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役立つお金の使い方

 ちょっと早めの更新です。

 梅雨を感じる前に猛暑が来そうです。室内に居ようと、エアコンがついてないとコンクリヒーターから熱風が入り込んでくる……IQ3くらいになりそうな勢いで熱波が来ます。

 ニュースでもさっそく熱中症がでているようですので、皆さんもお気をつけてー!


 痛い悩みを抱えながらも、別のことも考えます。

 以前見つけた王宮にも離宮にも張り巡らされた、小さな通路。目に見えるものではなく、隠し通路というべき存在。これを使えば、内密に人を引き入れることも可能でしょう。

 ですが、わたくしが判るのはあくまで簡単な見取り図程度。もしも罠や魔法陣が刻んであったら、危険ですわね。

 なにか調べる方法はないかしら。

 カルマン女史の歴史ロマンのお話や、ヴァニア卿の古代遺跡伝説から考えるに、この二つは全く無関係ではなさそうなのです。

 真下だけにピンポイントに解析を掛けてみたら、なんか妙な空洞がいっぱい。通路かしら? 何度か紙に書き記したのですが、やっぱり手書きではずれが生じます。素人のフリーハンドでは限度がある。

 コピー機のように印刷できればいいのですが……この国にそんな技術はありません。

 文明の割に確かに生活は豊かですが、これはファンタジーならではのチートアイテムの数々があってからこそ。回復魔法とか、欠損とか治せるポーションとか。毒消しの草をかじるだけでパパっと解毒しちゃうのよ?

 もちろん、そういった品は非常に貴重です。ですが、実在しているのですわ。

 それでも、蘇生に関しては特に難しくてかなり条件が限られています。蘇生魔法を試みた魔法使いはたくさんいましたが成しえていません。下位互換にもならない死霊魔法が生まれましたが忌術とされています。

 やはりどの世界でもそのあたりは変わらないようですわ。

 以前は血清とか、毒消しといっても前世では効果が出るまで時間がかかりました。

 それを考えると十分凄いのでしょう。

 ダイナマイトが無くても、大きな魔法で爆発を起こせます。個人の資質でどうにかなってしまいますのよ?

 あ、ダメです。考えちゃダメな奴ですわ。

 基本、本は手書きみたいなのです。魔導書なんかは特に厳しいですわ。材質は勿論、書き手も魔法に精通していなくてはならないので、オールハンドメイド。

 活版印刷は多分ないと思う……新聞はこの世界にあるのかしら? 近いものは開発されているのかしら? 困った時のジュリアスがいないですわ。

 あったとしても、あまり一般的でないのかもしれない。お城は工業地帯とは大きく離れておりますし、あれやりたいこれやりたいと我儘をさせていただきましたが、こちらの技術レベルをそもそも知らない……

 分からないモノ、無いモノを強請っても仕方ありません。

 とりあえず、探す、調べる、確認する、ですわ。

 基本的には信頼できる方々を周囲に置いているつもりですが、自分でもしっかり確認するのが大事ですわ。

 この宮殿の本はだいぶ見ましたが、どちらかといえばふわっとしているというか曖昧に濁されているというか、ちょっとわかりにくいところが多くあります。

 仕方ありません。自分で調べましょうとなりました。

 王妃たちの狼藉もあり、あまりアンナも良い顔をしませんでしたが了承をしてくれましたわ。

 行き先が偏屈と知識の亡者くらいしか集まらないという『王宮図書館』だったのも理由の一つでしょう。一応は王女なので、かなり色々な場所を見に行けますわ!

 カルマン女史もいきたいと立候補したので、余り暴れない様にとベラが釘を刺していました。

 本来なら欲しい本だけを指定して、持ってきてもらった方がいいとのことでしたが、それでは効率が悪すぎますわ。それに、読まれたく無いモノを除外されてしまうかもしれない。

 はあ、ラティッチェ公爵家より監視や護衛が多くて肩が凝りますわ。

 ですが、せわしくしていれば心もまぎれます。あの圧しつぶれそうな哀しみを意識せずに済むのです。

 濃紺のシンプルなドレスを纏い、いざ出発―――と思ったら、ベラが微妙な顔をしている。


「どうしましたの?」


「姫様、ドレスを新しく誂てはいかがでしょうか?」


「……必要ありまして? わたくしはまだお父様の喪に服しておりますし、ラティッチェから運んだドレスや頂き物のドレスがありますわ」


「ですが、この宮殿にいらしてから一度も針子どころかデザイナーすらお声を掛けていないと聞いております。

 姫様の好みを知っておくためにも、数着誂させてもいい頃合いかと」


 必要性をあまり感じません。基本、わたくしの纏うものはローズ商会の『アンダー・ザ・ローズ』の商品のみ。

 今あるドレスの傾向を見れば、なんとなくわかると思いますわ。欲しいといわずともいつの間にか試作品が増えていくので気にしなかったのですわ。

そもそもドレスが増える理由っていうのが、お父様やラティお母様の贈り物が多いのよね。

 お誕生日とかも、お父様が厳しく規制していただろうし贈り物って、家族以外の人からの物って残らないものが多かった気がしますわ。


「その……姫様」


「なに、ベラ?」


「お嬢様は王太女として国から一定の金額を頂いております。その、余りに使わないので少々不審がられております」


「……何故ですの? わたくし、ほとんどこちらにいるのですし、茶会や夜会の参加や開催もまだできないはずですわ」


 こじんまりしたプライベートなものはともかく、王家のものとしての大きな催しは避けるべきかと思いますの。

 ヒキニート令嬢からヒキニート王女にジョブチェンジしたにしても、着飾る気分にはなれませんわ。着飾ってそれを見せに行くのは、今までお父様、お母様、キシュタリアといった家族をはじめアンナやジュリアス、セバスといった腹心のものたちだけでした。

 そもそも喪中の人間が着飾るって意味がありますの?


「喪中でも、お買い物を好まれるご婦人は多いので」


 オフィール妃殿下は、実父のミル・ドンス国王陛下がなくなった時はひと月で予算を使い切ったそうです。

 もはや買い物依存症では?

 ちなみにミル・ドンスは我がサンディスの属国に当たる小国です。国の名は残っていますが、国王はいわば領主のような存在です。上下関係の優位性はサンディスにありますわ。


「……解りましたわ。考えておきましょう。あ、でもヴァユの離宮の修繕費などでは……」


「そちらは姫様の予算ではありません。そうでなくともフォルトゥナとラティッチェより、くれぐれも姫様に配慮をと金子を山の様に積まれています。

 ほとんど国庫の懐も痛んでいない分、姫様の予算は上乗せが入っています」


「では、先日のエルメディア殿下の……」


「あれを弁償すべきなのは姫様ではなくエルメディア殿下か、彼女を呼び寄せる原因であり監督不行き届きである両妃殿下です。

 被害者は姫様なので、お詫びを頂く覚えはあっても姫様が負担されるべきものではありません」


「パトリシア伯母様や、怪我をした者達への……」


「パトリシア様は全く持って無傷なうえ、殿下たちの弱みを握れたと張り切っておられます。はち切れんばかりに心身ともにすこぶる元気です。

 お礼の品も何も、あの場を設けるように進言したのもパトリシア様です。

 そしてあの時の怪我人は姫様直々の指示を頂いておりますので、既に治療費や見舞いの品は手配済みです。

 みな、喜んでいましたよ。こういってはなんですが、そこまで使用人や護衛を気に掛ける方は少ないので」


 なにもないですわ???

 というより、わたくし今まで何をしていましたっけ?

 なにをすればよろしいですの? どうやってお金って消費するのですか? あまり消費意欲がないのですが……


「か、考えさせてくださいまし……」


「是非そうなさってください。浪費はよくありませんが、全く使わないのも貴族や民に示しが付きませんので」


 ベラはしっかりと頷いた。

 あ、コレ誤魔化せない奴ですわ。きっとちゃんと使わないと、ベラの許せる額を使い切るまでちょこちょこ言われそうな気配が……





 色々考えた結果、わたくしは貧困層にいる民たちの全寮制学校を作ることにしました。

 スラムにいる子供たちを引き取り、文字や数学を学ばせ、知恵と技術を付けさせて簡単な労働を対価に衣食住を保証するというものです。

 やることは、普通の方があんまりしたがらない清掃作業です。街中は勿論、下水道なども含まれます。スラムの清掃も含まれますわ。

 ですが、子供でできることは限りがありますので大人でも希望者や見込みのあるものたちは優先的に採用にすることにしました。

 スラムや裏路地って犯罪の温床と聞きますし、不潔は病気の元ですわ。

 中には戦災孤児や、さらにその子供たちが碌な生活基盤がないゆえに犯罪に走ることも少なくないのです。

 最初は出費ばかりかもしれませんが、将来的に見れば人材は育成できますし、衣食住が安定すれば犯罪に走る人間も少なくなります。衛生的になれば、死人や病人も減ります。

 中には働きたくても働けない、学びたくても学べない人たちもいるはずです。

 やらない善より、やる偽善ですわ。

 わたくしは、ラティッチェの名を持つ者としてお父様に恥じない人間でありたいのです。

 お父様は実力主義の方でした。わたくしも、能力ある人間にはより広い戸口をもって受け入れる体制を用意したいのですわ。

 ………別に、貴族の方々が信用できないからもっと実力ある人たちにとって代われとか思っていませんわ。

 貴族の中にはキシュタリアやミカエリスの様にきちんとした方もいます、王族の中にだってラウゼス陛下のような方もいるのですわ。

 とりあえず、素案を作って誰かに相談したいと思います。

 ラティッチェ領でもう少しシンプルにした、似たようなことをしていました。清掃活動で、子供や生活困窮者や立場の下層者にお仕事斡旋ですけどね。

 うーん、こういうのって詳しいのはやはりジュリアス? 平民から貴族の仲間入りしたのですからこういったものの必要なものや、問題点も詳しそう。

 キシュタリアに相談……ううん、忙しそうよね。まだ分家が抵抗していると聞きますわ。

 仕方ないので、パトリシア伯母様……は現在別のところでハッスル中。

 しょーがないので、髭伯父さまで妥協しますわ。

 一応、フォルトゥナ公爵家はわたくしの後見の立場です。あの熊公爵だけは絶対嫌ですわ。

 とりあえずジュリアスを呼べるかと聞いたときに、アンナの眉の引きつり方――おやめなさい。わたくし余計なことは考えていませんわ。


「……ちょっとした事業を考えていますの。この手のことはやはりジュリアスでしょう?」


 セバスはキシュタリアのサポートをしているでしょう。

 ジュリアスもそうでしょうけれど『当主』の支え方は、セバスのほうが慣れているはず。そして、わたくしの我儘に慣れているのもジュリアスですわ。

 モノづくりは何度もやらせましたけど、人の動かし方はイマイチわからないのですわ。


「とりあえず、これを渡して頂戴な。時間が空いたときでいいので、読み終えたら来てほしいと伝えてもらえる?」


 秘儀『ジュリアスへパス』ですわ。

 とりあえず、髭伯父さまを巻きこんでパシ……ごほん! お手伝いいただく予定ですわ。なんでもするって勢いですし、下手な貴族を巻き込むよりマシでしょう。

 どうも、ラティお母様宛の手紙といい、わたくしがラティッチェ家と交流をしようとすると邪魔も入りそうですし。余計な人間を斡旋されるなら妥協して手堅くですわ。








「姫様は随分素敵なことをお考えのようで。このジュリアス、粉骨砕身で助力をさせていただきます」


 翌日の午後には来ました。

 こわ!! 速いですわ! わたくしがなんで王宮図書館にいると知っているのですか!? というより、待ち伏せですの!?

 どうやって入りましたの!?

 わたくしが呆然としていると、こてりと首を傾げたジュリアスがさらに畳みにかけてきます。


「というより、このまま預けていただいても?

 あと、フォルトゥナ公爵家への顔つなぎに、一文添えていただければ何よりですが」


「そ、それなら部屋に用意がありますわ。パトリシア伯母様とクリフトフ伯爵には、口頭では伝えておりますが……」


「では、それを頂いても?」


「え、ええ」


 ひょいと奪われたのは、両手に抱えていた本たち。

 それをちらりと一瞥したあと、眼鏡の奥の瞳を細めるジュリアス。


「ところで、我が姫君は何をお探しで?」


「歴史ロマンと王宮ミステリーを???」


「なぜ疑問形なんですか……」


「その、今まで王家関連の全てを避けていたのですが、これを機に国の成り立ちや王家の歴史を学び直そうかと思いまして……」


「それは結構。敵を知るのは、打ち倒すに必要な事ですから」


「倒そうとは思っていませんわ……」


 敵というのはあながち嘘ではないとは思います。

 脱出ルート兼密会ルートをみつければ、今後色々とやりやすくなるはず。

 わたくしの婚約者選定が王侯貴族たちの、ここ最近のトレンドらしい。純粋に不愉快かつ迷惑ですわ。それに伴い結婚適齢期の未婚男性の出入りは厳しくなっております。

 その日、離宮まで連れ帰ったジュリアスをアンナがGを見るような目で見ていたのは置いておきます。

 アンナの表情筋はやや硬めですが、目が雄弁に語るのです。


「アンナ、そんなジュリアスの背中を突き刺すように見ないでくださいな」


「本当に刺さればいいと思って見ておりますので」


「もう、アンナったら、ジュリアスったらアンナになにかしたの?」


 やけに完璧なつくり笑顔のジュリアスと、安定の無表情のアンナの視線がかち合います。

 そこには甘い空気は一切ない。シュガーレスどころかクールミントの雰囲気が。

 ハートよりも雪の結晶が見えそうですわ。もしくは電撃かベタフラッシュ。意味の分からない人はそのままでもいいと思います。


「そうですわ。ねえ、ジュリアス。お母様にお手紙を送りたいのだけれど、お願いしてよろしくて?」


「ええ、謹んでお受けいたします。では、こちらもお預かりさせていただきます」


 よろしくね、と持ってきていたもう一通のお手紙を預けます。

 一礼して、わたくしの手から受け取る――けれど、そのまま手を握るジュリアス。

 何かしら? 首を傾げながらも、じっとジュリアスの視線を受ける。


「そうですわ。この前、貴方に預けたレシピやデザインは使えそう?」


「ええ、ありがとうございます。商会の者達も喜んでおりました。厨房のほうも、レシピをもとに練習に励んでおりますよ」


「まだ描きかけや煮詰まっていないものも多くあったと思うの。気になったり足らなかったりするようだったら言ってちょうだい」


 正直、あんなに中途半端なものを渡してしまうのは気が引ける。

 だけれど、万が一にも他人の目に触れるようだったら、先に信用して預けられるジュリアスに渡した方がいい。彼ならちゃんと管理してくれるし、問題なく使い切ってくれるでしょう。


「姫様のご配慮に心より感謝を」


 感謝されるようなことではないので首を振る。


「ジュリアス」


「はい」


「キシュタリアを支えてあげて。分家などという余所者に、ラティッチェもローズ商会も触れさせてはダメよ」


「御意に」


 軽く手を引かれた。片膝をつき、額に手の甲を当てるジュリアス。

綺麗にきっちりと整えられた黒髪。フレームに差し込んだ光が少し反射する。曇りのないレンズ。伏せられた目、下りた瞼、長い黒い睫毛。通った鼻梁に、薄めの唇。静かでありながら、非常に端正な顔立ち。派手に惹きつけるものではなく、見つけるとびっくりするような、見れば見るほど整った白皙の美貌。細めに見えて、肩幅はしっかりある。その腕が容易くわたくしを持ち上げると知っている。体力もあって、その長い脚が結構な健脚であり、驚くほど静かに移動することを知っている。

まるで宣誓のようだわ。


「お願いよ。わたくしには頼れるものが殆どいないの」


「……それは強烈な殺し文句ですね。全く、どこからそんな手管を覚えてくるのですか?」


「ダメ? ズルい言い方だったの?」


「ダメではないです。満点合格です……お願いですから、その辺の人間にホイホイ使わないでくださいね」


 はぁーーーーっと細く長いため息をついたジュリアスが、顔を手で覆います。

 折角ぴかぴかで綺麗な眼鏡のレンズに指紋がつきましてよ?

 わたくし、そこまで呆れるやり方のお願いしまして? 何をそんなに脱力されるかがわかりませんわ。


「当たり前よ。そもそも近づかないし、話しかけないし、部屋に入れるわけないし、手も取らせないわ。ジュリアスだから頼めることよ?」


「アンナ、姫殿下はこの通り非常に自覚がスッカラカンな方なのでお前が目を光らせてください」


「貴様に頼まれる筋合いはありません。それがもともと私の仕事です」


 絶妙にディスられました。

 わたくし、これでも色々と考えて行動しているつもりですわ! 頼みごとをする人も、相談する人もちゃんと選んでいますわ!

 なんで否定してくれないのですか、アンナ!



 読んできただきありがとうございますー!

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