第3話 王妃フローレンス
「今日はここまでにしましょう」
フリューゲル様が優しい顔で言った。
「ありがとうございます、では私はここでカトリーナを」
ベッドで眠るカトリーナの傍らに椅子を置いた。
「いけません王妃様、子供達がお待ちです。
ここは私が」
フリューゲル様の言葉が刺さる。
もう2日も私は子供達に会っていない、でも...
「何かありましたら直ぐに連絡を致します。
どうか子供達の事を」
フリューゲル様の真剣な眼差しに何も言えなくなる。
彼自身ヒューゴの事が心配だろうに。
「分かりました、カトリーナまた明日ね」
眠り続ける妹の頬を優しく撫でる。
薬の効果だろうか、少し赤みが差して来たのが分かった。
「王妃様少し宜しいでしょうか?」
自室に戻る途中、宰相のクリスに呼び止められた。
「何でしょう」
「これを陛下に」
手渡された数十枚の書類、表紙には何も書いていなかった。
「これは?」
「チューリス家の内情です。
私が密かに調べ上げました」
表情を変える事無くクリスは言った。
彼は私達夫婦の腹心、王宮内で立場の弱かった夫を支え、国王に導いた最大の功労者。
「ありがとうございます、間違い無く陛下に」
「はい」
鞄に書類を入れるのを確認したクリスは頭を下げ、振り返る事無く立ち去った。
「ただいま戻りました」
「うむ」
扉を開け私達家族が住む自室に入る。
部屋の中には豪華な調度品等全く置かれてはいない。
そんな物に興味が無いのだ。
侍女も数人しか置かず、質素に暮らすのが性に合う私達夫婦。
夜には侍女も下がらせ私達は家族だけで過ごしている。
「子供達は?」
「今お義母さんが寝かしつけてるよ」
「そう」
飾らない夫、国王なのに私の母をお義母さんと気さくに呼ぶ。
「お茶でもどうだ?」
「私がやりますわ」
「疲れてるだろ、遠慮するな」
手慣れた手付きでお茶を淹れる、夫は国王にならなかったら地方の領主でのんびり過ごしたかったと言っていたのは本当の事だ。
「ありがとう」
テーブルに置かれたお茶を一口啜り礼を言う。
温かいお茶が私の疲れを癒した。
「カトリーナは?」
「うん、今回の薬はかなり良いみたい。
フリューゲル様もかなり期待しているわ」
「そうか」
ほっとした様子の夫、昔から自分の妹の様に可愛がってくれていた。
そうヒューゴも同じく妹を...
「ヒューゴは?」
「まだ暫くは掛かりそうだ」
夫は首を振り、ため息を吐いた。
「やはり毒ですか?」
「ああ」
疲れきった顔で夫は呟いた。
ヒューゴの容態は詳しく知らない。
しかし報告には毒を持つ魔獣に背中を引き裂かれ、毒霧を浴びたと有ったのだ。
「処置が良かったから一命は取り留めたが、かなりの猛毒だった様だ。
解毒剤もあるのだが高価な上、大量に必要でな。
国の予算が...」
一人の治癒師を救う為に莫大な国の予算は使えない。
かと言って国王とはいえ私達個人が持つお金もたかがしれている。
個人資産を殆ど持たないランドール家も然りだろう。
「募金を呼び掛けるのは?」
「母さん...」
「ヒューゴ程の人です、充分な効果が見込めますよ」
「そうだな、早速募る事にします。お義母さんありがとうございます」
「いいえ、ヒューゴはカトリーナの恩人です。
あの忌まわしきチューリス家に翻弄された娘の為にヒューゴは...」
「...お母さん」
涙を流す母の姿に今更ながらハウンドに対する怒りが甦る。
身体の弱いカトリーナを無理やり娶ったハウンド。
当時の私達はまだ国王になったばかり、立場も盤石では無かった。
有力なチューリス家の申し出に拒む事が出来なかった。
ヒューゴは足しげくカトリーナを診ていてくれていたがハウンドはそんなヒューゴの婚約者を寝取ってしまったのだ。
その事を知ったカトリーナは酷く落ち込み、体調を崩してしまった。
私達はチューリス家を取り潰そうとしたがカトリーナが止めた。
『家臣までは悪くない、子供を産めなかった私が悪いの』と。
その言葉に取り潰しを止めた。
もちろんチューリス家を、ハウンド達を許した訳では無い。
妹の体調を心配したのだ。
ハウンドにキャリーを娶り跡継ぎを作る事を命じた。
ハウンドがキャリーに飽きて棄てるの防ぐのと、キャリーをチューリス家に縛りつける為に。
「ヒューゴにカトリーナを...」
苦しそうにお母さんが呟く。
全て言わなくても分かっている。
カトリーナはヒューゴが好きだった。
ヒューゴもカトリーナの事を....止めよう。
「あなた」
「どうしたんだ?」
「これを」
私は鞄から宰相のクリスの書類を手渡した。
「これは?」
「クリスから陛下にと」
「クリスから?」
夫は書類に目を通す。
「ふむ」
夫の目が鋭い物に変わる。
それは戦場で戦っていた頃の目。
「確かに預かった、これは私に任せてくれ。
君はお義母さんとヒューゴの募金を頼む」
有無を言わせぬ夫の言葉に何かが起きる予感を感じた。