第7話 王妃の妹カトリーナ
「ん...」
目が覚める。
(...身体が重くない)
こんなに自然と目を覚ましたのはいつ以来だろう?
「お目覚めになりましたか?」
ベッド脇に立つ優しい瞳をした初老の男性。
もちろん分かります、幼少の頃からお世話になってるもの。
「フリューゲル様、私はまた体調を崩してたのですね」
昔から病弱だった。
突然の苦しさに意識を失い、気がつくとこうしてベッドに寝かされている事がよくあった。
「ええ、お加減はいかがでしょう?」
「ありがとう、凄く良いわ。
息苦しさも無いし、胸の痛みも感じない」
こんなに身体が楽なのは子供の時以来だ。
陛下、お姉様、そしてヒューゴと遊んでいた子供の時以来...
「ヒューゴは?」
ヒューゴはどこ?
私が目覚めると大体ヒューゴが居た。
忙しい彼がどうやって駆け付けるかいつも不思議だった。
「...ヒューゴは今休んでおります」
「そうなの?」
「ええ、カトリーナ様のお薬の材料を探しに旅をしましてな、少し疲れが出た様です...」
「そうですか」
疲れた顔で笑うフリューゲル様、
ヒューゴは私の為に薬の材料を求め遠い所まで旅をする事が多かった。
今回は随分無理をさせてしまった様だ。
「少し宜しいですか?」
「はい」
診療器具を手にしたフリューゲル様、検診の為少し身体を起こして調べて貰う。
「「カトリーナ!!」」
部屋の扉が開くと同時に飛び込んで来た二人の女性。
もちろん分かります。
「お母様!お姉様!」
「「「え?」」」
今の声って私?
自分の声とは思えない。
こんなに力強い声なんて最近出した記憶が無い。
お母様とお姉様もびっくりした顔で私を見ていた。
「フリューゲル様...む、娘は...?」
「まだ詳しく調べなければなりませんが、どうやら上手くいった様です」
「カトリーナ!」
「良かった!」
お母様とお姉様は私に抱きついて涙を流します。
まさかこんな日が来るなんて。
「お義兄様は?元気な姿を見せたいの」
兄のように慕っていた陛下、いつも妹のように可愛がって貰っていた。
「公務が忙しくてね、今ちょっと無理なんだよ」
「カトリーナ、陛下は王都を離れているの、連絡しときますね」
「そうなの」
残念、元気な姿を見せたかったのに。
「カトリーナ様余りご無理なさらぬ様」
張り切る私を見てフリューゲル様は笑う。
でもその顔は少し寂しげで...
「そうだカトリーナ、元気になったらフリューゲル様の屋敷に行きましょ、
お庭に今もお花が一杯咲いてるのかな?」
「フローレンスも長く行ってないしね、フリューゲル様構わないかしら?」
「もちろんですとも、お待ちしております」
珍しくお母様はお姉様を名前で呼んだ。
それだけ気を許しているのか。
その後私達は久し振りに、楽しい会話を楽しんだ。
...私がチューリス家に嫁ぐ前の様に
体力が回復してくると運動が楽しくなる。
『早く元気な姿をヒューゴに見せたい』
しかしヒューゴにあえないまま日々が過ぎる。
そうして1週間が経った。
「カトリーナ!」
侍女と王宮の庭を散策していると聞きなれた声が、
「陛下!」
陛下は優しく私の元に走ってきた。
「すまない、直ぐに来れなくて」
「いいえ、こうして来てくださいましたもの」
陛下に頭を下げ腰を屈める。
以前の私に出来なかった姿勢、陛下は驚いた目で私を見た。
「カトリーナ、良かった...」
「陛下...」
目頭を押さえる陛下。
その姿に違和感を感じる。
なんだろう、こんなに涙もろい方だったかしら?
「陛下」
「何だカトリーナ」
「何を隠してますの?」
「べ、別に隠し事など...」
慌てて咳払いをして視線を外す陛下、相変わらず嘘が苦手なんですね。
「教えて下さい。
私とて貴族の娘、王妃の妹なのです。
何が有っても受けとめる覚悟は出来てますわ」
陛下は真剣な目で迫る。
私は大きく深呼吸を繰り返した。
「それでは話そう、覚悟は良いな?」
「はい」
しっかり頷く。握った手に汗が滲む。
「チューリス家が王国に反旗を翻した」
「え?」
チューリス家が反旗を?
ハウンドは確かに陛下を蔑んでいたが、王国に反乱を企てる程の胆力は無い筈。
見た目だけの臆病な男なのだ。
「反乱は未然に防いだ、ハウンドは自領に税を掛けすぎたのだ、逆に一揆を起こされマキシリアンの元に逃げおった。
まあ領民を焚き付けはしたがな」
「は?」
反乱を企てた貴族が自領民に一揆されて、それで逃亡?
マキシリアン様といえば陛下のお兄様では無いか。
皇位争いに負けたとはいえ王国に反乱を企てた男を匿うなんて...
「まさか?」
「ああ、兄うえ...マキシリアンは帝国と繋がっている。
何らかの密約で結ばれてると考えられる」
「ハウ...主人は?」
心配なのはチューリス家の家臣達、主人が反乱を企てたとなると無事ではすむまい。
「安心しろ、チューリス家の家臣達は無事だ。
全てはハウンドとルドルフの暴走と明らかになった。
前もってカトリーナはハウンドと離縁したが、良いな?」
「もちろんです」
忌まわしきチューリス家の正室、ハウンドとの生活は悪夢でしか無かった。
そんな生活に自ら飛び込んだ人が居たな...
「キャリーとシューリー様は?」
反逆者の妻とその息子。
例え無関係であっても無事では済まない。
「キャリーは帝国に行ったよ。
理由は聞かないでくれ、息子はキャリーが戻るまで王国が身柄を保護する」
「そうですか...」
婚約者のヒューゴを捨て、ハウンドの元に来たキャリー。
私には全く理解できない。
「ヒューゴは?」
まさかヒューゴが私に会わないのは今回のキャリーと関係が?
「安心しろヒューゴは今回の件と無関係だ、あいつはお前の薬の材料を求めて旅に出て怪我をな」
「怪我?
ヒューゴは大丈夫なのですか?」
私の為にヒューゴが?
全身から血の気がひく。
その衝撃はハウンドの反乱を知った時を超えていた。
「フリューゲルの話では、身体はもう回復したそうだ。
意識も少しづつ戻って来てな」
嬉しそうな陛下、本当に仲が良い2人。
「カトリーナ、全てが片付いたらヒューゴと...考えてみてはどうか」
「...陛下」
不意な言葉に顔が赤くなる。
でも陛下の命令ならヒューゴにその気が無くても断り難くて迷惑するのでは?
そう考えると素直に喜べない。
「そんな不安そうな顔をするな、私だけの考えだ」
「はい」
軽く陛下は流すが、私はそうはいかない。
「ヒューゴを見るか?私もまだ戻ってからは見てないのだ」
「誰が今ヒューゴの世話を?」
「エリアだ」
「...エリアが」
宰相の娘で王国随一の剣士エリア。
私は知っている、彼女がヒューゴを愛している事を。
(彼女の時間を邪魔していいのだろうか?)
そう思いながら陛下の後ろを歩く。
でも早くヒューゴに会いたい...
「ここだ」
陛下は王宮のある部屋の前に止まった。
「エリア私だ。開けるぞ」
陛下自ら扉を開ける。
私の心臓が激しく鼓動する。
「え?」
部屋には誰も居らず、空のベッドだけ虚しく置かれていた。
「おかしいな?聞いてくる」
陛下が部屋の外に出る。
私はヒューゴの気配が残るベッド向かった。
「ん?」
ベッドの上に封筒が、
封筒には何も書かれておらず何気に封を開けた。
「こ、これは!?」
中には2通の手紙が入っていた。
1通には、
[帝国に行ってくる、心配掛けてすまん。
ヒューゴ]
そう書かれ、もう1通には、
[ヒューゴ様と行ってきます。
今度こそ私が守ります、皆様申し訳ありません。
エリア・マクスウェル]
そう書かれていた。