第2話 国王メルダース三世
『今更それを知ってどうなる?』
そんな衝動を抑えながら玉座に座り、宰相からヒューゴ遭難の報告を聞き続ける。
済んだ事の報告は後でいい、早くヒューゴの元へ駆けつけたいが国王という立場上許されない。
「....ヒューゴ様が持ち帰りました素材で現在ランドール家当主フリューゲル様が薬の調合しております。報告は以上です」
「ご苦労であった」
宰相クリス・ラクスウェルの言葉を聞き終えた私は玉座を立ち、部屋を出ようとする。
「キャリー・チューリスが王宮に来たとか」
「何?」
宰相が言ったその名前に全身の血が沸騰したような錯覚を覚える。
親友の婚約者でありながら富と権力に目が眩み最悪の選択をした女。
殺したいとまでは思わない、しかしのうのうと王宮まで訪ねて来るとは...
その厚顔無恥に唖然とするしかない。
「申し訳ありません、子息を連れて来られましては城門の衛兵も通さない訳には行かなかった物で」
公爵家の次期当主、自分の息子まで使うとはな。
「構わん、ヒューゴの部屋には?」
「陛下の命令通り追い返してございます」
宰相は当然とばかりに報告する。
確か宰相の娘もヒューゴに命を救われたんだったな。
「うむ」
1つ頷き玉座の間を出る。
居並ぶ家臣達の目からもヒューゴの容態を心配する様子が見て取れた。
特別室に向かう足が早まる。
私...この俺が国王になれたのはヒューゴのお陰、それなのに恩返しどころか不幸を招く事しか出来ない。
俺の...いや俺達夫婦とカトリーナの幼馴染み、ヒューゴ。
第四王子の俺は継承権も低く、王宮では比較的自由だった。
そんな俺とヒューゴは幼き日から兄弟の様に育ったのだ。
剣や魔法でお互い切磋琢磨し、良きライバル、素晴らしい友人の関係はこれからも続くと思っていたのに...
「ご苦労」
「「は!」」
私の姿を認めた衛兵は扉から離れる。
彼等は今回ヒューゴの旅に同行した者達、怪我の責任を感じていた彼等に特別室の番を命じたのだ。
こうでもしないと自裁しかねなかった。
特別室の扉が開くと大きなベッドに寝かされた1人の男が目に入る。
この男こそ我が恩人ヒューゴ・ランドール。
「ヒューゴよ...」
ベッド脇に駆け寄り友の手を握る。
包帯だらけの体、ゴツゴツした手、長く剣を握りながら薬を調合し、治癒魔法で数え切れない程の人々を癒し続けたその手が今は力無く私に握られている。
残酷な現実に私の両目から涙が溢れた。
「どうぞ」
肩を震わせる私にハンカチが差し出される。
気配は察知していたので特に驚く事では無い。
「すまんなエリア」
「いいえ」
王国騎士団一番隊隊長エリア・ラクスウェル。
宰相の娘でありながら王国内最高剣士の1人。
私と剣の腕は互角。
「...申し訳ありませんでした」
「仕方ない、それだけ魔獣が強かったんだ」
力無く項垂れるエリア。
彼女も今回ヒューゴの旅に同行していた。
「それでも私が盾になっていればヒューゴ様は...」
「止めろ。
そんな事になっていればヒューゴは苦しんでいたさ、あいつを困らせたいのか?」
「...そんな事は」
エリアは涙を堪える。
泣きたい気持ちを抑えて気丈に振る舞える彼女は強い、俺以上だ。
そんなエリアはヒューゴを愛している。
「お妃様は?」
「フローレンスか、あいつは今義妹の所だ。
お前達が持ち帰ってくれた薬の素材を使ってフリューゲルが薬を調合しているのを手伝っているよ」
「フローレンス様自らですか?」
「ああ、俺達は子供の頃よくランドール家に遊びに行ってたんだ。
あいつはよくヒューゴがフリューゲルに薬の調合を教えて貰ってる横で一緒に教わっていたからな、今も妹の為に勉強していたから問題無い」
お妃が薬の調合を手伝うなんて考えられない事だ。
エリアは信じられないといった顔をした。
「フリューゲル様も...」
エリアが複雑な顔をした。
ヒューゴの父フリューゲルも本当は息子の元に行きたいだろう。
しかし代々王国に仕えるランドール家、王族に連なる王妃の妹の命を救うのが治癒師の務め。
苦しい胸の内が分かっていた。
だからフローレンスが手伝っているのだ。
「カトリーナは大丈夫だ、今度の薬はかなりの効果が期待出来るとヒューゴが言ってたし」
「...はい」
エリアは複雑な顔のままだ。
ヒューゴの容態も気ががりなんだろう。
「心配するな、ヒューゴは死なんよ」
「陛下」
「死なせはしない、どんなに金が掛かろうともな」
「ありがとうございます陛下」
私の言葉にエリアは少し安心した様だ。
顔に血の気が戻る。
ここでエリアの格好に気づいた。
上は動き易い作業服だが下はスカート姿。
「これですか?」
「ああ」
私の視線にエリアは照れ臭そうな笑みでスカートを摘まみ笑った。
「ヒューゴ様が一度私のスカート姿を見たいと仰られてましたので」
「そうだったのか」
幼き日より武の才に恵まれたエリア。
男らしく振る舞い、普段からいつもズボン姿だった。
「おいヒューゴ。見ろよエリアがスカートを履いてるぜ」
「...陛下」
「なあ早く起きろよ、俺はお前が居ないと、全てがつまらないんだ」
ヒューゴの手に僅かな力が入った気がした。