階段。
ヒュォォォ、ォォォ。前髪が微かに揺れる。先が闇に溶けている階段を私は、一段一段、踏みしめ降りていく。ここはつるつるとした石張りではない。少し凹凸があるものを感じる。
左右の壁には爆ぜる火。階段の傾斜に並行して、目の先の闇には、ポッ、ポッと色がチロチロしている。一点を見つめて進めば、ざわつく事を思い出す。胸に抱えた紙袋をがさりと音立て持ち直す。
コツン……カツン、ザッ、ザッ、コツン……カツン……
足音とザッザッという記憶の音が、混ざり頭の中に響く。それは次第に、ザックザックというモノひとつとなり、あわせて怒りの感情が大きく膨らんで行く。
――、ザック、ザック、ザック、ザッ、ザッザッ、ゴツン!
「面倒くさい事するんだ。封印の何とかって、ええ?ふわぁ?なんで?ええー!」
私を助けた少女が闇夜で声を上げた。
「あぁ……これ程に……、何という哀れな」
神父様も声を重ねる。私はあまりの事に声を失った。
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
ある目的の為に、マチルダの墓を暴いた。葬儀が終わり、村人達が死者の事など忘れた夜に。私はシャベルを片手に、神父様と静かに粛々とまだ柔らかな土を除けて行った。そしてガチリと何かの音がした。
月明かりの下、目をこらせ見てみれば。
「なんで棺の上に石いっぱい乗せてるの、木棺だから蓋割れてるよぉ」
私と同じんなら良かったのにぃ、と地下墓場で、緑の粉吹く銅の棺を、寝床にしている少女がむくれる。
「全く……、悪しき因習ほど厄介なものはないが、それともここには獣が多いのか?」
祈りの言葉を唱える神父様。
マチルダ、マチルダ……、私は泣きながら大小さまざま石を取り除いて行く。埋葬に立ち会った事は今まで無かった。私の村では婚礼をもって大人になる。埋葬された後に花を手向けたことしか無かった。
「掘り起こされぬ様にとの配慮なのか?」
神父様の問いかけに、物知らぬ私は首を振った、森は深いが、それ程大きな獣はいない筈と思いつつ。不甲斐ない自分が情けなくなった。
彼女の願いを叶える為に、両家の立ち会いの元、仮の婚礼を上げた。成人になった。だから、全てを見届けるべきだったのだ。それが私の役割だった。なのに私は……
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
石を取り除く音と靴音が重なる。
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
手順を聞かされ駄々をこねた。旅立ちの衣装に身を包んだ彼女を、抱きしめ離れまいとした。納棺の儀式に立ち会っておられた神父様も話を聞き、驚き私に加勢をしてくださった。
「村には村の風習がありますんで、神父様のお手は煩わせません。前の神父様も葬儀の後は、我々に任せてくれておりました」
いけ好かない村長がそう言って鼻先で弾いた。
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
「おいきっとな、出てくるって、お前居なかったからさ、知んねえだろうけど……、実はな」
怖がりで用心深いマチルダが、誰よりも近づかない、毒蛇の住処と言われている、森の藪に入り込んでしまった顛末を、隣に住む幼馴染から聞いてしまった。
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
降りていくに連れて冷えていく空気。目の前がぼんやりとだが、先の形が朧気に輪郭取っていく。代わりに背には、とっぷり濃い色が広がっているのだろう。
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
あの日、どうして村を離れたのか。指輪が出来上がった日だったのだ。それを取りに街まで出向いた。婚礼の日迄は、二人っきりで花婿と花嫁は会ってはいけない決まりだった。だから一人で出かけた。
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
……、木曜日は……女が森に入る日なのに……、どうしてその日村長の息子が……、いたのだろう。曜日を数えられぬ馬鹿だったのか。
コツン、カツン、コツン、カツン、コツン……
「見ちまったんだ、村長の息子が森に入って行ったのを、奴は時々間違ったふりして、女の日に森に入ってさ、追いかけ回してるらしいって話は、本当だったんだ」