暴れる。
ジリリリリ!けたたましいベルの音が鳴り響く。ゴウ!ゴウゴウ……、通過音と共にホームに続く階段から、ぬるい風が吹き上る。コンコースの空気が乱れる。
まさか列車に間に合わなかったのか!底に響く音を聞き、私は少し青ざめた。
「フフ、大丈夫、アレは貨物列車だから……、他のお客様のご迷惑になる者を、注意する事が私達の仕事でしたのに」
「そうそう、昔は躾のなっていないお子さん達が、我が物顔で走り回ったり。物乞いが迷い込み……、なのに私達が、とは」
「駅長さんに叱られますわね」
コンコースの空気がピリピリとしている。目的の列車の到着時間が気になる。多分、きっと彼女は乗っている。私がホームに居ないと彼女は……。
床に置いているトランクに目をやる。今は大人しくなり、静かに私を見守っている様。くしゃくしゃになった紙袋。中味が潰れてなければ良いがと思う。こちらから動くか。取り囲むソレに焦点を当てると、左右に大きくステッキを振り空を斬る。
「キーオウ!キーオウ!」
耳に響くラッパの様な孔雀の声と共に、頭頂部が大きく膨らみシュルルルル!首から下の蛇を絡ませ、飛び出し左右に分かれて進む雌雄の頭。
蠢く長虫、私の両腕いっぱいを広げた面積が、鳴き声と共に、喰う、食う、啄まむ、啄く!ヒュポッと吸い込まれる。道が開くと思いきや。
ゾロ……ゾロリ、カサカサカサ……、ザザザァ!左右が膨らみ元に戻る。うねうねとのたうつそれ、想定内の事。ならば……、
グッ……膝に力を込めしゃがみ込む。溜め込む。頭上には金糸雀がいる。杖の先、蛇を使えば何とかなるか!一か八か!高く!高く跳躍をする。待ち構える彼女達の所に、早く向かわなくてはいけない。彼女達とやり合わなければ先に進めないのだから。
後の展開を考え、ステッキを構える。眼下の餌に孔雀の頭を向けた。嬉々としてコエを上げ飛び出す番。先が青く鋭い、銀の嘴を金糸雀が発する光を浴び、煌めかせている。
「キーオウ!キーオウ!」
ゾワ……!ザァァ!気配を察したそれが上に伸び上がる!シャオ!空を切り裂き進下りる力。ピピピピィィ!天の小鳥が群れて集まる!
黄金の塊になり、私に狙いを定めてくる。細い先端をそれに向ける。双頭の蛇が口を開く、カハァァ!瘴気をそれに吐き出し吹き付ける。
横目で見上げる。暮れる日の様な紅の色、木漏れ日の様な緑が交じる煙が塊となり突き進む、ザァァと割れ細かに散る金糸雀。
当たれば溶けて小さな泥の塊のようになり、ボタボタ音立て床に堕ちる。
いい塩梅だ。コンコースに目をやるこちらも、雌雄の孔雀が、蠢く長虫を掃討してくれている。シスター達は、割れたスカートから足を大きく広げ、迎え撃つべく体勢を整えている。
着地点を読む。一度利き手から反対の手にステッキを持ち変える。ヒュルロと音がし役目を終え、戻るモノ達。
「こうでなければ面白くない!」
髪の色と爪の色が揃っているのだろう。孔雀が喰ったそれの主が、鋭く伸ばした爪を動かし誘う様に笑う。彼女達とは接近となる。着地に備えて利き手に戻す。
タ!ンッ!靴音高く降り立つ。身体を起こして斜に構えた途端、シュ!右上から鼻先を斬る様に振り下ろされた黒の爪。身をのけぞらせ避ける、前髪が僅かにかすり、毛先が削がれた。
すかさず金色が左から来る。それを私は、甲高い音立て受けて弾け飛ばす。
バサッ!黒のスカートが、私の視界を邪魔をする。体術に長けた彼女達は、足を振り上げ蹴りを仕掛けてくる。ぐるりと体躯が回る、動きを先読みをし体勢を下げた。
戦う内に次第に、ドキドキと高揚してくる私。叩きのめすのなら、こうして彼女達の腹にステッキを刺し、動きを封じる。腹を押さえ倒れ込んだ所に、背にあるという急所を寸部の狂いなくそこを強く突く。
「キヤァァァ」
仰け反り口からモクモクと、ねっとりとした黒茶の煙を吐くと、カハァァ!スカンクリリーの匂いを末期に吐き、倒れて動かなくなるシスター達、ひとり、また一人、次は……、どうせなら、こうして縁もゆかりもない殺しを繰り返すのなら。
……、モートリアムの奴らを皆殺しにしたい……。
ゾロリといつくか残る長虫達が、ワシャワシャと、身を集めて彼女達に加勢をする。大した数ではない。再び足元に近づくそれに、孔雀を送り出す。
「キーオウ!キーオウ!」
鳥が鳴く。私の耳にはこれらを与えてくれた、神父様のお声が蘇っている。
――、そんな昔の因習など!何の意味もない!死者を冒涜するに等しい。
森の奥に打ち捨てられていた小さな教会に、ようやく来られた神父様なのに、そのお言葉など、誰も耳を貸そうとしなかった。しない。しない。ああ!私の愛しいマチルダが、ルダの毒蛇に噛まれて……、私を置いて先に逝った。
身体を激しく動かせば思い出す。忌まわしき葬儀の夜を。
――、未練が残っておる!この娘は、そこの者と婚礼を控えていたのだから、害をなすやもしれん。現に死にたくないと、言ったそうだぞ!……
村長が言う。皆が賛同する。私は泣いてやめろと言った。棺に眠る彼女に抱きついた。それを阻止しようとして……、言うことを聞かぬ私に業を煮やした、誰かに殴られ気を失った。
私は閉じ込められた。かつて貴人が、気まぐれにこの教会の地下に創ったという、地下墓場に。彼女の葬儀が終わる迄、墓穴に入れるまで出ぬ様にと、投げ込まれた。そこで……、神の采配に出逢う。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!やだ!どうしよう」
「すまない若者よ、私の力が足りなかったばかりに」
澄んだ少女の声と神父様厳かなお声が、殴られ気を失っていた私の目を覚まさせた。そこで神父様による葬儀が終わり、村の人達により『封じ込めの儀式』が滞りなく行われたと知った。
――「よそ見をしない!気が散じているわ!」
シスターの声が!過去に心を、幾ばくか取られていた私は、慌てて現実に戻る。真正面から、手刀が振り下ろされる。それを寸分で受け止めた私。いけない、爪を喰らうと毒を貰う……。息を弾ませ、金の爪の彼女と視線をぶつける。
「……、ねぇ、ここに残れば?」
白い頬を薔薇色に染め、彼女は言う。何を言い出すのだ。
「貴方面白いわ、退屈なの、最近来る人いないから……」
冗談を……、どうやら役目が終わったことを知る。幾人か殺していた。倒れているシスターの姿が、ボロボロと崩れてぱさりと灰になっていく。
天から残っていた小鳥が元に戻り、ハラハラと髪が糸のように落ちてくる。周囲を見渡し、手を引く金の爪。私もステッキに込めてた力を抜く。
失礼の無いように深く一礼をすると、首を振り薬指の指輪を見せる。それを目にして優しく笑う彼女達。
「そう、真実の愛の前には、何者も立ちはだかることは出来ません、お行きなさい、直に待ち人が来るでしょう」
私は大きく息を吐く。トランクと紙袋を取りに戻ると、生き残ったシスター達が、頭を垂れ手を組み、懺悔の言葉を捧げた後、アリアを唄い始めた中、プラットフォームに続く階段へと向かった。
私はニョロニョロしたものが嫌いです。あと3話ほどで終わります。