第10話 皆の想い。エリア
「どうぞ鍵は開いております」
ヒューゴ様が身体を起こし扉に呟く。
私には何も気づかないのに?
「失礼します」
部屋に入った男は先程の人、何事も無かったかの様にヒューゴ様に頭を下げた。
「さすがです」
「さすがとは?」
男の言葉にヒューゴ様は首を傾げた。
「私の気配を察知した事です。
完全に消していたつもりでしたが」
「ああ、まあ経験ですかね」
「さすがです、10年前帝国内で暴れまわり、その人ありと言われただけの事はありますな」
「え?」
一体何の事だろう?
10年前にヒューゴ様は国王陛下の命で帝国内潜入し、数々の諜報活動をしていたとお父様から聞いていたが詳しくは教えて貰っていない。
「昔の事です。
今の私は一治癒師に過ぎません」
「ご謙遜を」
混乱する私を他所に2人は話続ける。
「そんな事より私を知っている貴方はやはり...」
「はい、国王の命でヒューゴ様に情報を」
「成る程、ここで私を待っていたのか」
「エリア様がご一緒なら必ず宿に立ち寄ると陛下が」
「....申し訳ありません」
やっぱり私のせいで居場所を。
「エリア、謝らなくて良い。
彼が此処を探り当てたのは私が帝国内で情報を集めていたからです。
それに王国の現在も知りたかった所です」
「...はい」
ヒューゴ様はそう言って下さるが私としては...情けない。
「宜しいですか?」
「ええ、お願いします」
男に促され私とヒューゴ様は頷いた。
「帝国ですが、ヒューゴ様の活躍もあり、充分な量の食料が届かず、戦況は膠着しております」
「こちらの被害は?」
陛下は帝国の侵攻した領民を速やかに逃がしたので王国の被害は最低限で済みました
「良かった...」
ヒューゴ様の表情が緩む。
帝国兵達は帝国から他国に攻め込むと略奪と陵辱を許可されていると聞いていたので私もホッとした。
「10年前の敗戦で帝国は未だ疲弊しており、更に新たな戦争で帝国民の不満は限界を越えております。
帝国の内部でも『戦争を止めるべき』と意見もあり、最早内乱は避けられないかと」
男の情報は帝国内の内政情報まで及び、王国の諜報能力の高さに驚く。
「ルドルフの情報は無いですか?」
ヒューゴ様の表情が引き締まる。
やはりルドルフ調査を命じたキャリーの事が気がかりなのか?
「ルドルフとマキシリアンは帝都に籠り、目立った情報はありませんが...」
「が?」
男の表情が僅かに曇る、嫌な予感がした。
「キャリーが帝都に潜入後消息を絶ちました」
「それはどういう事だ!?」
男の報告にヒューゴ様の語気が荒くなる。
こんなヒューゴ様は見た事が無い。
「残念ながら詳しくは分かりません。
帝国に捕まったとの情報もありませんが...」
男が言い澱む、嘘を吐いている様子は無い。
尤も嘘を吐く理由も無い。
「...帝都ですか」
ヒューゴ様が呟く。
まさか、
「行かれるつもりですか?」
「.......」
私の言葉にヒューゴ様の返事は無い。
それは肯定を意味していた。
「お止め下さい、ヒューゴ様の顔は既に割れております。
着く前に捕まってしまいます」
「そうですよ、そこまでヒューゴ様を危険に晒す訳には行きません」
男の意見に同意する。
いくらヒューゴ様が優れた間者だとしても顔が割れている以上誰にも気づかれずの潜入は不可能、それでも行くなら私も御一緒せねば。
(死ぬ時は一緒です)
「ヒューゴ様、陛下達から言伝てを預かっております」
決意を固めた私達に男が言った。
「陛下達から?」
「はい」
男は真剣な眼差しで私達を見ながら頷いた。
「陛下からは『無茶をするな、早く帰って来い』と」
「そうですか」
「陛下...」
陛下の心遣いが心に沁みる。
ヒューゴ様の身体が心配なのだ。
「王妃様からは『ヒューゴ!カトリーナに心配を掛けるとは何事ですか?
貴方の様な根なし草は妹の夫に相応しくありません、早く帰って来なさい』です」
「ふふ...」
ヒューゴ様が思わず笑う。
強い言葉と裏腹にヒューゴ様を心配する気持ちか分かった。
「そしてカトリーナ様です」
「ほう」
「『ヒューゴ様、私はもう大丈夫です。
フリューゲル様のお庭でお待ちしております』と」
「カトリーナ...」
過酷な運命に翻弄されながらヒューゴ様を待つカトリーナ様の気持ちが痛い程分かる。
ヒューゴ様は言葉を詰まらせた。
「最後はクリス様からエリア様に」
「お父様から?」
その言葉に私の息が詰まる。
何も言わず王都を国を去ったのだ。
心配を掛けているだろう、心苦しさが私を襲う。
「『エリア、お前は宰相の娘であると同時に騎士団団長の立場があるのに何をしておるか!
貴様の貴族籍は抹消したから好きに生きよ。
そしてヒューゴを連れて帰る様に、陛下の許可は頂いた』と」
「お父様...」
お父様の言葉に涙が溢れる。
まさかお父様がここまで私の為に...
「これは大変だな」
ヒューゴ様が呟く。
私はただ黙ってヒューゴ様を見た。
「...キャリーだけが悪い訳じゃ無い」
ヒューゴ様は静かに、独り言を呟く様に話し始めた。
「カトリーナの為に走り回っていたらキャリーが不安な気持ちになるのは当然だ...」
「そうかもしれないですが、だから裏切って良い話しにはなりません」
思わずヒューゴ様に噛みついてしまう。
「確かに...でも死なせたくは無い、シューリーの為にも」
「ヒューゴ様」
黙って聞いていた男が呟く。
「キャリーは大丈夫です」
「え?」
「それは?」
「これはまだ未確認で王国にも報告しておりませんが、しかしキャリーらしい人物が帝都にある宿屋の妻になったと情報が」
「まさか?」
「そんな?」
私とヒューゴ様は顔を見合わせる。
「あくまでも予想ですが、キャリーの意図は帝都に溶け込み、ルドルフの情報を集める為でしょう」
成る程、...でも無理がある。
「また言い訳ですね」
ヒューゴ様が悲しそうに言った。
「私もそう思います。
おそらく今の生活に疲れたのでしょう」
「そうですね」
長い沈黙が流れた。
「帰りましょう。
キャリーは帝国に潜入し帝都で行方不明、これでお願いします」
「「はい」」
ヒューゴ様の言葉に私達は頷く。
キャリーの話しはヒューゴ様を帰す為男が考えた嘘かもしれない。
しかし何故か信じられる、そう思った私達だった。