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『白椿の魔女』  作者: ハイドレンジア(Hydrangea)
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白椿の魔女 第一章 第一節 「見習いの種」

白椿の魔女、はじまります。


今回はフィーネさんとギルベルト君の日常?になります。

「おい!ギルベルト!」


まだ日が出始めたばかりの朝から怒号が響き渡る。


窓から麗かな陽気が射す良き日であるにもかかわらず。


麗かな。優しい時間を楽しむ暇は・・・ない。


「……っ!はいっ!どうしましたか!?」


謀殺されてすでに余裕がない僕の頭は(何を失敗したのか)という焦りに支配され始める。


「どうしましたか、じゃない!!ルポの実が無かったぞ!」


「あっ……。」


固まっていると背中をドンっと強く叩かれる。


「ごほっ……すみません!」


いつものことだ。えずきながらも思考がリセットされ、脳を渦巻くモヤが晴れる。


「ルポの実の補充……忘れてました……今すぐ取りにいきます!」


甘く酸味のあるその実はルポの実と名付けられ、疲労回復の効能があることでよく知られている。


薬…この国ではポーションと呼ばれているもの、その一種『疲労回復薬:ルポーション』の原料としてルポの実は広く親しまれ国の労働者の支えとなり国の経済を支えている。


「それはもう手配した。それより月輪草をすり潰せ!今あるもの全部だ!」


「はい!ただいま!」


「・・・。」


メアリア連邦共和国。


その片隅にある小さなポーション工房「雪森のツバキ」が僕、ギルベルト・ベルネロイの今の居場所だ。


現在、この工房を営むのはたった2人。


薬師見習いの僕と、師匠であるフィーネさんだけだ。


この工房で製造されるポーションは幅広い。


なにより、国全体で生産される量の5%を占めるほど大量だ。


おおよそこのような小さな規模で担当するような量ではない。


諸々気になって理由を聞いてみたが、十分な報酬だけでなく様々な益があっての状況らしく(詳しくは教えてくれない)こうなっているということだった。


確かに、生活に不自由したこともなければ仕事は日没までには終わるしちゃんと睡眠もとれている。


フィーネさんも無理をしている様子は見えないし、遅くならない程度に座学や実践の機会もしっかりとある。


僕自身からすればとても恵まれている環境なのでそれ以上、追及することはしていない。


「フィーネさん!月輪草のペースト、用意できました!」


「どれどれ…………よし、釜に入れて夕暮れまで煮込め。」


「分かりました!」


しばらく釜の火加減に気を遣いながら煮込んでいると、ふとしたことが気になってくる。


(作っているポーションってどこのだれに届くんだろうなぁ)


メアリア連邦共和国、それとも別の国や大陸の誰かだろうか。


「ギルベルト。」


ずっと後ろの出入り口で僕を見ていたのかもしれない。


「えっ、あ!……すみません!ぼーっとしてました!」


物思いに耽っていて何か間違いを犯してしまったのではと少し慌てしまう。


「落ち着け。ちゃんとやっているから、そう慌てるな。」


「・・・はい。すみません。」


後ろからフィーネさんの溜息が聞こえる。


「あまり攻めるようなことは言いたくはないんだが……あまり後ろ向きだったり、すぐ慌てたりする癖は関心しないな。」


「そう・・ですよね。」


「・・・ギルベルト。最近の夢見はどうだ。」


「ええと、時折……でもほとんどはぐっすり寝れてます。」


「ならいい。煮込みが終わったら今日はもう休め。他はほとんど終わっているから明日は半日で仕事も終わるだろう。」


座学や実践は午後からだ。と言い残してフィーネさんは部屋を去っていった。


極寒のあの日、僕はフィーネさんに救われた。


生きているということはお前がそう選択しただけだ。選択が違えば、お前は土に還っていた。


感謝するなら精霊と自然に対してだ。お前に選択肢を与えたのは私じゃない。


そう言って、目覚めたばかりの僕の手のひらにある植物の種をフィーネさんは指差した。


種は僕が身に着けている銀のネックレスの中に大事にしまっている。


あの時、僕を救った魔法「介抱の揺り籠」は術の対象者の意思によって効果が異なる。


対象者が救済を望めば時間はかかるが、致命傷や著しい病気な病も癒してくれる。


しかし、その恩恵は誰もが受け取ることできるという訳ではない。


自然は何処にでも存在し、何もかもを見ている。


故に。対象者の所業や信念、真情までも彼らは見てきている。


その次第によっては恩恵は得られないどころか凄惨な最期を迎えることさえあるという。


結局、幼かった僕はそれ以上は怖くなってしまって聞くことを辞めた。


最後にフィーネさんは付け足してこう言った。


お前は自然に愛されていた、善性や行いが認められたんだろう。だからこそ「種」という贈り物まで与えられたんだ。


感謝するんだな。自分自身にも。


それから10年。


僕にはいまだに「種」という贈り物にはどういった意味があるのか分からないでいた。


フィーネさん曰く。


時が来るまでは身から離さず持っておくようにとのことだった。


他に変わったことと言えば、僕の眼がオッドアイではなくなっていたということだ。


オッドアイと内在する魔力量は相関関係にあり、膨大な魔力を秘めているその容姿は異様さと相まって凶兆の存在として恐れられているらしい。


幸いというべきなのか今は両眼とも、工房に来る荷運びのおじさんや冒険者、村人のものと全く変わらないものになっていた。


かくして、僕はフィーネさんの養子となり生きていく術を手に入れるべく薬師見習いとして修行を積み続ける毎日だ。


ーーー翌日。


フィーネさんと僕は予定通り午前中に仕事を終えることができた。


工房で昼食を摂った後、勉強と「訓練」の為に歩いて1時間程のところにある、サガナ山へと訪れていた。


街の郊外にある雪森のツバキの工房よりも更に人里離れたサガナ山は自然が豊富だ。


薬やポーションの材料に事欠かないし、質の良い素材を実際に見て・触れて・扱うことで短期間でも大きな経験と実践の機会を得ることができる。


見習いの薬師ばかりか、研究や新薬なども行うベテランにとっても重宝されるこの山には人の気がない。


何回か訪れた中で冒険者をたまに見るくらい。

  

冒険者と言っても「木彫りの腕輪持ち」である駆け出しの冒険者くらいだ。


木彫りの腕輪持ち達の仕事の依頼の中に、街や村周辺の斥候と警備というものがある。


サガナ山は斥候任務として訪れる地域の中でも最も辺境の一つになっていた。


斥候の主目的は動植物の状況確認と「イバ・パグイラル」。


通称、異ノモノ。と呼ばれる存在の同行確認と監視になる。


異ノモノ…この山では小鬼ゴブリンと呼ばれる個体が確認されているが基本的に異ノモノは縄張りが決まっているようでその範囲外に出てくることはない。


縄張りに居なかった存在が中に入り込み視界に入ると鬼気迫る形相で襲いかかって来る。


ただ、縄張りから出ると驚くほどあっさりと追撃をやめる。というより気づいたら消えている。


動物と違い、不思議な形とは言え住み分けがしっかりされている相手とも言える。


ただ、人間はとても臆病な生き物だ。


(もしものことがあったら。)


そう考えれば考えるほど不自然で、限定的ながら危険性の高い存在は看過できるはずがない。


そういった経緯から相当の実力を有する冒険者へ定期的な監視と調査の依頼が回っている。


話は戻るが、そんな場所に「薬師二人で」訪れていた。


「ギルベルト、今日は月輪草を使うから質の良いものを探してくるんだ。」


昨日、さんざん使っていたものだから感触や見た目、匂いも分かるだろう。


フィーネさんはそう言い残して、そそくさと居なくなってしまった。


「フィーネさん、すぐ居なくなるんだよな。」


ふと、素っ気ないあの人の素振りに寂しさを感じてしまう。


「・・・それよりも月輪草だ。」


気を紛らわすように僕は目的のものを探しに山を登り始めた。


『月輪草』。


その草は月の名を冠する通り、「満月の形を模したような花を持つ薬草」だ。


月の光に当てられて育つため、山や丘の頂上に群生している。


薬草といったが、薬やポーションの効果を強めたりする効果のみで単体では綺麗な花を持つ植物でしかない。


とはいえ効果の程は絶大で活用方法は幅広く、手間をかけてでも必要な一品として重宝されている。


栄養剤としてポピュラーなルポーションを例に月輪草のエキスを加えてみたとしたら・・・?


より長時間元気が湧いてくるだけでなく、蓄積される疲労物質が抜けやすくなり翌日の筋肉痛や疲労による寝坊の予防にも繋がる。


このようなルポーションを「A級ルポーション」もしくは「ルポーションA」と呼んでいる。


引退した冒険者のおじさんにルポーションAを飲まなくなってからの感想を聞いたことがあるけれど、


「やばい、あれは……湧き出てくるんだ。負ける気がしなくなる……クッ、アアっ!」


……急に目を充血させながら興奮しだしていたあの人は今頃どうなってるんだろう。


思考があらぬ方向に行きかけたその時。


(ガサッパキッ)


もう間もなく山頂も見えてきそう、といったところで坂上が騒がしくなる。


足音?がだんだんと近づいて5メートル先の茂みから僕よりも少し小さいくらいの人影が一つ飛び出してきた。


「グギャ・・・グゥ・・・」


この山を縄張りにする小鬼(ゴブリン)だ。


ただ様子がおかしい。


身体はボロボロでところどころの傷からは血が滴っていた。


弱っていると同時に興奮していることも伺える。


それにこれは・・・たぶん。


「訓練だ。」


腰にあるひと振りのナイフを鞘から抜き出して逆手に持つ。


態勢を低く、どの方向にでも動けるように両足の母指球に身体を乗せる。


興奮状態のゴブリンは視野がとても狭くなる。凶暴性も増して敵を認識すれば相手が動かなくなるまで攻撃し続ける。


現在の状況は相対した時点でお互いに真正面で認識済み。


気付かれていないならまだしも、身体能力が自分よりも高い相手に背中を見せて逃走しようと試みるのは現実的じゃない。


瀕死の相手は死に物狂いだから一番危険だけど、この状況なら短期間で倒すしかない。


「自分からは責めないで回避に集中・・・隙を見つけて一気に決めろ・・・」


「グギ、ギギャァァア!!」


ブツブツと動かない僕にシビレを切らしたのか、緑色の小人は手に持った石の斧を掲けるように持ち上げながら猛然とこちらへ走り出した。


「回避、隙、回避、隙、かい・・・!?」


気付けば小鬼が目前に迫っていた。


僕は視界の端に敵を捉えたまま左に大きく飛んで逃げる。


直後、直前まで自身がいたところを縦に一閃、斧が通る。


手負い状態のせいか斧を持つ手が少しフラついている。


攻撃の直前直後、怪我があるせいか得物自体の重さを制御しきれていないようで大きな隙が見てとれた。


(……いけるはずだ!)


フィーネさんから教わった通りの絶好の機会、間違いなくいけるはずだ。


「僕が失敗しなければ。」


狙いは小鬼が上から下へ斧を大振りした瞬間だ。


「ギギィギィ!!!」


興奮状態は収まらない緑の小鬼は無造作に大振りの攻撃を繰り返しつづける。


(やっぱり大振りの後は隙だらけだ!)


「スゥ……」


(次の隙で仕留める!)


連続攻撃で小鬼の息が上がっているし、攻撃が当たらないせいか興奮は最高潮に仕上がっている。


「これなら大丈夫・・・!!!」


少し余裕が出た瞬間に振り返りつつある小鬼と目が合う。


コロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス・・・


頭の中に声が響き呼吸が止まる。


真正面を向いた小鬼が走り出す。予想通りの大股、斧の振り被りは不安定で手元は軽くブラついている。


こちらは正面から突っ込んで小鬼の攻撃に合わせて左に飛んで横に飛んで回り込む。


あとは露わになった首を横からブスリ・・・それだけ。


「ふー。」


足に力を込めて走り出す。


ただ、妙に足が軽くて地に足がついている気がしない。


(・・・そんなことより相手をよく見て!集中!)


回り込むタイミングまであと・・・!?


「え”!」


あと5メートルというところで突然足が空を蹴った。


正確にはつま先が地面を捉えた瞬間、恐らく地面にくぼみに足を取られたらしい。


モロに顎から地面へ倒れこんだ。


機会を逃すまいと小鬼が斧を握り、いまもなお倒れこんでいる途中の僕に狙いを定める。


(あぁ、死んだ。)


相手の踏み込みから全力打撃をするべく助走&ジャンプ。


その全ての動きがゆっくりにそしてブレて見える。


あからさまに当たったら痛いでは済まない攻撃を前にしても頭がはっきりとしてこない。


「ギゲェェェェ!!・・・ブゴォオオオ!?」


勢いよく目の前まで振り込まれた斧、そして小鬼の全身が左から来た突然の空気の壁によってひしゃげ、潰されたまま右に吹き飛んでいった。


「・・・・・。」


少しの呆けた後、ゴブリンが吹き飛んでいった方へ顔を向ける。


斧だったものは木の部分がバラバラになり金属が転がっている。


その向こうにはほんの少し前の鮮烈な光景そのまま。


身体の右側が潰れてぐちゃぐちゃになっている状態の赤と緑の肉塊が横たわっていた。


先刻の「空気の壁」の瞬間的な威力がどれだけものかを物語っていた。


「ギルベルト。私は言ったはずだな。」


先ほど小鬼が立っていたところにいつの間にかフィーネさんが立っていた。


空気の壁なんか比較にならないほどの【殺気】をこちらにバシバシ当てながら・・・。


「聞こえてるか?ギルベルト・・・反省会だ。」


正面から衝撃が襲ってきた!と気付いた時には既に目の前は真っ暗になっていた。

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