第1話 決戦、魔王城
魔王、ノイ・ルシファール
この世界においては知らぬ者などいない
突如出現した世界の脅威。
極悪非道、奸佞邪智、異端者
配下の四天王と共に亡ぼした人間の国は数知れず。
しかし……
「滅びなさい!【緋火輪舞曲】」
唐紅の髪を風に流し、軽やかなステップで踊るように炎を纏った大鎌で斬りかかる少女。
「残念ね………本物はここだよー♪」
数多の幻影を用いて、魔王が放つ疾風の矢を容易く切り抜ける少女。
「あらあら?貴方、その程度が魔王なのかしら?」
長く美しい髪を蕀の鞭に変質させ、煽る片手間で魔王を締め付ける美女。
「追撃……了解。」
およそ身体につりあわないサイズの回転式多銃身機関魔銃を軽々と持ち、魔王を蜂の巣にする幼女。
戦闘開始から十数分で、ここ魔王城玉座の間での決闘は大勢を決していた。
「何なんだ……何なんだ……貴様らは……」
配下の四天王は瞬殺され、自身もされるがままである現実に魔王は絶望の色を隠せていない。
魔王の問いに答えるように、四人の少女の奥から一人の男が出て告げる。
「僕はインペリアル王国、魔王討伐軍第一師団『師団長』ユーリ・イグナティウス」
「同じく、第一師団『突撃連隊長』ルーシャ・イグナティウス」
唐紅色の髪の少女がぶっきらぼうに告げる。
「私はね~『幽撃連隊長』アレクサンドラって言うんだ~♪」
灰色の髪の毛を腰まで伸ばした少女が言う。
「私はインペリアル王国に咲く一輪の薔薇!『華撃連隊長』マリー……「長い……訂正求む。」イザベラさん!?酷いですわ!」
「マリーローズ……無駄……発言………多い」
金髪の美女は口上を途中で遮られる。
「私………第一師団……『支援連隊長』……イザベラ・バード。」
薄紫の髪の幼女は眠たそうな顔をして最低限の単語のみで言う。
「ふ……ふざけるな!お前らのせいd……グガッ!!」
完全にナメているとも受け取れる自己紹介に魔王は逆上するものの………
「魔王ノイ・ルシファール、覚悟しろ」
『師団長』を名乗った男は、何処からともなく銀色の長剣を顕現させると魔王の心臓を一突きにする。
魔王は仰け反り、傷口から大量の魔力を含む血液をほとばしらせた。
「ルーシャ、とどめは頼むよ?」
「名前で呼ぶな『師団長』」
やけに刺々しい声色で答えると、『突撃連隊長』は集中して魔力を高めた。
「【緋火唐紅死人鎌】秘奥」
大鎌の刃が緋色から唐紅へと変化する。
否、変化ではなく密度が極限まで高められた結果、可視化した唐紅色の魔力を大鎌が纏っていただけだ。
「終に咲くのは心の華【悲願華】」
詠唱の後に振るわれた破壊的な一撃は戦略級魔術に匹敵する魔力を内包しており、視界は緋と唐紅に染まった。
◆◇◆◇◆◇
魔力の余波が晴れる。
状況は明らかであった。
大広間は柱・天井共に消え失せ、解放感溢れる露天形式に。
魔王は存在の痕跡どころか残留思念すら残さず消失。
我が妹ながら『光と空間の魔術師』の二つ名を与えたいレベルの仕事だ。
ルーシャ・イグナティウス
僕ユーリ・イグナティウスの妹にして、世界で唯一覚醒した最強の女神の使徒である。
女神の使徒とは、世界の守護者。
今回のような魔王が生まれた際に世界が滅ぶ事がないように新に力を与えられた人間の事である。
そして、女神の使徒には『力を持つ言葉』例えば花言葉のように古くから連綿と語り継がれてきた言葉を象徴した能力が与えられる。
その中でも妹の象徴は【リコリス】花の中では最も攻撃に優れた能力を持つ。
「流石、無敵の『突撃連隊長』様だね」
あれだけの高密度の魔力を込めた一撃を放っておきながら、涼しげな表情で疲労した様子を一切感じさせない妹に僕は最大級の賛辞を贈る。
「うるさい、黙って」
しかし、妹の返答はなかなか酷い。
これにはもちろん理由がある。
力を与えられて使徒の性格や外見は得た『力を持つ言葉』が持つ『語り継がれてきた内容』に左右されるようになるという
その影響によって、元々青みがかった銀色の髪は唐紅へと変化し瞳の色もエメラルドから緋色へ、性格も花言葉である『独立』や別名である『毒花』に近いものへと変化した。
だから、こんなときには受け流すのが一番だ。
悪意があって言っているわけではないのだから。
「はいはい、わか……」
受け流そうとしたとき背筋に悪寒を感じ、とっさの判断でルーシャを突き飛ばす。
「きゃっ!何するの」
ルーシャは抗議の声を上げるが、僕に答えている余裕はなかった。
僕の腹部には漆黒の魔力を帯びた、魔剣が深々と突き刺さっていたからである。
「『師団長』……!」
イザベラが悲鳴に近い声で叫んで走り寄る。
「これは……【魔剣グラム】ッ!!」
誰かがそう叫ぶのを聞いて、僕は意識を手放した。
僕が次に意識を取り戻した時
僕の視界は蒼に染まっていた。
僕はルーシャに抱き抱えられていたのである。
そして僕を呼ぶ声が聞こえる。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……死なないで……」
「イザベラちゃんお願い……お兄ちゃんを助けて……」
「謝罪……私……無力……魔王の魔剣の呪い……解呪不可」
「イザベラの言う通り、恐らく魔王が自身の死をトリガーに仕掛けた最期の禁呪だよ……どうして気づけなかったのかな……油断してた……」
「嘘ですわ!貴女はこの私が認めた最高の治療師!できない事なんて……」
「魔剣の呪い……神呪級なの、解呪したくても私じゃできないよ」
「『師団長』……」
「う……ううっ……」
腹部の焼かれるような痛みに耐えて、僕は声を捻り出す。
「お兄ちゃん!」「『師団長』」「「『師団長』」」
「お兄ちゃん!傷は浅いからじっとしてて!」
「いいんだ、自分の体の事は自分が分かってる……だから……」
おそらく僕は死ぬだろう。
だから
「イザベラ……」
「………あい。」
イザベラはもう分かってるのか、目に涙を溜めている。
「今までありがとう。イザベラのバックアップが無ければ、万全の状態で戦えなかった。流石、『世界最高の治療師』」
「否定……私……無力……ますたー……救えない」
「そんな事は絶対にない。だって僕のこれは致命傷だよ。むしろイザベラのおかげで即死じゃなかった。」
彼女が呪いの進行を止めていなければ、僕はこうして最期に意識を取り戻すことなく死んでいただろう。
遺言すら残せず。
「ますたー……」
「だから、もっと誇って欲しい。『最高の治療師』さん」
「マリーローズ」
「はいっ……!」
「いつも危険なタンク役をありがとう。あと、沈みがちな空気を盛り上げてくれて助かったよ。だけどアレクサンドラやイザベラを責めないで欲しい……これは僕の油断の結果だ。」
「分かり…ましたのッ!……」
「アレクサンドラ」
「ぐすん……ごめんなさい……私……」
「魔王が仕掛けた最期のトラップらしいね」
「うん……だから私が気づいていれば……」
「違うよ」
「え?」
最期に僕の仮説を伝えておこう
「恐らく魔王は魔剣を自身の無限収納内に加速をつけた状態で入れていた。」
そして強く張らせた魔力線で他のアイテムか何かと繋いでいたのだろう
「無限収納は術者が死ぬとしばらくの後に中身が外に出る……」
もちろん魔力線も術者が死ぬと消える。
そして加速されたままの呪いの武器が打ち出されるのである。
この手の罠は優れた魔力探知や罠探知を持つ者程気づきにくい罠である。
異空間からいきなり武器が出てくるに等しいのだから
「だからアレクサンドラが悪い訳じゃない。」
「ルーシャ」
ルーシャがイヤイヤと首を振る。
でも最期に言っておかなければならない事がある。
「巻き込んでしまって悪かった。」
自分にとって唯一残された肉親、大切な妹だ。
まだ12歳、年相応に友人と遊んで親に甘えていても許される年齢。
ただ、世界で最も強い花言葉の加護を受けてしまっただけに、
そんな娘を巻き込んでしまった事をずっと後悔していた。
「っ!!」
ルーシャの大きなエメラルドブルーの瞳からついに大粒の涙が溢れる。
「でも、ルーシャのお陰で沢山の人が救われた。」
「ありがとう」
後悔と同時に僕はルーシャに感謝をしていた。
ルーシャが居なければ魔王を倒すのはもっと遅れていた。
いつもは話そうとしても避けられてたからな
どういう訳か分からないが、この瞬間だけでも本来のルーシャが出てきてくれていた事に感謝する。
「嫌だよ……ありがとうなんか言わないで、、、言うん……だったら死なないで!お兄ちゃん!!」
ああ……意識が薄れてゆく
僕だってルーシャを残して逝きたくはない
だが無情にも死は迫って来ていた。
「イザベラ……後の指揮は任せた……」
最期の一言を絞りだした僕は力尽き……
妹の膝の上で生涯を終えた………筈だった。