お茶会バトル2
お知らせです。『悪役令嬢は引き籠りたい』はタイトルが変わり今後『転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります』となります。
先にこちらで告知です。今月中に変更予定ですー。
分かりやすいように変更後も、前のタイトルはどこかへ残しておく予定です。
結局両妃殿下と、エルメディア殿下たちにはあの後すぐにお帰り頂きました。
最後まで納得いかないようなエルメディア殿下を鬼の形相で睨んでいたメザーリン妃殿下。そして、切れた笑顔で見送ったパトリシア伯爵夫人。
わたくしは突然の暴力沙汰に始終呆然としていました。
気が付いたときには、少しひねったらしい手首に湿布が張られていました。
そういえば、ベラや吹き飛ばされた騎士たちは大丈夫でしょうか。
アンナに怪我をしたメイドや騎士、兵士たちに慰労金と怪我へのお薬や花を届けるように伝えました。
あのような悪夢の修羅場に巻き込んで申し訳ないのです。
仕事だとしても、可哀想にもほどがあります。
彼らとしても、尊敬できない王族が護衛対象であり、忠誠を立てて敬わなければならないのは大変でしょう。
翌日、顔をくしゃくしゃにしたジブリールがわたくしに頭を下げてきました。
「ごめんなさい、お姉様!」
「ジブリール? まあ、どうしたの?」
「わたくしが甘かったですわ! あの肉王女に礼節や常識などあるはずもなかったのに!
あわよくば二人纏めてもういっぺん失脚しろと仕掛けなければよかったですわ!」
「ジブリールが……?」
「エルメディア殿下が、お茶会を知って強引に席につこうとしていたのを知りましたの。すでに動き出していると……
ですので、オフィール妃殿下に情報を流して介入させましたの。エルメディア殿下よりは権威があって頭が回る方なので、メイドたちも側妃とは言え妃殿下を無下にはできないと踏んだのです。
我儘お肉に振り回されて馬脚を現せば……と浅はかな事を考えたばかりに!
まさか、あの肉王女があそこまで頭が悪いなんて!! 前と全く成長していないじゃないですの!
……ダメですわね、わたくしはまだまだ読みが甘いですわ」
うん、ジブリール。わたくしもエルメディア殿下があそこまで激情型だなんて思わなかったわ。
短絡的な方とは思っていましたが、あの錚々たる顔ぶれの中で暴れるなんて思いませんわよね……挨拶なしに怒鳴り散らして暴れまわりましたのよ。
ジブリールが止めようが押そうが、あの人は暴れまわったでしょう。
「大丈夫よ、ジブリール。テーブルは壊れてしまったけど……わたくしに怪我はないわ」
ジブリール、お姉様は妹分にそんな危ない仕事をして欲しくない。
ジブリールではなくともあそこまで暴走するだなんて思わなかったのでしょう。誰だって思いませんわ。そもそも、王族には思慮深さと判断力を求められるものではなくて?
かといってわたくしに足りているとは思いませんが……
パトリシア伯母さまは、この件をフォルトゥナ公爵家の人間として厳重に抗議すると息巻いていらっしゃいます。
妃殿下や王女殿下には言わないが、元老会には『貴様のところの王族教育どないなっとんねん』とカチコミだそうですわ。
でも、エルメディア殿下とオフィール妃殿下を抱き合わせ罪状セットになったおかげで、わたくし暫く相手をせずに済みますわよね。結果オーライ?
午後にはお帰りになるそうですので、それまでにはジブリールを慰めましょう。伯母さまが帰ってきてくださったら、精一杯持て成して労わせていただきますわ。
しかし二度目のお肉タックルは暫く夢に出ました。
ホイップクリームデコレーションのドレスを纏ったエルメディア殿下がお菓子をまき散らしながらごろごろ迫ってくるのですわ。
なんで嫌なことこそ記憶に残るのでしょうか。
……お父様がお亡くなりになった時の夢も見ます。
それは謁見の間であったり、いけなかった葬式でお父様の顔だけが何故か黒く塗りつぶされているものであったり――でもたまに、お父様とラティッチェ公爵家での楽しい夢もあるのです。
わたくしがよくうなされるのを見て、アンナが気づけば起してくれます。そして、目が覚めるとチャッピー、ハニー、そしてアンナが覗き込んでいます。
しっかりしなきゃいけないのに、上手く行かないのです。
ラティお母様の手紙を鍵付きの宝石箱にしまう。
宝石より価値のあるものだから、誰にも見られたくないし、大事にとっておきたい。
その中にはジブリール、ミカエリス、キシュタリアの手紙もあります。ジュリアスはなかなかくれないのよね。
でも、時折ローズブランドの新製品がくるのはジュリアスが手を回しているからだと思います。
アンナにお願いして、わたくしの部屋の鍵の場所を伝えたのです。今まで公開できていなかったクッキーシューやエクレアのレシピや、流行らせようと思っていたドレスをはじめとする衣服や小物のデザイン帳が入っています。他にもこまごまと入っていますが、まあいいでしょう。
アンナは「ジュリアスにお嬢様の机に触れさせるなんて」と渋い顔をしていましたが、あれはローズブランド用の物ですもの。ジュリアスが持っているのが一番ですわ。
ラティお母様の力になればいいのですが。
この世界は、男性優位社会です。基本的に当主や国主は男性が多いですわ。
女性蔑視というわけではないのですが、女性は守られるべきものと思っている男性が多いのも事実です。差別的なものをあまり感じないのは、乙女ゲームだから? ただわたくしが世間知らずなだけかしら。
パトリシア伯母様もそうですけれど、その家の夫人は家宰や嫡男に負けず劣らず家を盛り立てております。女性同士の会話の中で様々な家の事情を読み取り、吟味しているのですわ。
ドレス一つ、宝飾品一つが勝負なのですわ。
なので、長年に渡り流行りを作り出し、それを纏い続けていたラティお母様はご婦人たちからの支持も厚いです。
ラティお母様を通して、新製品の融通や、流行を先取りできることは女性にとっては名誉です。
ジュリアスなら上手く使ってくれるはずです。わたくしなんかより、よっぽど。
それにしても……アンナとジュリアスって、長年わたくしやラティッチェ公爵家に仕えているからそれなりに浅からぬ仲だと思うのです。
たまに冷たい空気が吹きすさんではいますが、仕事仲間的な意味で戦友だとは思うのです。
「ねえ、アンナ。ジュリアスのことどう思っていますか?」
「仕事ができる人間の屑です」
ロマンスを求めていたわけではないのですが、ジュリアスの名が出た瞬間能面を思わせる笑みに変わったアンナ。静かな圧を感じる拒絶が入りました。
それにしたって人間の屑って。酷くありませんこと?
「アンナ、ジュリアスは確かに自分にも他人にも厳しい人よ。ちょっと意地悪なところもあるけれど、優しい人よ」
「お嬢様は騙されています!!!!」
食い気味に否定されました。何故全力否定、かつそんな悲愴な顔なのですか。
わたくしが微熱を出した時並みですわ。アンナから見たジュリアスの人物像は、どうしてそんなに酷いのでしょうか。
「で、ではキシュタリアは?」
「敬愛すべき方です。優秀な方だとは思いますわ。難儀な方とも思いますが……是非ともあの外道が出しゃばらないように、あのままコントロールしてほしいです。
キシュタリア様も、少々オイタが過ぎることもありますが」
「ではミカエリスは?」
「素晴らしいお方ですわ。あの年齢で伯爵当主としても、騎士としても名をはせておりますもの。
お人柄や家柄は勿論のことですが、あの少々不器用でいて情熱的、そして真摯なところは女性にも好まれるところかと。
ジブリール様もおりますし、彼女であれば協力も得られるでしょう」
何故そんなに熱心なのかしら………?
何かしら、ちょっとずれているような? でもキシュタリアもミカエリスも評価が高いですわね。
「姫様、ついに御婚約者をお考えなのでしょう?」
その言葉に、体が強張る。
そうじゃないと内心思ったが、そうとも言えないと別の声が囁く。
今のわたくしの状況から、複数の婚約者と夫が選ばれる可能性はけして少なくない。いえ、ほぼ確定といっていいでしょう。優先すべきは王家ですが、貴族の序列で最も高いラティッチェ公爵家を途絶えさせるわけにもいかないのです。
わたくしは既に平民になることも、修道院に行くことも許されない身です。
処刑覚悟の大罪を起こしても、貴賓牢に入るよりも離宮で謹慎でしょう。子供が産めなくなり、大病を患ったりすれば城を離れることもできるかもしれませんが……
「姫様、私はアルベル様の御決断を尊重します。
ですが、できればあの陰険眼鏡だけはお止めください。うっかり手が滑って毒殺したくなるほどあの男は根性が腐っています」
「どうしてそんなにジュリアスが嫌いなの……?」
「性悪な癖に、恐れ多くも天使のようなアルベル様に懸想するのが気に入りません」
とても優秀な人よ? でもなんでそんなに嫌がるのかしら?
そもそもわたくし、天使といわれるほど優しくないのですが……自己評価と周りの評価が違いましますわ。
まさか……
わたくしがはっとしたようにアンナを見た。するとアンナが顔色を真っ青にする。
「お嬢様、もし私があの男を好いているだの懸想しているだの慕っているだのという盛大な間違いに至っていたなら是非とも破棄してください。唾棄すべき妄想です。
私にとってジュリアスは同僚ですが、それ以上に私の愛するお嬢様に近づく毒虫野郎なだけです」
「ぴゃぁ……っ」
思った以上に大否定されました。
アンナの鬼気迫る剣幕に、思わず悲鳴が漏れます。
アンナも必死なのでしょう。普段は姫様、公的な場であれば殿下と呼んでいるのですが、お嬢様呼びに戻っていますわ。
わたくしは、二度とこの話をしないように心に誓いました。
わたくしが婚約者に推せるほど信頼できる男性は先ほどの三名くらいでしょう。
未婚でいて、かつ婚約者のいない方ですわ。
ですが、わたくしの非常に厄介な身の上に巻き込むのは気が引けるのです。
何度も何度も考えたのですが、わたくしのために人生を棒に振ってくださいとお願いするのは非常に気が重い。断られたら、間違いなくわたくしは二度とその人には近づけないでしょう。
そもそも、現状好意を寄せられている……とは思うのですが、その気持ちを利用するようで気が引けます。貴族が家同士の契約結婚が多いのですが、どうも前世の感覚のせいもあるのか馴染みません。自覚が薄いのでしょうか。
それに三人のうち一人を選ぶにしても、それぞれに優秀です。
キシュタリアはラティッチェ公爵家を盤石にさせるためにも、そしてラティッチェの家の力はかなり強いです。一声一声の発言力が貴族の中でも大きい。キシュタリアが当主として十全に動き、わたくしが気兼ねないという点では一番でしょう……今まで散々フォローをさせておいてなんですが。ですが、王家や元老会はキシュタリアを迎えることは否定的でしょう――お父様がお亡くなりになり、漸く衰退とはいかずともごたついて勢力が安定しなくなった。それにより、自分たちの力が増したのですから。
ですがラティッチェを揺るがせるのは危険です。キシュタリア以外当主はありません。
元老会はしりませんが、王家に貴族たちを統率できるとは思えない。お父様がラウゼス陛下に肯定的だったからこそ治世は安定したとわたくしは愚考しております。
ミカエリスであれば、キシュタリアの力になってくれます。そして、家柄・人柄も申し分ないです。過去に王女が降嫁先として目を付けていた当たり、伯爵家の中でもトップクラスの力を持っているのでしょう。
社交初心者は情勢に詳しくありませんが、ジブリールやパトリシア伯母様情報だと、上級貴族でも中の上、上の中当たりとのことです。評価の差異は実力で見るか、それとも若さと爵位によって判断するかによってだそうです。
少々伯爵家という点では公爵家より落ちますが、家柄は由緒あるものです。騎士・貴族層の二つに人脈もあります。
手堅さでいれば、ある意味一番はミカエリスかしら。
また騎士としての家柄もあり恐らく軍部に一番干渉を持つでしょう。人徳もあり賛同者が多そうです。
ジュリアスは新興貴族・商人に特に顔が利きます。子爵という立場は、公爵や伯爵と比べれば少し心許無いですが、どこかのお家に養子に入れば問題ないでしょう。
彼のそつのなさなら、下手な家など傀儡にされそうですわ。ジュリアス自体も子爵当主であり、一代で地位と財力を築いた辣腕を轟かせています。ローズ商会も彼の手腕の物が大きいです。
一番参謀向きですわ。小さな労力で最大の効果というのは一番得意そう。
とにかく彼は有能です。聡明というか姦計に長けているというか、貴族の権謀術数は勿論、あらゆる駆け引きにとにかく強いですわ。
ラウゼス陛下からいただいたサンディスライトは合計八つ。三人に配っても余りますが、予備としていくつか取っておきたいのです。あのサンディスライトは宝石としても魔石としても非常に品の良い物。現在不調の結界魔法が使えるようになったら、アミュレットを作ってアンナやジブリールたちにも渡したいですわ。
ですが、先に誰かを選ぶか……それとも、選ばないべきか。
「困ったわね……どうしましょう」
こんな時、お父様なら一刀両断、快刀乱麻で物事を解決してくださいました。
そもそも、問題すら発生させる以前のことだったでしょう。
三人にお願いしますなどと厚顔無恥な要望を突きつけるなんてできません。
いくら血統がいい義姉とはいえキシュタリアも歓迎したくないでしょうし、恩人の娘とは言えミカエリスもいい気分ではないでしょう。ジュリアスなんて、そんなふしだらな女に育てた記憶がないとか睨まれそうですわ。一番きついのは露骨な嫌悪の視線、そうでなければ笑顔で拒絶されそうです。
わたくしは、結局怖いのです。
誰かを選び、誰かを捨て、自分の望みを押し付けたとき――大切な、大好きな人が離れてしまうのが。
誰を選び、誰を捨てるか。
その選択が、わたくしの胸にのしかかる。
これはわたくしが決めなくてはならないこと。そして、その結果がなんであろうと受け入れなくてはならないのです。
きっと、この決断はたくさんの人を巻き込む。相談したほうがいいかもしれないが、どうしてもその人の主観が入るでしょう。
アンナはおそらくキシュタリアを推すでしょうし、ジブリールはミカエリス、パトリシア伯母様は誰かフォルトゥナ家の方を押してくる可能性は大きいです。
そして、わたくしの様子から誰を選ぼうかと察されても困ります。
相談できる人がいないですわ。
読んでいただきありがとうございますー!
更新は続くのでお付き合いいただければ幸いですー。