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メルディアリー駅の二人

「描けた!天才だ。駅長よりも、こっち(錬金術)が、俄然向いている。()()()()()とは違う!フフフフフ、フフフフフ、フーフフフフ……」


 ……人形が笑い声立てると不気味だな……、言われるままに動いている私。側ではマチルダが不安そうに、フラフラと飛んでいる。


「あ!不気味だなと!顔が動かないから仕方ない!そしてですね……、言っておきますが。姿形はお客様の妄想力にかかっております。しかし、ある事を成し得ないと外には出せません。日を浴びれば、ドロドロに融けますので、家の中で終生飼い殺しになさって下さい。それと少しばかり血を貰いますよ」


 それに対して私は首を振る。マチルダに似合うのは、ペパーミント色の瞳に差し込む、日の光なのだから。何処にも連れ出せないのは辛い。そして対処法は、私は教えを受けていた。


 人形が、じっと私を見る。

 私はそれをじっと見返す。


「……、血が嫌じゃなければ……、ほう、面白い。『生気』を分け与えるのか、そかそか、人造人間(ホムンクルス)と、閨を共にするのか」


 頷く。当然だろう。私はトランクからこの時に使えと言われた壺を取り出した。あと少しで出会える。二人きりになったら……。色々考えていると。


 キャー!駅長さん!いやぁん!『新婚さん初夜』を、ここでさせるのですか!シスター達の声が上がる。うおおん、そんな!と何故か車掌のうめき声。


 ヒュルリ、ゾクリとした。首筋がクッと絞まる。怒ったようなマチルダの気配を感じた、いけない、妄想を打ち消す私。


「銀の壺は中央に、蓋は閉じててくださいな」


 壺の中身は、少女が抜き出したマチルダの心臓だ。聖水に浸かっていると聞いている。今迄見たことはない。指定された場所へ静かに置く。


「ああ、パンと葡萄酒はシスターに、純愛ですなぁ……、それと(まぐ)わると、貴方は人間では無くなるというのに。禁忌を冒すのも構わない」


 頷く。当然だろう。私は彼女を愛しているのだから。そして人外と呼ばれる力も欲しい。今は所詮、ステッキに込められた力を引き出し、使っているだけ。覚えるのに時間がなかったのもあるが。


「枠を捨てて来い、外から取り入れる、隙間を開けてこい」


 そう師匠に言われてここ迄来た。言われた通りに、紙袋と、開けっ放しにしている、トランクの中から、葡萄酒の瓶を手を、差し出してきた金色のシスターに渡す。


「ほほう、それは何より……。私も気合を入れましょう。用意が整いましたね、始めましょうか。シスター、彼女の肉体が構築、憑依の後、パンとワインで洗礼を、銀のナイフをここに!壺の蓋を空けて、中に血を注ぐのです、増殖は『車掌の指』が加勢致しますから、女性ですし何とかなるでしょう」


 倒れたら終わりという事は、先に教えて貰っている。所詮、まだ生身の人間に過ぎない私だ。気合いを入れる。


 そしてアリアと聞いたこともない呪歌が流れる中、術が始まった。私は壺の側に立つ。手渡されたそれで傷をつける。腕を伝い滴り落ちる。


 上手く中に入れなければならない。壺の横にある『指』が、ウネウネし始める。心臓が鼓動を始めたら……、成功だと聞いた。


 ……プアン!プクプクプクプク……指が膨らみ蛞蝓の様に形取る、ぺったん、ズリズリ……、糸引き進む先には銀の壺、よじよじと懸命によじ登る。ポチャン、ポチャンと赤い雫が、波紋を生み、透き通った中に落ち続けているのだが、水の色は染まることはない。


 動く……ジリジリと。ヌメヌメと、ゆっくりと上る蛞蝓。私は中の心臓をじっと見ている。肩に手が置かれたのを知る。彼女と今、何かが繋がりつつあるのだろうか。


 ドクン、私の心臓が大きく跳ねた。

 ドクン、中の心臓が大きく震えた。


 蛞蝓が縁に辿り着くと、身をのけぞらせ、まるで狼が遠吠えを上げる様に、誇らしげに身をよじらせる。そして、


 とぷん。中に身を投じた。


 朦々と赤黒い煙が立ち上る。私はそれに包まれる。ジリジリと焼けこむように熱い、咳き込みそうになるのをじっと堪えていると、冷たい手が私の鼻と口を優しく覆う。そして感じたマチルダの途切れ途切れな記憶。



 ――、助けて、助けて。どうして村長さんの……皆もどうして?今日は木曜日、女が森で草摘み、泉で麻を洗う日よ。男は明日だった筈。それとも私が曜日を間違えたのかしら。


「雌鹿が走るぞ!追いかけろ、追いかけろ」


「いいんですかね、木曜日に入っても」


「いいっていいって、そんなの古臭い昔の風習だろ?」


「そうさ!頼まれたしな!雌鹿を狩ってくれって、ハハハ!ハハハ!妹の婚礼の方が大事なんだと!金がいるんだと!何でも買いが来るんだってさ、うちの親父殿が言ってたし」


 村長の息子に、隣の幼馴染、誰もが婚礼をしている男達が、マチルダを森で追いかけ回し藪へと向かわせている。祖母の懺悔から聞いてはいたが、知らない事もある……、何でも買いとは?


 ――「頭は売れるんだぜ!やべぇ儀式に使うとかで……、俺達も金に困ったら、やってみるか、さあ!お前どっちの家がそれの権利を取ると思う」


「マチルダの家だろ?婚礼してねぇし……」


「仮に挙げろってなるってよぉ、そうなりゃ折半だな」


「しっかしあいつの家良いよな、破断になりゃ示談金入るんだろ?仮祝言でも金がはいるし」


「マチルダの婚礼が決まってなきゃ、妹の為に娼館行きなんだけどよ、運悪く月替りで結婚だろ、家にも布下げてっしなぁ……、婚約破棄っての無理だし。そのまま藪に追い立てるの、ちょっと勿体なくね?」


 ――、やだ、なんの話をしているの?妹の持参金に売られるの?やだ!婚礼が決まっているのに……、だから殺そうとしてるの?私が何をしたの?怖い、怖いわ、助けて、助けて……。



 今迄、時折ガタガタと動いていたのは、これに籠もっていた彼女の思念と聞いたが……そうか……、私の名前を呼びながら、ごめん。


 マチルダ、マチルダ、そうか……、そうだったのか。


 壺の中から、ジュウジュウ音と煙を上げ、どろりとした赤黒いモノがブクブクと泡たて出てくる。それは私の足元を埋め尽くしながら陣の中に広がる。


 ズルリドロリ、ズルリドロリ、ズルリドロリ……。


 息を殺して見ている。妄想力にかかっていると、聞いているので、全身全霊を込めて、美しい私のマチルダの姿を脳裏に浮かべる。水浴びをしているのを覗いた事が、まさかの役に立ったのは……、秘密だ。





「綺麗にしとくでね、ホーホホホ」


 掃除婦の彼女が気合いを入れたのか、埃一つない。木の床にベッドがひとつ、テーブルの上には蝋燭がひとつ、瑞々しい薔薇が活けられた欠けた花瓶。に水差しにコップがひとつ。


「ねえ、あ、の、その……私は、このままでもいい……、あのあの、椅子ってないのねこの部屋」


 流石に疲れたな、ぼんやりとして上着を脱いでいると、マチルダがはにかみつつ話してくる。その声を聞けばこちらも、意識せざる得ない。


 う……、そういえば今から。どうしたらいい。壁に打ち込まれている釘に、ぎくしゃくしながら上着をかけた。


 振り返ると、ベッドの端に遠慮がちに座っているマチルダの姿……。シスター達があの場で彼女を取囲み、髪を梳いていそいそと、身支度を整えてくれたのだが……、


 そのまあ、寝間着なのだ……な。トランクの中には彼女の服が入っていたのだが、それは無視されていた。明日という事か。


 二人きりになった。意を決して名前を呼んだ。


「マチルダ」


 はい、と答えた彼女。私に問いかける。


「いいの?本当に私は恐ろしいツクリモノよ」


「うん、大幅に手伝って貰ったが、創ったのは私だし……、怖くはない。()()()、君の声を聞いたよ、私も同じ気持ちだ。だからここに来た」


「村長の息子と妹をどうにかしたい私なんて、恐ろしい女でしょう……、お婆ちゃんさえ、助けてくれなかったわ、お母さんだって、死んだら聞こえないと思ってたのかしら」


 ジジっと蝋燭が鳴く。


「妹は私が嫌いだったの、小さい時からずっとそう、村を出たいって話していた、街に恋人がいるとは知ってたけれど、私も嫌い、神父様以外誰もやめようとは言わないで、私の家と貴方の家からの、振る舞い酒を目当てにしてて」


 辛そうに話す彼女に、もういいと抱きしめ、キスをする。楽しい夜にしようと話した。


 そして私達は……、仲良く時を過ごした。もう二度と離れないと誓いあった。


 蝋燭の灯りの中で、艶めかしいマチルダの肢体を見ると、先程執り行った儀式を思い出す。駅長さんが、とてつもなく張り切って……。無表情のお人形が。


「あのドロドロの池から、手が出てきて頭に背中に……、君が姿を出すとは、意外だったな。ドロドロが固まって、形を取るのかな?て思っていた」


「私もあのどろどろに入るの?って上から眺めて気持ち悪くなったの、でも違った。嬉しい……、ねぇ、顔はや手足は分かるけど……他は見たことないでしょう?女性の身体を、未婚なのにまさか見たことあるの?」


 それには答えず、彼女の可愛く動くチェリーセージの色を塞ぐ。強く抱き締める。ドキドキとした。彼女の鼓動をしっかりと感じて。ソレは私の心臓の音と同じ。




 ――、秘事(ひめごと)を終え起き上がると、クラクラとした。白蝋の様だったマチルダは、頬に朱の色が蘇り、どこもここも血色と柔らかさが戻った様。大丈夫、と私を支える。 


「私はヒトの生気を喰うわ、それで保てる、貴方は、私に渡した分を、何処からか取り入れないと、車掌さんのように食べたらいいのかしら、それとも何か聞かされていない?」   


 心配そうに話す彼女。大丈夫、聞いてるからと、答える。酷く喉が乾いていた。


 ジジ……蝋燭が尽きようとしていた。テーブルに近づきながらふと思いついた。この駅にはカンテラが無いことを。


 どうでもいい事だけど、お礼にあの車掌に贈ったら、クネクネ喜ぶかなと、思いついた。それにしても、少しばかり酷い気分だ。マチルダが注いで手渡してくれた水を、一息に飲んだ。


 目の前には、欠けた花瓶に、咲き誇る薔薇の花がある。


 その甘く緑の香りを含むそれに、私は強く惹かれている。


出てくる諸々の解釈は、個人による物でございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、この桜子様の独自の世界観が良いのです。
[一言] おめでとうと言いたいところですが、何やら不穏ですねw
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