第11話 宰相クリス・マクスウェル
「帝国から親書が届いております」
「そうかご苦労」
王宮内にある国王の私室に呼び出された私。
2人しか居ない部屋で陛下に親書を手渡した。
1年前、帝国軍はマキシリアン治める領地から先に侵攻出来ないまま膠着状態に陥り、物資の供給も絶たれた。
帝国は全ての兵を撤収し戦争は終わった。
帝国内で反乱が相次ぎ、それどころでは無くなったのが大きかった。
「ふむ」
陛下が親書の封を開け、一言唸る。
その表情は変わらず、何が書いてあるのか窺い知れない。
「ルドルフとマキシリアンの身柄をこちらに送るそうだ」
「ほう」
2人の身柄を王国に送致するという事は今回の戦争責任を全て擦り付けると意味している。
しかし全ての責任は無理な話だ。
「受けますか?」
「そうだな、これ以上は帝国も受け入れ難いだろう」
顎髭を擦りながら陛下が呟く。
本来ならば賠償金の請求までいくところだが、そうなれば帝国の民が増税に苦しむだけと思われた。
「反乱は収まるまい」
「そうですか?」
「ああ、これを見ろ」
陛下は手紙を懐から差し出した。
「これは?」
「帝都に潜入させた間者からの報告だ」
手紙を受けとる。
本物の手紙は暗号で書かれていたのだろう、全て平文に直されていた。
要約すると、帝国内の反乱は反皇帝の貴族だけでは収まらず、大勢の国民まで参加し、体制の崩壊は時間の問題と記されていた。
「なかなか詳しいですな」
細部まで調べられた内容に感心する。
「うむ、ルドルフの調査に1年前送りこんだ者からの報告だ」
「それは...」
陛下の言葉に1人の人物が頭に浮かぶ。
帝都に潜入し、消息を絶った女。
噂では任務を放棄し、帝国の民になったと聞いたが...
「俺が命じたのだ」
「陛下が?」
陛下の口調が変わる。
この口調の陛下は本音で話す時。
「『帝国の市民になり引き続き諜報活動せよ。息子の身柄は保証する』と」
「よく了解しましたな」
捕まれば即死刑、帰られる時すら分からない。
いや、2度裏切った事になるのだ。
もう王国に帰る事はおそらく叶うまい。
「けじめだ」
「けじめ?」
「ヒューゴを裏切った報いは受けねばならん。
例えどのような事情があろうともな」
「陛下...」
有無を言わせぬ言葉、これがあの女の罪なのか。
「それよりクリス、すまなかったな」
「何がですか?」
「エリアの事だ」
「その事ですか」
エリアはヒューゴと半年前に帝国から帰って来た。
私はエリアの貴族籍を抹消し騎士団団長を罷免した。
独断で王国を離れた娘を宰相の私が許しては周りに示しがつかない...建前だが。
「マクスウェル家の跡取りを失わせてしまった」
「仕方ありません、1人娘でしたからな」
本来ならエリアに婿養子を取らせ家を存続させるべきだったのだろう。
「養子を迎えます。
縁戚になかなかの人物が揃っておりましてな」
努めて明るい顔で笑う。
本音を言えばエリアの子供に家を継がせたかった。
しかしヒューゴと3人幸せそうに暮らすエリアを見ているとこれで良かったと思えた。
「ヒューゴの側室扱いでは肩身が狭いだろうに」
「それも仕方ありません、カトリーナ様の為です」
「カトリーナか...」
陛下の顔が歪む。
カトリーナ様の体調は新しい薬のお陰で以前より幾分良くなったが、身体が治った訳では無かった。
またいつ悪くなるか分からない。
『せめて今だけはカトリーナにヒューゴの妻として過ごさせてやりたい』
ヒューゴとエリアは陛下達に頼まれ、了解したのだ。
「カトリーナは子供の頃と変わらん、考え方が幼くてな」
陛下の目に涙が滲む。
妹の様に可愛がって来たのだ、ハウンドに嫁がせてしまった後悔が今も陛下を苦しめているのだろう。
「カトリーナとヒューゴは正式な婚姻は結んでおらん、だからクリスよ...」
「ありがとうございます。
このクリス、陛下のその言葉だけで充分です。
エリアも同じ気持ちで間違いございませんよ」
陛下の言葉に涙が止まらない私だった。