桃太郎元服物語
昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました。(中略)
そして悪い鬼を倒し皆平和に暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
「まさか、その後日談をお目にかかれるようになるとは…普通こういうのって中世ヨーロッパ風の世界観に飛ばされるべきじゃね?」
舗装されていない道路に祠と地蔵があるだけという日本昔話にありそうな光景だ。そんなところにコスプレみたいに格好をした少女と一般的な格好をした大学生が一人、まるで地方のコスプレ会場に参加した後のようだった。
「桃太郎の持ち合わせている宝物、その中に杖がある。」
近くの岩に腰かけて、イレブンはそう言った。
「いや、まず頭の中を整理させて。自分は君があの卵みたいなカプセルから出てきただけでも混乱しているのに本の中の世界に入るってなんぞ?
そういえば最近小説家になろうってサイトが流行っているよな。そこの異世界転生ってやつかコレ?」
顔に手を押し付け、自分の世界に入り込んで頭の中を整理させた。させたが理解不能だった。
「夢か?」
「夢じゃない。私たちは今本の中の世界にいる。」
ため息をつき鞄に入れてた麦茶を飲む。相変わらず氷がガラガラとなりうるさい。
「本の世界に入った?信じられないが行動するしかないな。」
正直吹っ切れていて案外冷静に物事を考えれてた。
「とりあえず、桃太郎の家でも探すか…」
舗装されてない道を歩く、ただの一本道だ。踏む足の感覚や日照りの暑さは本物だ。草の香りや土煙、そしてどこかで料理でもしているのか、良い匂いまでしてきた。
「本当に本の中に来たのか?」
不審に思い買ったばかりのスマホを開く、するとスマホには圏外と文字が表記されていた。
「今の時代に山奥ならまだしもこんな拓けた場所で電波が入らないのは…やっぱり」
どう説明する?魔法か何かの不思議パワーでこの世界に来た。逆に非科学的だとして否定したとして目の前の現象をどう説明する?
教授は考えても解が出ないなら逆転の発想をすれば良い押してダメなら引けと言ったが、引いての同じ疑問が出てしまった場合はどうすれば良いだろうか?
「着いた。」
そんなことを考えていると桃太郎の家に着いてしまったようだ。
「イレブンさん何か計画があったりとかは?」
「桃太郎という人物から杖を返してもらう。」
「それは計画と呼べるものですか?」
だがイレブンは頭をはてなマークを浮かべ、理解をしているように見えなかった。
「そうだな、まずレポートを書く前に何をするか、分析だ。つまり情報だ。」
「?」
「あ~つまり、今はどういう状態かを確認してから行動をするんだ。当てずっぽうだけは良くないと思うから。」
家族構成
桃太郎、御爺さんとお婆さん、桃太郎と愉快な仲間たち、知らない女性。
二人は桃太郎の家を発見し、まず状況偵察ということで遠目の力か何かで、魔方陣を空中に投影し、そこに映像を映し出した。
するとそこに映ったいたのは桃太郎と愉快な仲間達だけではなく、桃太郎の本に記されていない女性がいた。
女性の特徴はこの時代というより世界の見かけた住民にしては髪が短く、そして手拭いを頭に巻いていた。
「誰だよ?」
「おきよ。」
「え?」
イレブンが答えた。
「あの人の名前はおきよ…多分おきよだと思う。」
何で、そこまで知っているんだ
そう聞いても彼女自身分かってないのだろう。彼女の記憶の欠片や力の欠片の話を聞く限りまるで破られた本を集めているようだ。
破られたページを集めて内容を汲み取る、そんな錯覚を感じさせた。
恐らく、そのページを集めきらない限り彼女が何故この事柄に関して知っているのか分からないだろう。
「おきよ…どっかで聞いたことがある。しかも最近…」
そう彼女だけではなく、自分にも聞き覚えがあるのだ。
「もしかして。」
そう言ってスマホを開いてみる。
「?」
彼女も圏外という認識を持っていたのか、何故スマホを使っているのかが理解出来なかったようだ。
すると武はスマホの画面を見せる、そこにはメールが書いていた。
件名:この間頼まれたやつ
現代語訳しておいたよ。
大体の内容はこんな感じ。
桃太郎元服姿
桃太郎に宝物を取られた鬼達が美人で有名な赤鬼の娘おきよを送り、桃太郎を暗殺することを企てる。
だが、桃太郎の容姿端麗でまっすぐな心に心を奪われ板挟みなったおきよは自害してしまう。
それを知った桃太郎は以降鬼退治をしなくなった。
「成る程。」
彼女は表情こそは変わらないが、感心したように言った。
「夏のレポートはこれにしようと話し合ったからな。聞いたことがあると思ったら、今日の朝に見ていたんだ。」
桃太郎の公式二次創作ともいうべき「桃太郎元服姿」を…
「まるでページを拾ったような感じ」
「?」
「記憶を呼び覚ます所が…ページを拾ったような気がする…」
「お、おぅそっか…」
やはりやり辛い。某ロボットアニメに出てくる蒼髪のパイロットも無口で色々あれだが、この娘の場合は会話も成り立ちにくい。
「君の杖、その記憶の欠片とやらはどの辺にあるか分かったりする?」
「おそらく、あの倉にある。」
指を指した所は飾り気がないが頑丈そうで立派な倉だった。
「よし、とりあえずあの中にある杖を貰えるように交渉すれば良い?」
武がそう言ってスマホを閉じようとすると、イレブンは待ったをかけた。
「イレブン…さん?」
「この人、可哀想。」
おきよのことだろう、確かに可哀想といえば可哀想だ。
「確かに可哀想だけど…まさか」
「物語はハッピーエンドが良い。」
「理由は分かるが…本の中の世界を書き乱して良いのか?」
根拠は分からないが、そんな気がした。大抵このような物語系統には、過去を変えてはいけないとか、世界の理を破壊してはいけないとか言われている。
この世界でもそうではないのか。
記憶喪失の彼女に聞くのも酷な気がするが、念のため確認する。もし分からないという回答なら安牌を切って杖だけ取り返し帰る。
「何度か、変えた記憶がある。」
「お?」
意外な回答だった、彼女のことだから肝心な所は分からないと返答するものだと思っていたが、そんなことはなかった。
「本来いる筈のない世界で飛行機に乗ったり、馬に乗ったり、船に乗ったり、そこの人と触れ合ったり改変してきた記憶がある。」
「確か…なのか?例えば作品名とか。」
「名前は…」
イレブンは眠たそうな目を上に向け熟慮する。そして言った。
「覚えてない、けど多分、この世界に来たことがある。」
彼女が頭の中を整理させる。ただ、この世界に一度来たことがある。
その言葉に武は固唾を飲んだ、イレブンは間を開けて次のように発した。
「私の記憶のどこかに…見覚えがある。
犬猿キジと出会いそうになかったから、召還して合流させた。」
とんでもない内容を吹き出した、そして武は麦茶を吹き出した。
「…何故そんなことを!?」
「分からない、憶えてない。でも…」
「いやいやいや!それはおかしい!」
その話が本当ならイレブンがいなければ桃太郎という物語は成立しないことになる。
「何か色々と思い出しそう、何か大きい桃を作った気がする。」
「おいいいい!全ての元凶!!」
「でも思い違いかもしれない。」
「思い違いで片付けられない!」
一度頭を整理させてみる、そうつまり彼女がこの桃太郎という物語を成立させたことになる。彼女がいたからこそ桃太郎は桃から生まれ、彼女がいたからこそ猿、犬、キジが仲間になった。
そういうことだろう。
「待てよ。桃太郎自体数百年前の物語だ。改変していたら数百年前から話が変わっていることになるぞ。となればうん大丈夫だろう。」
ただの大学生が考える範疇じゃなくなってきたと武は思った。
ふと魔方陣に投影されている映像に目を向けた。子供の頃から慣れ親しんだ内容がおきよを除き生きて暮らしている。
桃太郎は爺さんの肩もみを、婆さんは料理を、おきよは短刀を手に首に突き刺そうとしていた。
「…」
「あ…」
介入するかしないかの話をしている間に既に話は動いていた。文字通り一刻の猶予がないその状況で武は自然と体が動いていた。
正面から堂々と侵入し、人気の少ない倉の方へ一直線に進む。そこにはバタリと倒れたおきよの姿があった。
「考える時間ぐらい用意しろよ!」
頭に巻いていたおきよの手拭いをほどき、それで止血する、だが出血が止まらない。既におきよの顔色は真っ白になっており、手遅れであることを示していた。
免許を取るときに習った応急処置しか出来ない武はこの先を知らない。
「主、何をしている?」
その声に表情と呼べるものは無かった、なるべくそして意図的に感情を殺して問いかけているということが察せた。そしてその声の主も予想できた。
しっかりと首を押さえながら後ろを振り向く、するとそこには日本刀を持った桃太郎がいた。
記述どうり容姿端麗で整った顔、だが鬼のような殺気を放つ部分は記述されていない。
「桃…太郎」
「賊か。」
「違う!」
「問答無用!」
桃太郎は姿勢を低くし、斬りかかりにきたがそれは防がれる。
バチン
硬い何かに当たり、刀が弾かれた。桃太郎もそして武も両方驚いた。
「イレブンのバリアか…」
目の前に水色の特徴的な魔方陣が空中で展開され、盾のように武とおきよを守っていた。
するとその魔方陣は向きを変えて武とおきよを金魚のようにすくいあげ、魔法の絨毯が如く飛び去ってしまった。
「イレブン助かった!」
そう言いながらも状況は助かっていない。
止血は十分とはいえず、最早致死量を超えているのではと最悪な展開が横切った。
「傷口を治す。」
イレブンはいつもの無表情さと物静かさとは裏腹に行動的になり止血していた手拭いをのけた。
すると青白い光が傷口を覆い、みるみる塞がっていく。まるで早送りの映像を見ているようだった。
「完了。」
「何だ、そんな技があったのか…」
「いきなり飛び出したからビックリした。」
「すまない、自分から慎重にと言ったのに面目ない。」
気が付いたら体が動いていた、そんな言い訳通用するとは思えない。
「おきよ大丈夫?」
「いや傷口が塞がったとはいえ多分ショック死するかもしれない。流石に血液を作ることは出来ないか?」
何でも出来そうなイレブン、希望を乗せて聞いてみたが彼女は首で否定した。そこまで万能ではなかった。
「どうする?どうする?」
その時だった、ワンワンと犬の鳴き声がした。