する」

今日は藤田のおごりにしようぜ、そう言って立ち上がった。


私は座ったまま、目の前の寝ている男を見つめる。そっと手を伸ばして、目の前の男の人の閉じた目にかかった髪の毛を払った。

「この、鈍感」

ふと、そんな言葉がこぼれ落ちた。


実は私はずっと藤田に片想いしていた。

ちゃんと告白することも、好きだと伝わるような態度もしていないから、気持ちは全く伝わっていない。だけど、よりによって彼の恋の話を聞かせるために呼ぶなんて、いくら仲がいいとはいえ、ちょっと残酷だ。


入社してすぐに、勝手に藤田に惚れたのは私だ。

それから3年間、告白もしないで見ているだけで終わらせたのは、私だ。

だけど、本当に

「好きだったのに、な……」

指で藤田の前髪を弾いた。


特別にかっこいいわけでもない。

ただ笑った顔はどこか子供みたいに無邪気だった。性格はちょっとお人好しで、少し抜けたところがあって、だけど一緒にいると心が穏やかでやさしい気持ちでいられた。本当にいい人だった。


伝えていないから好きではなかった、なんて事はない。

言えなかっただけで、ちゃんと、好きだった。


未練がましく目の前の男を見ていたら、不意に背後から声がかかった。


「お待たせ」

私は素早く手を戻して、振り返った。川原が戻ってきて、今度は私の隣に座った。

隣からじっと私を見て口を開く。

「じゃあ、出るか」

「うん」

その川原の様子に、多分見られてはいなかっただろうと安心する。

私たちは立ち上がると、藤田を抱えた。


そのまま店を出て、ちょうどきたタクシーに藤田を乗せる。

川原も藤田を送って行くかと思ったのに、ヤツはそのままタクシーを発進させた。

「え、いいの?ひとりにして」

ちょっと非難がましく口にしたら、涼しい顔で

「いい大人なんだから、一人でいいだろう」

と返してきた。


あ、そう、と思って私は駅へと体を向けた。

「じゃ、お疲れ」

だけど、その手は後ろから掴まれた。振り返ると川原がニヤリと笑った。

「飲み直そう」

「え。もう時間的に無理じゃない?」

時計は19時40分。あまり時間もないから、これから次のお店っていうのもどうかとおもう。


何より面倒臭い。


川原とは仲良いわけでもないし、飲みに行っても会話は弾まないと思う。


それに……。私は辺りを見渡した。駅前の大通りで立ち止まる私たちを通り過ぎる女性たちが、チラチラと川原を見ている。

こういうの、嫌いなんだよね。

断ろうとしたら、川原は私を見て片眉を上げた。

「とりあえず、水村の失恋を励ます会ってことで」

私は思わず目を見張った。


私が彼のことを好きだなんて、誰かに言ったことはない。

態度にだって出したことはない。

なのに、なぜ、知っている。


動揺を顔にも態度にも出していない自信はある。

だけど川原は私の反応を見て、面白そうに笑った。


「俺の家、いい酒あるから、酒豪の水村も満足できると思うよ」


なぜ私がお酒に強いことを知っている。


それも気になるけれど、一番嫌なのは、川原の態度。

そういう自信あるところが嫌なんだってば。


即座にそう思ったのに、うっかり頷いてしまったのは


藤田が好きだったことを指摘されて動揺したのか

不意打ちを喰らってしまったからなのか

川原がなんでもわかっています、って顔をしているのが、腹立たしかったのか

もうよくわからない。


外を歩きながら見上げたら、綺麗な満月が見えた。

もしかしたら、全部、この満月のせいかもしれない。

綺麗な綺麗な満月のせいかもしれない。




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