駅長。
「お客様」
プラットフォームでは、どうする事も出来ないので、取り敢えず階段を上っていると前から声がする。
「私は当駅の駅長でございます。少しお話をお聞きしたいので、取り敢えず駅長室にどうぞ」
駅長室という声の持ち主が、青い目を光らし、ボゥゥ、と音立て浮かんでいる。それは、闇に映える白いひらひらとした洋服、長い茶色の髪はくるくるとしている人形。
「あ!人形だろうと思った!こう見えても私は、『由緒正しい落とし物のビスクドール』なのだ!そしてこの駅の駅長ですお越しにならねば、駅から出せませんな」
耳に入り込むオト。由緒正しい落とし物……。高圧的なので態度。何か、とんでもないものに引っかかった気がした。そう強く言われると、従わないわけにも行かず、私はマチルダを連れ後を付いていく。
コンコースに出る。床の上を立ちのまま、スルスルと進む駅長の後を、歩いて……カクっと、曲がり、歩いて……、幾度か繰り返した。烟る様な中、何処に紛れ込んだかはわからぬが、気付けば落ち着いた調度が置かれた、部屋の客人となっていた。
「あ!サイズが人間だと思いましたな!その昔、私はそれはそれは、見栄えの良い男だったのです!ちょっと事故ってグシャラマに……。パーツが全て揃わなくてね、気持ち悪かったので、たまたま落とし物だった『この器』に入ったのですよ。どれ、切符を拝見」
擦り切れた革張りのソファーに座っていた。そこで何気なく思った事を突いてくる駅長。心が読めるのだろうか。切符を拝見と言われたので、私は手のひらを、マチルダはごそごそと探していたが、ポケットから切符を取り出し見せる。
「うむ、入場券と途中下車、不正はない、ところでお客様、そちらのお嬢様を連れて何方に?そして当駅の事は誰に、シスター達から報告は受けてますが……、確たる証拠は?」
使い込まれたマホガニーの机の上に立ち、追求してくる。私は立ち上がり近づくと、首に下げていた十字架を外すと、駅長の前にコトリと置いた。
「フム……。これは……、奴の配下になるのか?ちょっと確認を。ヴォォォ……、気合を入れたら細かく動ける……ハァァァァ!」
ブァァ!と髪が四方八方に広がり、異国の女神の様な千に万に分かれ、チロチロチロ舌を出す蛇の姿になり、おどろおどろしく動く。
蛇の小さなひとつひとつの目が赤く光る。駅長の目が青と紫に変わる。しかし無表情そのままだ。轟轟とした気を発する人形。
机の上に置かれた電話機にスシュ!と移動、シュッ!少しばかり浮く。受話器を足先にクイッと引っ掛け、フノォ!気合い一発、ゴトンと落とした。
「フウウウウ!気をつけねば。もう少しでお客様に、目から光線を当ててしまいそうですよ」
物騒な事を言いつつ、カッ!目を光らすと蛇の一匹がニョニョニョ……戸鎌首が伸び、器用にダイヤルに頭を突っ込み、ジーコジーコと回す。
――、あー、駅長だ、モートリアムの教会裏駅に繋げろ……、あー?もーしもしもし、そちらのが来たぞ。ふんふん、ほぉぉぉ……、それは面白そうだな。それは得意中の得意だ。よし分かった。手をかそう。 クヒヒ、駅長の賃金だけじゃ安くてね。いい儲け話だ。ククク……、対価はこれを貰ったらいいのか? あー?切符込みでか?そうなレバ、少し足りないが、あー、ハイハイ、遊び相手とか、諸々ね。全くどっから見てんだ。わかったわかった。そう言う事なら、当直室を空けてだな……、
音が延々と流れた。何やら話をつけている。チン!音立て終える。
「お客様、それで用意はありますかね?それにアレと覚悟は御用意で?」
覚悟……私は息を飲む。そしてこのお人形にできるのかと訝しく思う。師匠の元に戻れば……、何とかなりそうなのだが。
「あ!出来ないだろと思ったな!!こう見えても、ここで働く誰よりも力は有る!それにお客様のお知り合い様は、こういう錬成は、はっきり言って、下手!で御座います。そちらの可愛いお嬢様が、頭の上に手が生え、顔が斜め向いて、片足に指が全て集まった事になってもよろしいのなら、どーぞどーぞご勝手に」
……、ヒッ!と声が聞こえた気がした。ガタゴト!トランクも同意をしている。直立不動の駅長に、私は頭を下げた。ずぶの素人、そして教えた師匠の苦手分野と聞けば……、達人に従うのは鉄則。お願い申し上げますと心を込め、深くお辞儀をする。
「良し。では!術式を執り行う代金は、その十字架となってますから。重ねてモートリアム行きの特別切符に、宿を貸しましょう。亡者を運ぶのは客車、貨物は転生先に送る赤子のそれが積み込まれてますから、お二人は貨車ですな、ああ!荷物に絶対に!手を触れないで下さいよ」
朦々と広がった髪の毛が、シュルシュル音立てもとの形に戻る。蛇達が金茶の髪の毛に戻る。さあ、そろそろ向かいましょうかね、とお人形駅長は、ブルル……、と左右に小さく揺れ、空にボゥゥ、と浮かぶ。
「場がいるからコンコースにしよう……あそこなら円陣描けるしな……、彼女達、お仕置きの掃除はすんでいるかな……ああ!車掌!指一本切り落とせ」
ヒィィ!駅長ちゃん!指落としたら、揃うまでしばらく、爪紅塗れない!駅長に呼び出された彼がクネクネと身を捩り嘆いている。
爪紅て何?見たことがないのだが、あ、そういえば残っていたな。衝撃を受け、ヒイヒイ泣いてる彼に最後のヌガーを手渡した。
「きやぁぁ!お客様!分かってらっしゃるぅん、どうここから出る前に、私となら浮気をしても大丈夫」
いや……結構です。まだ婚礼前の、清らかなる身ですので……、と心の中で言う。
コンコースに出る。疲れた様な顔したシスターが、ひとりふたり、磨き上げられた大理石のそこにいた。駅長が高く宙に浮き、指示を飛ばす。
「シスター皆を集めろ!久しぶりだろう、そのうち男が飽きて、仲間が増えるやもしれんぞ」
駅長の声に、わかりました!と答えると手を叩く、柱の陰からぞろぞろと姿を表す彼女達。
久しぶりねぇ!あの子なの?きっと可愛いと思うわ!とマチルダを上から下まで、値踏みをする様に見ている。
「私達もその昔、途中下車した者なの、騎士道精神に目覚めた彼氏がね、蘇らせてくれたわ、でもそれだけ……、誰の男も、最後の一線を超えてくれなかった、男は人間のままでいたかったの、結局は棄てられて……、裏切れば全て吸い尽くすのに、ね。ククク、貴方もそうなるの?あの子に……」
場に着く為に移動しながら、私にそう話した黒い瞳のシスター。そうか……、男は玩具位にしか思ってないな……。手合わせをした時を思い出す。
コツンコツン、カタカタ、かたかた、カシュカシュ……、棒の先にチョークをつけたもので、くるくると空を飛びながら、複雑怪奇な陣を描く駅長……、これは師匠には無理だな、と素直に思う。
「あ!そうです、貴方の師匠は大雑把ですから無理です。お客様、材料を運び、中央に来てください。車掌!指!合図が出たらアリアを唱え!改札!鼠一匹入れるなよな!」
はひ!わかりました!と離れた場所から声が上がる。続いて取次をする駅員。車掌は指を名残惜しげに、示された場所に置く。
「ああ、駅長さん!おばちゃんが、宿直室の掃除に来たから入れろと!」
「良し!おばちゃんを入れろ!」
カリカリと、呪文だか何だかを書き込んでいる駅長。ハイハイ失礼しますよ。バケツとブラシを手にした、掃除婦の彼女がいそいそと入ってきた。私をニンマリと意味ありげに見る……。
「綺麗にしとくでね、ホーホホホ」
駅にステージを限定をすると、これからあと3話になりましたとさ←増えたのです。場を広げればすーぐ、終わるのにぃ、_| ̄|○ il||li。