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囚われの

 タイトルはネタバレ防止に途中でちょん切っています。



 情報が足りない。

 あと人手も足りない。

 あと一手が足りない。

 その届かない一手を今まで、周りの人に助けてもらっていたのだと悉く痛感します。

 王宮図書館でも色々書物を調べましたが、やはりというべきかそう簡単に城の見取り図なんてないです。いくつか国の成り立ちに関することについては載っておりましたが、やはり先に聞いた知識以上の収穫は得られていない。

 残るは禁書や、緊急時に王族のみが閲覧できる特別な書架。ですが、門外不出の物ですので余程のことがない限りは閲覧しない類のものです。

 これを見たいといえば、司書や陛下たちのお耳に入る可能性も高い。王族としての一般教養を脱してしまいます。

 今までの事例としてあったのは大災害や、大戦の最中、もしくは王位継承争いが熾烈を極めたときや、メギル風邪で直系王族が滅んだ場合。かなり遠くの王族を擁すことになり、特別な祭事を行なったとき等が主なものです。

 ちなみに、伝承や神話に依れば我が国の聖獣は亀さんです。

 だからお庭のお池に亀さんがいっぱいいたのですね。わちゃわちゃにいたミドリガメさんたちは、聖なる亀さんなのだそうです。

 どうみてもお祭りの出店の亀さんと変わらない感じでしたが。

 相変わらずチャッピーは水の中を覗き込んでは、お鼻を噛まれています。そして、わたくしに泣きついております。ある意味様式美と化した日常ですわ。

 神話や伝承からなにか解るかしら。

 サンディス王国の成り立ちは、聖なるミドリガメさんと邪悪なドラゴンさんが戦って、その果てに国が興った感じです。この土地はドラゴンさんとミドリガメさんの体でできている説が多いです。伝承によって、勝利だったり相打ちだったり、はたまたドラゴンさんは実は逃げ去って、倒れた亀さんを弔ってできたのがこの国という説もあります。

 サンディス王家はその聖なる亀さんと契約したことにより、結界特化の魔法を扱えるそうですわ。

 そしてそのミドリガメさんにあやかり、サンディス王家は緑の目、そしてそれが正統なる王族の証。これこそサンディスグリーン。そしてロイヤルカラーなのです。

 すっかり没頭し読み耽っていると、誰かが肩に触れます。


「――!?」


「おや、失礼。そんなに怯えずとも……アルベルティーナ殿下。このようなところでお会いできるとは、実にありがたい。ご機嫌麗しゅうございます」


「……麗しく見えますの? いきなり声をかけてくるなんて、不作法ですわね」


 わたくしの経緯はどうあれ王太女であるはずですわ。

 身分が下の人間が、本来なら上の人間にじかに声をかけるなんて――気安い仲ならともかく知らないわ。

 形式だけでもせめて侍女や、侍従を通すべきです。当たり前ですが、前触れありきですわ。初対面であれば、なおさら。

 警戒を込めて睨みつけてみますが、この身知らぬ中年男性は何やら笑みをくっつけています。その笑みがとても厭らしいと言いますか、胡散臭い。

 見たところ、貴族には違いないですが……あまり服の趣味はよろしくはないですわね。値は張りそうですが、少々デザインが旧式ですわね。


「これはこれは、失礼いたしました。わたくしはオーエン・フォン・マクシミリアンと申します。

 我が侯爵家は、王女殿下の生家であるラティッチェ公爵家の分家筆頭でございまして!

 この度のグレイル様の御不幸の御悔やみと共に、ご挨拶をと思いましてな!」


 マクシミリアン? 確かキシュタリアが相手をするなと言っていた家ですわ。

 分家という割には、わたくしが露骨に嫌がっているというのにぐいぐいと踏み込んでこようとします。

 逃げようにも、わたくしの背中には嵌め殺しの窓と両脇に背の高い本棚がそびえたっています。つまり、袋小路です。唯一の逃げ道に、マクシミリアン侯爵がいます。

 恰幅の良いマクシミリアンの声は良くも悪くも朗々と響く。

 図書館でこれだけ騒いでいるのに、護衛やメイドどころか司書すら来ない。しかも、まだここは一般書架のはず。それなのに、その他の利用者の野次馬すら気配がない。

 謀られましたわ。


「そうですの。ではもう結構よ。お引き取りを願いますわ」


「まあまあ! そのような事をおっしゃらず! 是非ともアルベルティーナ殿下には我が自慢の愚息を紹介させていただきたく思いましてなぁ!」


 自慢の愚息って……間違っていません? 褒めているの? 貶しているの?

 浮かれ切ったようなこの顔に不快感しか覚えませんわ。扇があったら、顔を隠して背けたいくらい。

 しかし、今はアンナに預けております……持っているのはハンカチだけです。

 せめてもの意思表示に、口元を隠すようにハンカチをもって体や顔を、正面から向けないようにします。やろうとせずとも、眉間にしわが寄るのが判ります。

 図書館という場所で静かにする、という最低限のマナーすら分かっていないご様子。貴族のマナーも酷いものですが。


「不要ですわ。下がりなさい」


「……そう拒絶なさいますな。これから長い縁となるのですから」


 わたくしが半歩下がれば、一歩踏み出す。

 背中にぶわりと広がった鳥肌の気配。この男と宜しくするつもりはなくてよ。勿論、この男の息子とやらとも。

 この男の頭には、不敬罪や身分制度、マナーという言葉はないのかしら。

 マクシミリアン侯爵が、後ろの黒いローブの男。最初、王宮魔術師かと思いましたが、顔を縁取るフードの刺繍――僅かに意匠が違う。でも似ている。似せている? 布地もだいぶペラペラしているというか、重厚さがない。恐らくだいぶ質の落ちるものですわ。ヴァニア卿の物しか参考にしておりませんが……

 魔法使い風の男は何か差し出してきた。黒い布が掛かったそれは、少し大きな金魚鉢か鳥籠くらいの大きさ。中型くらいの鳥なら入りそうですわ。

 ですが、そんな生易しいものが入っている気配がしない。

 粘ついた笑みの侯爵は、興奮気味にそれを受け取るとわたくしの前に持ってきます。

 はらり、とその分厚い黒絹が取り払われた。


 息を飲む。


 仄かに薄浅黄色を帯びた液体の中に浮かぶのは、人の頭部。

 水中に揺蕩うアッシュブラウンの髪が白い顔を縁取るように僅かに動いている。聡明そうな眉に、長い睫毛に縁どられた目。しっかりと下ろされた瞼から、その瞳の色を見ることはできない。でも、その色が宝石のようなアクアブルーと知っている。綺麗に通った鼻筋に、引き結ばれた唇。気難しそうというより、余りの美貌に神秘的性と畏怖による近寄りがたさがある。

 その顔立ちは覚えがあった。

 忘れられるはずもない、わたくしの最愛の人。


「………おとう、さま」




 読んでいただきありがとうございました。 

 

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