第一章 第二節 この世界での日常
『命の掛け合いの場では相手の隙ですら命取りとなる覚えておけ.....。』
「・・・ハッ!」
最初に見えたのは、目の前にしげしげと生い茂る葉っぱたちと青い空だ。
身体の節々が痛い。身体に重さを感じて動けず、自身が倒れていることを認識した。
原因は恐らく、緑の小鬼の討伐に失敗し命を失いかけたことへの反省の一として、僕はフィーネさんの空気の壁「ハンギバッシュ」を喰らって昏倒していたのだろうと思う。
(またやっちゃったな……。)
気絶する前に相対した緑の小鬼はフィーネさんが差し向けた訓練相手だ。
訓練相手といってもフィーネさんが山中の小鬼を襲い、ある程度弱らせた一体を上手く僕のところに誘導して襲わせている形なので手加減なんかしてくれない。
...
訓練という名の殺し合いである。
「・・・起きたか。」
「起きたか。じゃないです!毎回こんな叱られ方したんじゃ身が持たないです!」
「それじゃあ失敗しないようにするんだな。実際のところ私が毎回助けなければ君はもう何度も死んでいるわけだし、教訓として死なない程度の痛みで済んでいることに感謝してほしいくらいだ。」
「ゥググ。」
そう、僕はもう何度も「訓練」を失敗している。
もう何もわからない子どもでもないわけだしフィーネさんが言いたいことも、伝えたいことも分かっているつもりだ。
訓練だろうが、本番だろうが関係ない。殺し合いでの決着はどちらかの死でしかない。
相手が死ななければそこで地に伏せるのは間違いなく「僕」だ。
さっきまでだってフィーネさんがいなければ間違いなく僕の意識はもうこの世になくなっているはずだ。
かといってフィーネさんが見てくれていて守ってくれていると甘えてしまうことを覚えてしまっては訓練の意味がなくなってしまう。
その帳尻合わせが、ハンギバッシュという名の反省会だということは僕も頭では分かっているつもりだ・・・
もちろん、ふざけているわけじゃない。
できない。もうやれるはずなのにできない。
足が言うことをきかないし、頭がぼーっとのぼせてしまう。
「ギルベルト。・・・あの日のことがお前の心と頭を縛っているのは分かっているつもりだ。」
あの日、あの極寒の悲劇の日。
僕を見るあの殺意の満ち籠っている目と同じ眼を見る度、僕は抗い難い発作に見舞わる身体になってしまったのだ。
「・・・はい。」
・・・生きる。
僕はそう選択した。
ギルベルト・ベルネロイという今の僕を僕たらしめる為には、自分自身の力でこの発作を乗り越えていく必要がある。
この世界では生きることはそう容易くない。命の危険とは隣り合わせの日常である。
魔物や魔獣。猛獣もいれば、盗賊や追剥、悪質な冒険者etc・・・とまあ、そこかしこに危険な存在が跋扈していたりする。
町には衛兵がいたりするが、街道や点在する町村まではなかなか手が回っていない。
通りすがりの善意の冒険者や引退し移住してきたベテラン冒険者が兼業で守り人を買って出ているくらいだ。
そんなわけで、この世界は安心安全とは決して言えない。
僕の仕事場であり、住まいでもある雪森のツバキは町からは離れているし、街道からも逸れている。ましてや周りの村々には自衛で手一杯の数人の守り人しかいない。
つまり、僕たちは自分達のことを自分達でしか守るしかない。
そんな状況もあって、僕はフィーネさんから訓練を受けていた。
「そ、それなら魔法は教えてくれないんですか!?それなら近づかなくても倒せますよね?」
「ダメだ。まだ魔法も使えない、仲間もいない。そんな今だからこそ自力で身を守る術をまず覚える必要がある。」
「え・・・なんでですか?」
「逆に魔法が使えたり、仲間がいると弊害が出る。お前が私に甘えているように、魔法に甘えたり、仲間に甘えて怠惰になりかねない。」
(・・・何も言えない。的確に痛いところを突かれてる・・・。)
「聞いているのか?魔法が使えない、仲間から孤立した時、どう自分を守るんだ?」
「うぅ・・・。」
「それになギルベルト。魔法は常に冷静でいなければ使えない。扱い方を間違えれば自身にも被害が出る。仲間が守ってくれている時はいいだろう。だがそれに甘えていると孤立させられた時にまず間違いなく死んでしまうだろうな。」
「まずは一人で自分を守れるように、ですね。」
「そうだ。自分の身一つで守れないやつに力を与えても無駄になるだけだ。」
『私が魔法を教えるなら、最低でも戦いの中で魔法を使うタイミングを作りだせるやつだけにだ。』
最後にフィーネさんはそう話を締めくくり口を噤んだ。
その後は特に特筆することもなり。
特に何もなく山頂で月輪草を手に入れ、ポーション製作の指導をつつがなく完了して僕たちは帰路についた。