若い駅員。
モートリアムに姉妹がいた。
穏やかで敬遠なる姉と違い妹は、古臭い因習が染み付いている村が嫌いだった。なので駄目だと言われる事は片っ端しからやっていた。未婚の決まりなど、右から左に抜ける。
村長の息子も、その父親も、村の好色な者は彼女のお遊びの対象、戒律により、がんじがらめに抑えられている男達は、遊び女の誘いに他愛もなく引っ掛った。
両親祖母の叱責等どこ吹く風、外聞が悪いのなら街に出ましょうと言い出す始末。姉の取りなしなど無用とばかりに切り捨てる。
「ごちゃごちゃうるさい!私が古臭いここから出れる様に、相手を見つけてくるわ!お婆ちゃんだって、街で暮らす方が良いでしょ!白いパンに甘いお茶を飲んで、お芝居見て過ごすのよ、そもそもお姉ちゃんが、あんな村の男で、カタブツでしがないのを選ぶから!もっとイイのじゃないと、家族が不幸よ」
つけつけと言い放つと、彼女は困惑する姉を尻目に、憂さ晴らしをしに外へと出て行く。そして……、姉の婚礼を控えたある日の事。
街に屋敷を持つ男が村に静養に来ていた。
妹は獲物を見つけたのだ。
――、「うん、ようやく仕事も覚えた」
「ええ、駅って色々あるのね、荷物をの受け取りやら、手紙迄とは知らなかったわ」
マチルダと駅員室で、他愛のない話をしている。私は望み通りに二人でここに戻り、そこの小さな駅舎で、愛する妻と働き過ごしている。
少し朦朧していた先の駅員夫婦が、家財道具を一通り置いて逝き、その後を任された。若い私達は、利用客の皆様に直ぐに受け入れてもらえた。
「良かったわ、お若いお方で……駅舎も綺麗になって、せっかく早く届くように、ここから手紙を出しても荷物を出しても、前のおじいちゃん、発送するの忘れて、困ってたのよ」
娘に小包を送るからと、先程、窓口に来られたご婦人が笑って話していた。手紙も荷物も、昼の列車に間に合う様に持ち込み、料金を払えば隣街ならば、日が高い時間に駅にとどく。
「うん、結構知らない事あるなぁ、車掌さんに渡したら良いだけなんだけどね、昼間の列車は乗り降りするお客様が居ないから、うっかり忘れてしまいそうになるよ」
「そうそうこの前、ウトウト……、フフ……。お上手ねえ、ああそう言えば気になってたの、貴方は家に帰らなかったの?」
「あは、君が叩き起こしてくれた。ああ……帰ったさ、神父様に連れられてね。しかし入らず引き返した。臓物買いって知ってる?それが来ててね、君のは買えないから、私が殴られて半死半生の場合、バラして買うとかなんとか聞こえて。親に売られそうになってたよ。世も末だな」
名札の取り付けが終わると、二人並んでホームに出る。上から、線路を確認しながら歩く。確認が終えると、改札脇の駅員室兼住居である小さな建物に戻り、埃りまみれの箱を取り出し運んだ。中にはカンテラが数個。駅舎の修繕工事の時に、しまい込んであったのを見つけたのだ。
「まあ!そんなお商売のお方がいらっしゃるの、何でも買いさんも、びっくりだけど、そっちも嫌だわ、お迎えに来られたでしょう?どうしたの?」
バケツに水を入れて運び、雑巾を濡らし、固く絞るマチルダ。
「気が触れたふりをして乗り切った、こんなのは息子じゃ無い!その場で棄てて帰ったよ」
あら!くすくすと笑う彼女。日の光がペパーミント色の瞳に入り込む。小さな石造りの単線の駅。大きな楠が敷地に沿い植えられている。プラットフォームに、緑生い茂る枝を大きく張り出していた
木陰で笑いながら、共にカンテラを磨く。
……、村人達も使うこの路線に住み着く事になり、最初はドキドキとした。私達を知っているからだ。しかし……、服を都会のメルディアリーで仕入れた、華やかなそれを着込み、仕事中は、駅員の制服をきっちり身につけていると……、案外誰も気が付かない。
「うふふ、楽しいわね」
マチルダが何かを思い出し、頬染め笑う。
「そうだね、私も楽しよ」
「案外、分からないのね」
「ほんとに、何なのだろう人と人の繋がりは……、君の力も有るけれどね、助かるよ」
――、人の記憶とは曖昧な……、よく見れば私達なのに、列車を使うために訪れた、村長も息子も、幼馴染も他の皆も、余所者だと思っているのか、鄙びた駅で働く者の顔も見ない。
中には覗き込む様な素振りをする者もいるにいる。その者は、待合室にいる、髪を結い上げた美しいマチルダを見ると、青ざめ首を振る。
……、いや、見間違えだ、あの女は首を切り落として……、墓穴に石を入れて出ぬ様に閉じ込めた筈。しかしあの顔は?駅員は狂うて、何処かに消えた奴じゃないのか?どうしてここに?他人の空似、そう他人の……
ブツブツ呟きカタカタ震えるのを見るのは、少しばかり楽しい光景だ。どうされました?お客様と、マチルダがわざと近づき、そっと手を当てる……。
「ひ!だ大丈夫です、はははい……」
驚きふらつき倒れ込む者もいる。中には這って逃げようとする者もいた。
「あらあら大変」
優しく微笑み、彼女は倒れたお客に手を貸す。支えて身体を起こす頃には、大抵の人は落ち着き、どうかしてました。と頭を下げる。いえいえ、とやり取りするのを、見てるのは面白い。
彼女が対象者から生気を抜く時、僅かに記憶を操作する事ができるらしい。初めてそれを使った時に、頬を赤らめて喜んでいた。
――、「使い方次第で面白くなりそう」
「へえ……私には出来ないなぁ、君を狙って来る『魑魅魍魎』を討伐する事しか出来ない、やっぱり師匠の違いかな」
足元に転がる彼女の妹、そしてすらりとした身なりの良い妹の夫、それぞれのごく近しい親族達……。あの時は容赦なかった。
婚礼の後、若い二人が新婚旅行とやらに出るために、集まった見送りの一団を見つけた時、マチルダが身に宿す朱色の炎。それは花弁の様に広がり彼女を包んだ。
昼の列車の時間。待合室には彼等達しか居なかった。彼女の放つ覇気を浴び、次々意識を失い倒れる人々。
その時のマチルダの美しい姿。妹を見下す視線の気高さ。目に焼き付けて覚えている。
「ここに置くのは、妹ひとりで良いわ、後は……、私の身内は何もかも消し去って、列車に乗せたらいい、どこなりと行けばいいの。村を捨て、街に暮らすのだから、記憶なんて、なにも要らないでしょう?……男の方はそれなりでいいわね、街に戻って普通に暮せばいい」
今でもぞくぞくする程に綺麗だった。思い出しほぉ…、と夢見心地になっている私。
その時の様に、全員倒す事もなく、上手く力を使いこなす彼女。怯えた男はすっかり別人になっていた。私達など気に求めずに駅から出て行く。
日中、日が高い時の列車は上下共一本、早朝、朝に夕に夜にそれぞれ止まる、まだ珍しい特急、急行は停車が無いので通過。それらに合図を送る。
近隣の町や村の乗客に切符を売り、改札を通す。ホームの安全を確認し、到着した列車の扉を開け、お客を下ろす。時々過ぎる港からの貨物列車に合図を送る。
その他にも沢山業務があった。日報も書かなくてはいけない、お金の計算も。掃除に管理、荷物の受け取り……、マチルダが私の側で、事細かに手伝ってくれる。
幸せな時を過ごしている。人とは少しばかり、離れた存在となった私達夫婦だが、神に感謝する。
そして、私達はここで、宿の真似事もしていた。
最終列車が到着した時刻には、少しばかり賑やかなモートリアムの町の宿屋は……既に閉まっているからだ。
人助けの為に、毛布とスープを用意している。そして……
前にはなかった『特別室』も、私達は用意をしている。




