警備員。
中央のコンコースには、真ん中に大きな篝火が爆ぜていた。天井を支えるエンタシスの形状を持った柱が、幾本もそびえている。その側にはきちんと揃い寄り添う篝火。
湿気って淀んだ地下道とは違い、風があるからか……乾いた空間。パチパチパチパチ、パチ……、時折グニャリとよじらせうねる炎。
闇に端は蕩けているが、明るさはある。天井を仰ぐと聖母マリアの受胎告知が描かれている様だ。灯り取りの為にはめられている天窓。一部にステントグラスがある様に見える。日中に見たいものだな、さぞや美しいだろうとしばらく見上げていた。
目を落とすと柱のレリーフには百合と鈴蘭の紋章。そこの影にちらほら蠢く者たちの姿。
……警備員か?手ぶらでは不利かもしれない。駅員からは逃げろと言われていた。片手で口を握りしめていた紙袋を床に置いたトランクの上に置く。
ぐるりと巻かれている、トランクのベルトに差し込んでいた、折りたたみ式のシルバーのステッキを抜き組み立てる、カツーン……、床に先端を軽く叩きつけた。
「乗客なのですか?最近誰も来なくて」
シスターが一人、二人と三人……たて続けに、ぞろぞろと柱の影から姿を表す。
「男。ここの事は誰に聞きまして、本当に久しぶり」
私は胸に下げた十字架を、ゴソゴソと取り出しかかげる。そして印を記された手のひらを、彼女達に広げて見せた。
「シルバー・アロウに従事する者ですわね」
「列車に乗らぬ者ですの。師匠はあの神父様」
それに私は大きく頷く。シスター達は何かを話している。師匠の話なのだろうか、あの男ならば心配無いと話をしている。良かった……、私は少し気を緩めた。
「ふ……、お手合わせを願おうかしら、時間はまだありますわ」
「そう、そうね。少し遊んでもらいましょう、どうせ誰も来ない」
シスター達は、話をまとめると、ニコニコとしながら私をぐるりと取り囲む。先程の安堵は、糠喜びに終わった事が直ぐにわかった。
……、駅員が話した事を思い出す。確かこう話していた。
『警備員は退屈をしている』
仕方がない、受けて立つか。神父であり私の師匠からはそれなりに、戦闘の手ほどきも受けている。ただ何処まで通じるかは、神のみぞ知る世界。
――、彼女達は最初から本気を出す気なのか、動きを滑らかにする為に、太腿付け根から少し下に、鋭く尖った爪を立てる。踝まであるスカートを、シュッ!と縦に切り裂いた。それを左右に施す。
「私のを使いましょう」
一人がゴソゴソと衣服の中から、編んだみつ編みの束を取り出す。
「大地は黒に茶、ならば天の光には私のを」
一人が金髪のそれを取り出した。
「男!貴方の行き先はあの階段、我らを倒さねば、先へと進めない」
そう言うと金の髪で編んだそれを、上に高く放り投げる!換気口からの空気の流れがあるのか、風の渦に乗り、ハラリと解ける。綺羅に光るとわっと拡がる。
ピピピ!ピピピ!ピピ!一本一本が、小さな金糸雀となり空を舞う。
「天を照らせ!小鳥達!」
では私は、黒髪を持つシスターが、黒玉の目で柔らかく笑み私をじっと見たあと、床にシュッとそれを投げ飛ばす。
シュルル……大理石の床を滑る髪のひと束。進むにつれ解け、擬態を始める。こちらは金糸雀とは違う!一本一本が小さな鎌首を上げる蛇やら足をカシャカシャ動かす百足になり蠢き出す。
「包囲しろ!足止めをしなさい!」
我らは行くぞ!彼女達の武器はその白き手の先に、鋭く尖った爪!そして天から金糸雀が私の動きを照らして知らせ、地の蠢くモノ達は、足元を不安定にする。
「私達は本気、貴方の全てを奪いに行くから……、記憶も心も、主が宿りしモノも、肉塊となり我らの糧となる」
薄く笑いながら、淡いチラチラと動く、淡い金の光に、各々の爪を煌めかせるシスター達。
……、遊びではなかったのか……。生存をかけた戦い。これをやり遂げねば、進めないのか。マチルダ。マチルダ。愛する君よ、我に力を与え給え。
私は左指の銀の指輪に口づけをする。目を閉じれば美しい君の姿が蘇る。出来るわ、とチェリーセージの色した唇が、可愛く動く。ペパーミントの瞳が、日の光を受けてエメラルドの様に輝く。
……ガタン!カタカタ……、カタコトコトコトコト……。
足元のトランクが動く。到着する迄に、時間がないと言う様に。
――、杖の頭頂部には、小さな粒のホワイトオパール、ブラックオニキスを、それぞれの目に埋め込まれた二羽の孔雀の頭。それらの胴体は、うねうねする蛇、先端には双頭の顔がある。ルビーと、エメラルドの丸い粒の目。雄と雌が絡みつくような紋様が、下に下に彫り込まれている。
握りしめる。足元にはすぐそこまで鎌首を上げたり、ぐるりと身を丸めたり、カシャカシャ動かす、毒持つ長虫達。ジリジリと迫る。
……場を広げねば動けない。握る杖先をクルリと回す。上下を逆にし、頭頂部の孔雀をそれらに向ける。持ち手に力を込めると、握る手のひらがジンジンと痛む、
手首、腕、肩……チリチリと身の内を焼き、キリキリと痛みを与え上り進むモノが、心の臓に届き何かがギリとねじ込まれる。
胸が焼け焦げ、血反吐を吐きそうになる。歯を噛み締め耐えた。太古より孔雀は、長虫を食うという。
ズゾゾソ、ゾゾゾ、ぐるりと私の前後左右、円を描く様に集まり一筋の線となり波打つそれ。向こうでは暇を持て余した、シスター達が構えて私を待っている。