クロスナイトハンター・カーチャの探偵日記
夏も終わり秋に入りかけのこの季節、茶色を基調とした街並みは何処か暖かさを感じさせそして寂しさも表していた。
ただその表現とは裏腹に熱気と活気があり、人々は汽車に乗ってそれぞれの行くべき場所へ向かっていく。
事務の仕事に向かうであろう人や記者、中にはツナギを着た肉体労働者の姿もある。ただそう違う点があるとしたら人だけではないのだ。
エルフや猫耳の獣人、天使のように背中に翼を生やした種族もいた。
そう、ここは人種だけではなく種族が混じりあっている世界である。
そこに例えエジプト風の服を着た水色の髪をした女性がいても目立たない筈だが、忠の着ていた萌えTシャツは目立っていたようだ。
「事務所に来なさい。」
「はい。」
目立つ服のせいで目をつけられ切符の確認を取られた、だが切符を持っていない三人組は駅員に事務所まで連行されたのだ。
「しかしどうやって入った?」
「不思議なゲートを通るとそこに駅があった。」
「薬物でもキメているのか貴様は…隣のマトモそうなやつどうやって入った?」
ライダージャケットを着ていて、まだマトモだと思われた武も回答に困り…
「き、気づいたらここにいた。」
「…蒼髪のお嬢さん、どうやって入った?」
「あなた方は本の住民、私達は本の中に入った。ここがたまたま本のゲートに繋がっただけ。」
「………」
駅員は最後の最後に一番ブッ飛んだ回答を貰い再び武に視線を合わせる。真ん中にいたからだろうか、それとも一番マトモな回答だったからだろうか。
「え~っと怒らないで聞いてほしいです、実はこの変なシャツを着ている彼は工業薬品を吸ってしまってマンホールの中に逃げ込んだんです。下水道を走り回っているとここのホームに繋がったんですよ。」
「おいおい、そんな偶然あるか?」
「実際にその偶然があったんですよ…」
「そうか、お前も苦労しているんだな。薬物をキメた二人の世話をして…よし出ていっても良いぞ。」
「まさかこのTシャツで捕まって風評被害を被るとは…」
「まぁ、うん仕方ない。」
「おにぎりおいしい。」
駅員からの謎の同情パワーで外に出た三人はベンチに座り、回りを見渡した。カフェで談笑する子連れの女性達。まるで産業革命が起きたばかりのロンドンみたいな雰囲気を漂わせている。
ただし馬の姿は少なく、蒸気で走る自動車や路面電車が走っており、町のシンボルと思われる時計塔には巨大なブラウン管モニターがあった。
そこには白黒の映像でどっかの企業のCMが流れている。
「これでキミもエージェントだ!
虫眼鏡を使わないと見えない秘密のペン!空気を踏むことが出来るシューズ!そして欲しい物を指す万能コンパス!最後にはその場で現像!写真がシールになって出てくるエージェントカメラだ!」
古くさい演出で披露される玩具のCMだった、白黒映像が余計に古臭く感じさせたが不思議と新鮮さを感じさせた。
「武、一つ言って良いか?」
「何なりと。」
「本当にクロスナイトハンターの世界に入ったな。スチームパンクと魔法が混じった独特な世界だぞ。俺が時々マジレスするときがあるけど、あのブラウン管テレビどうやってるんだ?原理的にあの大きさは不可能だ。」
「気になる所そこ?」
「ちょっと写真撮ってくる。」
スマホを取り出し街中をパシャパシャと撮り始めた。気持ちは分かるがなるべくあのTシャツでウロウロしてほしくない。
「イレブン、次は準備が終わってから入ろうか。」
「分かった。」
携帯を取り出し機内モードにする、そうしないと電波を拾おうとして無駄に電池を使うと聞いたからだ。すると影がスマホを包む。
「?」
その影は人のフォルムだった、だが背中辺りにコウモリのような翼が見えた。この作品でこの特徴的な外見を持つ人物を武は知っている。まさかと思い上を向く、逆光で顔が見えずらいが間違いなかった。この作品の主人公の
「こんにちは!私カーチャ!セシル・フォン・カーチャ!ってきゃあ!?」
自己紹介を終えると急に何かの衝撃と同時に目の前が真っ暗になった、顔面に口に温かい布を押し付けられているようだ。その疑問の回答は忠の一言で分かった。
「顔面騎乗位とか、羨ましすぎだろjk。」
そして二発乾いた音が鳴り響いた。
「ごめんなさい、貴方の方は被害者なのに」
「いえ…」
「あの…自分には謝罪はないんですか?」
「顔面騎乗位が何なのかは分からないけど、羨ましいって言葉を言ってたので。」
ジト目で睨むカーチャ。平手打ちの後を頬に残す武と忠は擦りながら目の前の人物を観察する。
そう彼女はセシル・フォン・カーチャ。今作品の主人公だ。
上下水色のブレザーに水色のベレー帽、ショートカットのブロンドに碧眼、そして時々見え隠れする犬歯。
吸血鬼の少女が謎の怪奇事件や陰謀を暴くという、分かりやすい作品だ。主人公が気の強い女の子ということもあり、女性からも人気である。
「持続時間はそこまで持たないわね。」
彼女はそう言って翼の生えたブーツを脱ぎ普通の茶色の短靴を履いた。
「さっき…」
「ん?」
イレブンが最後のおにぎりを食べ終え発言する。
「さっきのCMでやってた空気を踏むことが出来る靴?」
「そうよ、改造して暫く空中で立ったり高い所まで上ろうとしたんだけど…やっぱり玩具だからさっきみたいに…ね。」目を反らしながら言いずらそうに言葉を濁す、そして察した二人は落ちてしまうのかと武と忠は心のなかで呟いた。
「それよりさっきの機械は何!?」
「ん?携帯のこと?」
「そう!色付きでしかもこんな小さいモニターなんて初めて見たわ!」
興奮するカーチャ、そして上の空のイレブン。街中の光景を眺めコンビニのチョコパンを開けようとしていたその時急に誰かに胴体ごと掴まれた。
「?」
何が起きたのかイレブンは把握出来てない、ただ彼女を抱えて走っている男は覆面でかつ知らない人だということだ。
「例の金持ちそうな水色の少女を連れてきた!」
「良くやった!」
裏路地では待っていたであろう相方は蒸気自動車のドアを予め開けており、いつでも出発出来るようにスタンバイしていた。
投げるように後部座席に押し込められもう片方は運転席に移動していた。
「行くぞ!」
普通のエンジンと違い車体からスチームを噴出させ、独特な駆動音を鳴り響かせながら裏路地を後にした。
「へぇ~カメラにもなってしかもレコードにもなる!凄いわね!!」
「なぁ、御免だけど金が盗まれて宿が取れない状態なんだ。どこか住み込みで働けそうな所とかない?せめてうちの連れだけでもそっちに泊めさせてくれないかな?」
この世界に来て忠がマトモなことを言いながら後ろを振り向くとイレブンの姿はなかった。
「あ~武?イレブンの姿が見えないんだが…」
「本当だ。」
武はキョロキョロ首を振りながらイレブンを探す、するとこの前回収した杖が床に落ちていた。
「ん?」
杖を持つと紙を貼っていることに気付いた、それはメッセージカードだった。
「カーチャは預かった、一週間後の科学博覧会の電気のコーナーで待つ。返してほしくば博覧会の出展を取り止めろ…なぁ忠」
「どうした武?」
「何か拉致られたっぽいんだけど。しかも間違えられて…」
「見れば分かる。」
二人はお互い顔を見合せる、するとカーチャが覗き込み「事件ね、解決するしかないわ。」と彼女がよく作中で口にする台詞を口にした。