駅員。
グロいの苦手です、の、お方様は、そっと閉じて下さい。
パチパチパチパチ、パチパチパチパチ!火の粉が音立て爆ぜる。
ピチョン……ピチョン……、凸凹とした、古いコンクリートがひび割れた天井には、半円な雫が産まれている。丸く丸く、大きく溜まると堪えきれずに、形を涙の様なそれに変える。
ふる、フルルフルフル、フルルル……、風が吹く。空気穴から入り込んでいる。それに揺らされ、ポトン、ポトンと落ちる水。所々にぺったり薄い、水たまりが出来ている。
時折、ピチャピチャと子供の様にそれを踏んで進む。チュイ、チチ……パシャ!闇の狭間で鼠が動いている。
――「おお!改札くぐるのか」
コツコツ、ピチャピチャと歩き進み、改札へたどり着いた。木枠の中に若い駅員がいる。退屈なのだろうか、細く白いモノをペキポキ折って手慰みをしている。
ポキッと折ると、あむっと口に放り込み、ボリボリ音立て噛み砕いていた。
冷えるからか、足元には暖を取るために、小さな銀の火鉢に炭を熾して、その上に小さな小さな赤銅の鍋を置いている。チンチンと湯が沸いていた。
ポキ!ペキ!駅員が手元で折って食んでる代物に、私は興味を持った。じっと見ていると答えてくれる。
「これか?さっき喰った肉の残りさ。『新鮮なヤク漬け男の右手』かね、俺は清潔好きだからよぉ、ここの湯で熱湯消毒してから喰ったけどな、ハッ!ハハハ!」
トランクを床に置いた。そして紙袋を漁ると、シェーブルチーズをひと塊、駅員に差し出した。
「おお!ヤギのチーズじゃねえか」
フッフッ!と口の中に残った、細かな白いモノを吐き出すと、ありがてえ、にこにこと受け取る駅員。
「なんしろ乳の塊だかんな!これをチョイチョイ、ここにある鍋に入れてよぉ」
母は赤子を産み、赤子は乳にて育つ、母の血潮が赤子の肉に変わりゆくぅ。くししし、クヒヒヒヒ。駅員は呪文の様な唄を唱えつつ、湯気立つその中を、自分の指でぐるりと混ぜる。
「おっとぉ!アチチチチ」
慌てて引き上げると、人差し指が肉がどろりと溶けて、白い骨に変わっていた。それを口に差し入れる駅員。しばらくチュポチュポとしてから、出すと……、元に戻っていた。
「へへへ、いい塩梅に溶けたな」
でわでわ……ひょいと制帽を取ると、鍋に蓋をするように置く。その上で手のひらをぐるりと回して一声。
「ほれほれ!いでよ!カプリットぉぉ!」
モクモクと濃い甘い乳色の煙が立ち上る。その中になんと、無垢なる子ヤギの姿が……。駅員が舌なめずりをして、子ヤギが声を上げる前に、頭を持つとぐるりと回した。
ゴ!ブッ!ゴキュン!ボタボタボタ……、ダ、ダ……ポタポタ、パタパタ……。
血がドドドととと、筋を引き雫となり落ちる。胴体と頭が別れた。甘い乳の匂いに、生臭く錆びたものが混ざる。白と鮮血が色鮮やかにマーブルして行く。
「ああ!元ヤギ飼いが捧げたる、哀れな生け贄に感謝を……、くく……く!ヒーヒヒヒヒ!先ずは産まれたての目玉からだ!」
駅員の口が耳迄裂けていた。鋸の様なギザギザの歯は、一本一本鋭く先端が光っている。私はあまりの事に、ガクガクと震えた。
アレ……は。あの手の頭は、あの時、君が名前をつけた……、いや違う!違う!あの子ヤギも、家も畑も家畜も何もかも、寄進してきた……、アレは違う!違う!今はきっと神父様の元で駆け回ってる……。
あまりの事に声が出そうになり、慌ててヌガーを、一つ取り出すと、口に入れ、もぐもぐと食む。甘さで声を閉じ込める様に、目から溢れる熱い何かを堪えて。出逢う迄は、いけない。こみ上げる吐き気を懸命に抑える。
駅員は嬉々として、濡れた瞳をベロリと舌を這わせた。ガシ!喰らいつく、一息に啜りあげる。ゴキュンゴキュ……。ゴクン。
ザザザザザ……!カサカサカサカサ……、チュイチュイ!チュイチウ、チウチウ!
来た道、辺りの狭間の闇から音が立ち昇った!私の足元に何かが触れた。慌ててトランクを手に持つ、高めに上げる。
シュゥ!シュゥ!大小の鼠が、餌を求めて集まる。集まる。集まる。
チュゥチュゥチュ!ザザざざざ……!靴の上を、走る走る走る。艷やかな毛並みのそれが。
銀のひげをぴくぴくさせて寄る。寄る。寄る。
おらあ、毛皮はざらつくんで嫌いなんだなぁ!ペコンと片目が落ち窪んだヤギの頭を持つ駅員。狭い額に、牙をグググ……、押し込む。
ギギ、ギチギチギギ……ビビ!ギチギチ、ィィビビビィ!
皮を剥いでいく。ベッ!床に落とす生皮。それに群がる鼠が山になる。ポカンと穴空いた眼孔。涙を流すもう片方も啜り片付ける駅員。赤い肉黒い部分、白い筋、青い血の筋。ぴくぴく、ぴくぴく痙攣をしている頬肉。流れる透明な粘液。
ガツガツ、ガツガツと肉食う駅員。チュウチュウ群がる鼠がウゴウゴと、一つの塊を創り上げている。
「おい!お前ら散れ散れ!ほれ!」
ボキボキ……ギ!ゴキュ!器用に細い細い子ヤギの前足を一本、もぎ取るとぽーんと私の背後に投げる。
クルクルクル……白い枯れ木のように回りながら頭上を越す小さな前足。ザザザザザ……!一斉にそちらに向かう艶々とした毛並みは蛇のよう、一筋となり進む。
「乗るのか!切符を出せ!見送りか迎えなら手のひらを上に向けて出せ!」
ゴリゴリ、ゴリゴリ、クチャクチャクチャクチャ、チュウチュウチュウチュウ……。
背後で音が……している。木製の枠の中には駅員と、肉塊となり果てた、首と片足を失った、子ヤギの小さな躯が、無造作に木枠にかけられている。足元には何も変わらず、銀の火鉢に赤銅の鍋。チンチンと湯が沸いていた。
しれっと口を拭う駅員。何処も汚れていないのに、手だけはヤギのヌルヌルと血にまみれている、それを私に、ぬう……と差し出してきた。
言われたとおりに手のひらを差し出すと、駅員は何やら血文字で、複雑な紋様をするすると書いた。
「……ここで待ち合わせか?まあ!無賃乗車をするなよ、呪いがでっから……。列車に乗り込んだ途端、四肢がバラけっから気をつけな、あと今、警備員が荒れててよぉ、奴らもヒマなんだな……。出会ったら悪いことは言わない、逃げろ」
ほい!行け。駅員の話が終える。私は頭を下げると、トランクと紙袋をしっかりと持ち、天井が高くアーチになっている荘厳な造りの駅の中へと、踏み込んだ。